ルネサス懇、2013春闘を語り合う。

− 春闘アンケートより(2) −

【春闘アンケートより(2)】

A) 昨年10月末の大量退職によって、残った人達の負担増加が心配されましたが、残業時間が増
 えているとの結果にはなっていないようですね。月に41時間以上残業している人の割合は、昨年の
 36%から32%へと減っています。

     <残業時間 − 2013年>              <残業時間 − 2012年>
  


D) これは実感の通りです。安全衛生委員会のレポートなども毎月発行されていますけど、長時間残
 業によって健康チェックの対象になる人数が、明らかに減っているのです。

A) 超長時間残業者が減っているのは結構なことですが、理由は何か考えられますか。

D) 前回年末の議論の通りで、やっぱり仕事が回っていないのが最大の理由ではないかと思います。
 大量退職によって、かえって仕事が滞ってしまい、外から仕掛かる仕事の量が減っているのではない
 かと思いますよ。

B) だけど、前回は「まだら模様の職場」になっていると言われてましたよね。つまり、忙しい人と、そう
 で無い人の差が、かなり激しくなっているとの事でした。だとすれば、残業時間は2極化して、超長時
 間残業者が増えていてもおかしくないと思います。

D) そういえば、私の職場で、毎朝7時半そこそこに出社して、夜は一番遅くまで残っていた管理職の
 方が早期退職してしまいました。一番頑張っていた人達が、頑張り切れずに退職して行ったという事
 も考えられませんか。それで超長時間残業者が減ったのではないでしょうか。

C) あり得るかも知れませんね。しかし別の見方も出来ると思います。今から10年くらい前までは、会
 社の労務管理がすごく杜撰で、残業時間の長さを見て忙しいか暇かを推し量っていました。ところが、
 20世紀から21世紀にかけて、労働者の家族構成が緩やかに変化して来ています。私の年代では、
 地方の次男坊や三男坊が、都会に出てきて就職して、結婚すると一家の大黒柱として専業主婦の嫁
 さんと子供を養うというのが一般的でした。つまり家事、育児、介護から解放された状態で、その分も
 会社で長時間働くというライフスタイルがありました。しかし、今の若い世代は共働きが当たり前で、し
 かも少子化で一人っ子も多いから、親の介護が必要なケースも増えています。こうなると、会社でば
 かり仕事をしていられないのですよね。忙しいから仕事が終わるまで残業するのではなく、忙しくても
 残業でカバーできる時間にリミットが生じます。したがって業務の量ではなく、その人があといくら会社
 で働けるかという制約が、労働時間の長短に大きく影響するようになったと思います。

A) しかしそれだけでは、なぜ超長時間働ける人が辞めたのかは説明がつきませんね。

C) 自ら辞めた人は、辞められる人だったとも言えますよ。転職するには、就職活動も必要だし、就職
 してからも勉強が必要でしょう。そのためには、本人が自由に使える時間を持っていないと困難です
 よ。超長時間残業をしていた人と言うのは、ある意味、それだけの残業時間が確保できる人だったと
 も考えられます。会社に長時間居られるメリットを生かして、社内研修などの自己啓発の機会は最大
 限利用し、同僚とのコミュニケーションも活発に取って人脈つくりや情報収集に励んでいた人が、一番
 転職には有利なのではないでしょうか。一方で、家事や育児や介護などで時間を取られている人は、
 どうしても相対的に残業時間は少ないと思いますし、自己啓発にも転職活動にも、充てられる時間そ
 のものが無いから、辞めるに辞められないと思います。

A) 家族的責任を負っている人が辞められないのは、単に家族を養わなくてはならないからと言うだけ
 でなく、転職のために割ける時間がないからと言う事ですね。これ以外に、超長時間残業者が減った
 理由は考えられないでしょうか。

D) そういう人が辞めさせられたという面もあるような気がしますよ。大ざっぱな分け方ですかど、会社
 には仕事をするのが得意な人と、させるのが得意な人がいます。だいたい、人に仕事をさせるのが上
 手い人で、長時間残業をしているケースは少ないと思いませんか。きまじめで要領が悪くて、慢性的
 にめいっぱい働いていたような人が、要領の良い人によって早期退職に追い込まれてしまったなんて
 ことが起きていてもおかしくないと思います。

