ルネサス懇、大量退職と今後のルネサスを語り合う。

− 現代のレッドパージは起きているのか −


A) 私が気になっていることの一つは、メンタルヘルスで休職経験のある人が、何人も早期退職で辞め
 ているとの噂を聞いたことです。これは本当でしょうか。彼らが面接で何を言われたのか気になります。
 それと子育て中の女性で辞めてしまった方も大勢いたと聞きます。

D) ええ、そうなんです。メンタルヘルスで過去に休職して、現在は復職していた私の同期や知り合いが
 何人か退職してしまいました。どんな面接を受けたのかとは聞けなかったのですが。

C) 私の知り合いの子育て中の女性も辞めてしまいました。今の日本は、定職に就いていることが唯一
 最大の「保険」とも言えるのに、子育てと仕事を両立しながら頑張ってきた人が、子供が自立するまで
 まだ十数年ある時に辞めるというのは、何か余程の理由があるのではないでしょうか。

B) 厳しい退職勧奨を受けて、退職に追い込まれてしまったのでしょうか。それとも、「人数が大幅に減
 る以上、残った人の負担は必ず増す事になる。あなたにも覚悟してもらわなければならない。」とか何
 とか言われて、もう限界だと思って辞めてしまったとか。

C) そういうソフトな退職勧奨も、いま社会的に問題になっています。

A) 私は現代における「レッドパージ」が起きているのではないかと危惧します。レッドパージと言う言葉
 は、若い人も聞いた事はあると思います。日本では今から60年以上も前、1950年前後にありました。
 一般には、共産主義者を排除することだと理解されていると思います。
  第二次大戦後、当時の資本主義国と社会主義国を代表していたアメリカとソ連の関係は急激に悪化
 していきました。そして東アジア地域においては、1949年に共産主義国家としての中国も誕生しました。
 1945年の敗戦直後は、平和憲法の下で民主主義国家を目指して再建を始めた日本でしたが、こうし
 た東西の緊張の高まりにより、わずか数年後にGHQは日本の占領政策を、民主国家建設から経済復
 興と反共産主義を目指したものへと方針転換しました。そして1950年には朝鮮戦争が勃発し、資本主
 義の陣営と社会主義の陣営とが、朝鮮半島を舞台に戦火を交えることになったのです。憲法9条で一
 切の戦力の放棄を謳いながら、この年には自衛隊の前身である警察予備隊が組織されています。GH
 Q内部には、この警察予備隊に対し、朝鮮戦争の具体的作戦に参加するように求める声もあったと言
 われています。
  レッドパージとは、そのような時代にGHQの指令によって実行されたものです。GHQが狙ったのは、
 共産党員や共産主義者の排除だけでなく、民主主義者の排除や労働組合の解体でした。GHQの「指
 示」を受けて、日本国内の公職や民間企業から多数の人が解雇されました。新たな憲法の下で、主権
 国家として再出発していた日本に対し、憲法の理念と全く矛盾する思想弾圧の要求を飲ませること自体、
 とんでもないことには違いありません。しかし、今ここでお話したいのは、レッドパージが民間企業、とり
 わけ電機産業で、どのように展開されていたのかと言うことについてです。
  東芝を例に挙げますと、1949年7月の企業整理により4581人が解雇されましたが、その中で共産
 党員は全体の4.4%にあたる202人でした。つまり解雇者の圧倒的多数は、共産党員ではなく、別の
 基準にもとづいて解雇されたのです。では、その基準とは、どのようなものだったのでしょうか。この時
 の東芝の人員整理基準は9項目から成っていて、「技能低位の者」、「職務怠慢の者」から、「事故によ
 る欠勤多き者」、「病気による長期欠勤者」、「配置転換困難なる者」、「業務縮小の為適当な職なきに
 至れる者」といった項目も含まれていました。どういう事か解りますでしょうか。今上げた項目の中で、
 技能低位とか、職務怠慢とかは、現在の企業の就業規則の中にもありますから、平常時における解雇
 用件に該当します。それから、配置転換困難や業務縮小などは、非常時におけるリストラを実行するに
 際して出てくる用件です。これらはいずれも、共産党員や企業内活動家の排除とは関係のないもので
 す。つまり東芝はレッドパージのどさくさに紛れて、共産党員や活動家であるかとは別の理由で、企業
 経営にとって好ましくないと思われた人員を大量に解雇したという事です。
  しかもこうした動きは東芝以外の会社にも共通していました。当時の日立の基準を以下に示します。
 以上から、レッドパージは、当時の大企業にとって都合の悪い人間を、共産党員か否かよりもはるかに
 拡大した基準にもとづいて排除する機会であり口実だったと言えます。しかも、こうした事が特定企業の
 内部事情から実行されたのではなく、企業横断的に実行された事に注意を要します。