B) シンプルに、疲れ果てて辞めてしまった人が多かったと私は思うのですが。

C) そうかも知れません。いずれにしても超長時間残業者が減ったと言う事は、そこまで働ける時間的
 都合の付く人が減ったのではないかと思います。それがこの残業時間のデータに出ているのではない
 でしょうか。

A) その仮説がある程度正しいとすれば、安全衛生委員会において長時間労働を管理する指針も少し
 見直しが必要かも知れませんね。単に超長時間残業者が減ったから良しとするのではなく、その人な
 りに目一杯働いているケースにスポットを当てないといけないでしょう。

C) 私もそう思いますよ。そりゃあ個人の家庭生活まで会社が管理するのは困難でしょうけど、せめて
 通勤時間くらいは気にしないといけないと思いますよ。人事データとして会社は持ってるんだもん。会
 社にいる時間はシステムで管理している訳だし、それと通勤時間を合わせた時間を管理するくらい、
 やる気があれば出来る筈ですよ。だいたい厚生労働省からして、残業時間の上限しか指針として示さ
 ないのが問題だと思っていますけど。

B) そういえば、アンケートの自由意見で、武蔵の30代の女性から通勤が大変だというコメントが寄せ
 られていました。「武蔵事業所への通勤時間が2時間近くかかる。出産を控え、近隣事業所への異動
 を希望しているが、上司が非協力的で大変困っている。」往復で約4時間の通勤時間は、妊婦でなく
 とも大変ですよ。早く何とかして欲しいです。

D) こういう意見に逆風が吹いているのは承知していますよ。会社はリストラで、これからも事業所間の
 異動をやって行かないといけないと考えているでしょう。だから個人の事情にいちいち配慮していられ
 ないと。だけど、妊婦を大事にするのは、会社の事情がどうのこうの言う以前に、人間として最低限の
 モラルですからね。

A) そうですね。今日は自由意見に寄せられた意見に対しても、後で時間を取って議論することにしま
 しょう。次は「心身の健康」です。意外にもと言いますか、「健康」と答えた方が52%で、これは電機全
 体の44%よりも良いスコアです。

     <心身の不安 − 2013年>             <心身の不安 − 2012年>
  


B) それもやっぱりリストラのせいだと思いますよ。50代の中高年が大勢辞めたじゃないですか。「病
 気で通院・治療中」の方が昨年の14%から9%に減っているのも、そのせいでしょう。年齢別のグラ
 フで一目瞭然ですよ。50代の「病気で通院・治療中」が、ぐっと減っているじゃないですか。やっぱり
 集中的にリストラされたのではないでしょうか。

D) 「心の病で通院・治療中」は昨年の5%から今年は4%です。あまり減っていないですね。

B) 心の病が若い人に多いからだと思います。

C) しかし、若い人でも、メンタルヘルスで休職経験のある人がたくさん辞めたとも聞いていますよ。40
 代の人がかなりターゲットにされたと。

B) じゃあ、残った人達の中から、新たに心の病に罹患した人が増えたのでしょうか。だんだん会社に
 希望が持てなくなって来ているから、その影響もあるのかな。

D) 健康かどうかとは違うけど、玉川には聴覚障害を持った方が大勢働いていました。早期退職の後
 で、あまり見かけなくなった様に思えて、気になっています。

A) 前回は「現代のレッドパージ」について話しましたが、しょう害者雇用まで手を付けているとすると非
 常に問題です。

D) 職場と名前を存じ上げていないので、本当に退職されたのか調べられないのですけどね。今後も
 注意していることにします。

C) ところで、事業所の比較でびっくりするのが、玉川で「健康」と回答された方が8%しかいないことで
 す。昨年は40%だったのですけど、激減しています。何があったのでしょうか。

D) 分かりませんねえ。顔色の悪い人が多いのは確かですけどねえ。経営不振が長引いているおか
 げで、心身ともに疲弊して来ているのではないでしょうか。

 


A) では次に行きます。「困っていること・不安なこと」では、やはり「人員削減」が非常に多いですね。
 今回のアンケートは、開始したのが11月で、1月17日の追加リストラ発表よりも前に届いた回答の
 方が多いのです。それでも58%の方が不安だと回答されているのですから、現時点ではもっと多く
 の方が不安を抱いておられるのではないかと考えられます。

B) 「低賃金」も同じですね。賃金カットの継続や6月の一時金ゼロも1月に会社が提案していますか
 ら。今調査したら、7〜8割の人が不安だと回答されるのではないでしょうか。

                 <困っていること・不安なこと − 2013年>
 

                <困っていること・不安なこと − 年齢別>
 


C) 昨年は、「老後・年金」がトップでした。電機全体でも「老後・年金」が一番多くて、これは毎年の傾
 向です。 国の年金制度が破綻しかけていて、支給時期もどんどん後退しているでしょう。以前は60
 歳からの支給開始だったものが、現在は65歳からの支給になっていて、これが更に68歳、70歳と
 後ろに行こうとしていますからね。

D) 「老後・年金」を年齢別で見てみると、30代の23%に対して40代は51%と倍以上なんですね。
 今年は30代と40代でかなり差が出ていますね。ちなみに昨年は、30代が40%、40代は61%で、
 50代は66%でした。やっぱり40代になると関心が高くなる傾向があるのですが、全体的に昨年よ
 りも関心が薄れているところに特徴があります。

B) リストラの影響で、相対的に関心が下がったとも考えられますが、若い人の中には「自分は年金
 を貰えると期待していない」って言う人もいます。年金制度を冷めた目で見ているのです。

D) 「どうせ貰えない」では済まない事に気づくのが、だいたい40代くらいなのでしょうかね。

B) そこまで先なんて考えられないほど、現在の若者を取り巻く状況が悪いのだと思います。

D) だからと言って、年金問題を放っておいてはいけませんよ。「どうせ」なんて言葉を100回繰り返
 したって、世の中は1滴も良くならないのですから。

C) 若い世代のためにも、日本の年金制度は大々的な見直しが必要ですね。まず25年間も納め続
 けなければ支給されない制度を変えないと。それから今は確定給付型が中心になっていますけれ
 ども、私は確定拠出型に変えた方が良いと思うのです。確定給付型とは、将来いくら給付しますとい
 う額が決まっている制度のことですね。経済が安定して成長してくれれば、その約束も果たし続ける
 ことが出来るのですが、少子高齢化の急激に進む日本では、まず無理ですよ。確定拠出型とは、現
 在納める年金の額が決まっている制度のことで、経済成長や年金の運用次第で支給額が変動する
 ものです。年金が目減りするリスクはあるのですが、破綻するリスクはありません。
  確定拠出型としては、スウェーデンの年金制度が参考になると思います。 スウェーデンでは、19
 90年に確定給付型から確定拠出型に制度変更をしました。国民年金に相当する部分では、報酬の
 18.5%を年金保険料として納めるのです。そのうち16%は国が責任を持って運用し、残りの2.5
 %は個人で運用することが可能になっています。全体の8割以上を国が管理する理由は、運用に失
 敗して無年金になってしまう人がいないようにです。

D) 何年か前に、NECで確定拠出年金を導入する話があって、私達は反対しましたけど。それとの関
 係はどうなりますでしょうか。

C) あのとき問題にしたのは、年金をハゲタカファンドに持って行かれるのではないかと心配したから
 です。年金は無くなってしまったら老後の生活が行き詰まってしまいかねないのですから、リスクの
 ある運用の仕方は本質的に合わないのです。だから運用主体が誰で、どのように運用されているの
 かが非常に重要なんです。
  以前、KKRの話をしましたけど、実はアメリカのプライベート・エクイティ・ファンド会社の資金源とし
 て、公的年金や企業年金が投入されているんです。これは危ないと思いますよ。私としては、年金
 は国が管理すべきだと思うし、単にリターンが多いとか少ないとかを基準に運用先を選ぶべきでな
 いと思います。