   


C) つまり要点は2つですね。ひとつ目は、レッドパージという外的圧力に適応しつつ、本来のレッドパー
 ジの枠を大幅に超えた大量解雇をともなう大リストラを大企業が行ったこと、そして2つ目は、その大リス
 トラが企業間で同じような構造を持ちながら日本国内で一斉に行われたことと理解しました。

D) 蛇足かも知れないけど、共産党員がパージされたのは仕方がないが、それ以外の人までパージされ
 たのはけしからんと言う話ではないですよね。

A) 当然です。そんなことを言う者に民主主義や人権を語る資格はありません。

B) お話の意味がだんだん解ってきました。昨年から今年にかけて、電機業界では13万人とも言われる
 巨大なリストラが実行されています。もちろん各社ともに業績が厳しく、多くの会社で大赤字を計上してい
 るという事実もあるので、リストラやむなしとの見方もあります。しかし、各企業のやり方に共通性が見え
 ますよね。どこかが早期退職をやると他の会社も追随するとか、その手法にしても、JALで整理解雇をち
 らつかせながら希望退職を募ったら「成功」したと言うので、ルネサスでも同様の手法を使うとか。

D) それから、リストラをしないと銀行が融資をしないので倒産すると言う「外圧」を受けていた点では、ル
 ネサスとNECは似ていましたよね。Aさんが「現代におけるレッドパージ」と言われたのは、それだけ企
 業横断的に、大規模な戦略に基づいて今のリストラが行われている可能性を示唆しているのですね。
 その戦略というのも、個々の企業が独自に練っているのではなくて、例えばメガバンクのような巨大金
 融資本や財界が指導している可能性があると。

C) ルネサスのリストラも、ルネサス個社の業績悪化と、それへの対応という視点からだけで見るのは
 適当ではないでしょうね。もっと全国的な視野とか、あるいはグローバルな視点から見る必要がありそ
 うです。

B) すると、パージされる人も超企業的なレベルで戦略的に生み出されているとも考えられますが、それ
 は誰、またはどのような属性を持つグループでしょうか。
  こういう議論で、よく引き合いに出されるのが、1995年に日経連(現在の日本経団連)が提唱した、
 「新時代の日本的経営」です。この「新時代の日本的経営」では、労働者を「長期蓄積能力活用型グル
 ープ」、「高度専門能力活用型グループ」、「雇用柔軟型グループ」の3つのグループに分けることを目指
 していました。一番目の「長期蓄積能力活用型」は、企業の中枢に位置する正社員のことです。企業に
 長年勤める事で経験と実績を積み、管理職のような高度な仕事に就く人達です。2番目の「高度専門能
 力活用型」には、技術者も含まれますね。ルネサスでも、回路設計やレイアウト設計やテスト設計のよう
 な技術的業務を外注に出していますよね。ルネサスでリストラがあると、本体の人員削減以前に外注を
 削っていますけど、削られた外注先の企業では、ルネサス以上に厳しいリストラがされていると想像出
 来ます。雇用の安定性から言えば、正社員よりも1ランク下の存在になりますね。

C) 数年前にRMS(当時はNECマイクロシステムズ)では、40代の技術者を大量に技術派遣会社であ
 るメイテックに出向させようとの動きがありました。出向の後に転籍させて、正社員から請負や派遣にし
 ようとしていたと見ています。