A) 「原発問題」については如何でしょうか。昨年の22%から今年は9%へと、大幅に減らしている
 ようですが。

B) 社会全体の関心が薄れて来ていることの反映ではないのでしょうか。

D) つい先日も、NHKの朝のニュースで福島の除染の模様を伝えていました。それによると、森林
 の除染を住民が普段立ち入る範囲から20メートルのところまでは除染すると言うんですね。これで
 は安心して生活できません。現在も避難生活を続けている人が故郷に戻らない最大の理由は、放
 射能汚染にあるんです。
  原発事故によって本当にひどい環境汚染が起きてしまい、除染にも莫大なお金がかかります。で
 も、後になって伝えられた事故当時の状況によると、メルトダウンによる水素爆発で、もっと大量の
 放射性物質が拡散される危険性もあったと言います。しかも季節が3月で、風が西から東に吹く時
 期だったから、あの程度で済んだ訳ですけど、東北から関東地方には、夏場に「やませ」と呼ばれ
 る北東からの風が吹きつけることがあるんです。もしやませの時に原発事故が起きていたら、東京
 だってどうなっていたか分かりませんよ。だから避難生活をされている方の手前、こう言うのは本当
 に申し訳ないのだけれども、この程度で済んだのは不幸中の幸いだったと思うのです。

C) 原発の問題は、労働問題でもありますね。ルネサス懇のホームページで紹介した「偽装請負・非
 正規労働」という本は、とても良い本なので是非とも読んで欲しいのだけれど、その中で東洋経済の
 風間記者による講演の模様が載っています。原発では、東京電力の社員以上に、下請けの社員が
 たくさん働いているのですね。しかもそれが、7重とか8重とか、ものすごい多重請負構造になってい
 るのです。末端の方に行くほど会社もまともでは無くなって、労働者は劣悪な環境で働いているので
 す。一例を挙げると、それこそ日雇い労働者の寄せ場から、トラック運転手の仕事だとだまされて連
 れて来られ、防護マスクの付け方を教えてもらう程度の杜撰な作業教育の後で、線量計も持たされ
 ずにいきなり現場に放り込まれたりしているのです。
  そういった労働は、事故が起きたから必要になったのではなくて、原発を普通に運転維持していく
 うえで、放射線被曝をともなう現場作業が恒常的に必要とされているのです。命に関わるような劣悪
 な労働によって原発は支えられています。こうした構造に全く無関心なまま、これからも原発を維持
 していくのだとすれば、それはもう、差別の上にあぐらをかいた生活を希求するのと同じになりますね。

B) 除染作業でも、不正がありましたね。危険手当に対するピンハネがありました。除染作業に対して
 1日あたり1万円払われるはずの危険手当が、途中で搾取されて現場労働者に渡っていなかったと
 言う話です。

D) 今度の夏に参議院選挙があるでしょう。立候補予定の政治家の中に、日本の電気料金の高さが
 産業の空洞化を招いていると言っている方がいるのですけど、どうなんでしょう。電気代は、企業など
 大口顧客向けの料金と、一般家庭向けの料金で違いますよね。企業用の電気代を安くしてしまった
 ら、私たちの払う電気代はどうなるのでしょうか。その分を値上げされてしまえば、私たちの生活を直
 接圧迫しますよね。 じゃあ、そこで一般家庭向けも据え置くとするでしょう。でも、現在円安で火力発
 電所の燃料が値上がりしていて、発電コストも上がっていますよね。そう考えると、この議論は結局、
 「原子力発電所も活用していかないといけないよね」みたいな方向に向かう可能性だってあるのでは
 ないでしょうか。
  私は次の選挙の最大の争点を憲法だと思っているのですけど、原発問題もその次くらいに重視して
 います。とにかく憲法を守るのか変えるのか、原発を直ちに辞めるのか継続するのか、そこで態度を
 明らかにできない候補を、投票の選択肢に入れる気はありません。

C) 原子力発電のコストは実は安くないことを、大島堅一立命館大学教授が「原発のコスト――エネル
 ギー転換への視点」(岩波新書)の中で明らかにしています。この本は、昨年末に大佛次郎論壇賞を
 受賞しています。機会があったら読んでみてください。