B) そして3番目の「雇用柔軟型」は、いわゆる非正規です。低賃金かつ雇用が不安定な非正規雇用が、
 現在は国内の全労働者の1/3を超えています。若者に限って言えば、半数までが非正規になってし
 まっています。
  現代日本の「レッドパージ」とは、この動きを加速させて、財界が本来正社員として居るべきと見なして
 いる「長期蓄積能力活用型」だけが企業内に残るように、それ以外を社外に放出しようとする動きを促
 進させている現象を表現したものと考えて良いのでしょうか。

A) おおむねそういう事態になっているのではないかと私は考えています。

C) つまり残したいのは、管理職や管理職予備軍として、高いパフォーマンスを発揮できる見込みのある
 人だけと言う訳ですね。技術者や研究者でさえ、必ずしもそこに含まれないと。ましてメンタルヘルスで
 休職経験のある人とか、育児や介護で会社の仕事に全力投球できない人はお呼びでないとでも言うの
 でしょうか。

A) 育児や介護についてはボーダーでしょう。少子化問題対策として避けがたいですし、会社に対する社
 会的な評価もあります。それに育児や介護をしながらでも高いパフォーマンスを上げる人はいますから、
 そういう人達までが残る側の集団、ここでは「グローバルエリート」とでも言っておきましょうか、そちらの
 側に入ってくると思われます。

B) いま、若い人達の婚姻率を見ると、収入と完全に相関があるのです。収入が少ないから結婚できな
 いという構図が明確なんですね。一番収入が高い層であるエリート集団の育児施策が充実しても、それ
 だけでは全体の少子化対策になんてなりません。

C) Aさんが「グローバルエリート」と言われたのは、グローバルに通用する高い能力を持って、海外のエ
 リート社員とも互角に渡り合って行けるエリートと言う意味ですよね。実際、日立などでも、新規採用は
 海外採用を優先して、国内採用を減少させる方向です。だからもちろん、ここで言うグローバルエリート
 が日本人であるとは限りませんよね。このたびの早期退職も、グループ4万2千人から7500名を減らし
 たと言うよりも、このうちの国内雇用から減らしていると言った方が正確ですからね。辞めたのはほとん
 ど日本人です。
  それとルネサスの場合、中国を中心に新興国に進出しようとしているのですから、新興国からの採用
 を考えるのは当然でもありますね。もちろん当然だから看過すると言っているのではないのですが、で
 は我々として、どこまでが妥協点で、どこから先が譲れない点と考えるべきでしょうか。

A) グローバル化自体が、さまざまな問題を引き起こしている事は事実ですが、こと経済に絞れば、グロ
 ーバル化の流れそのものは不可避だと私は考えています。ルネサスにとっても、海外市場の重要性は
 益々高まっていくでしょう。
  一昨年(2010年)、日本は中国にGDPで追い抜かれて3位になりました。しかしもともと日本が2位に
 いたのは、日本の人口が約1億2千8百万人も居るからです。先進国のGDPの規模はほぼ人口に比例
 するからです。EU諸国を見れば、最も人口の多いドイツでさえ8千2百万人ですから、仮にドイツがGD
 Pで日本を追い越すとしたら、一人あたり1.5倍以上の生産性を発揮しないといけないのです。同様に
 考えれば、今はたまたま日本経済の調子が悪いから中国に抜かれたのではなくて、それこそOECDも
 予測している通り、中国の経済規模は、これから日本の2倍、3倍、4倍と成長して行くのは間違いあり
 ません。ASEAN諸国の経済規模も、日本を大きく超えていくでしょう。やがてはインドも日本をはるか
 にしのぐ大国になるでしょう。21世紀の日本経済の世界経済における位置づけは、これから相対的に
 どんどん地盤沈下していきます。それは間違いありません。そして資本主義で生き残るのは、市場に適
 応できた企業です。何を我々の市場とするのかにも寄りますが、今までの路線を踏襲する限り、拡大す
 る新興国の市場に適応できなければ、ルネサスは淘汰される事になります。ですから、市場に適応す
 るために、拡大する市場の足下で雇用を増やしていく事は、避けられないと考えます。

C) 中国人が使う半導体を、中国人が設計し、製造し、販売するのは、むしろ自然なことですからね。そ
 れ自体を悪とは言えないでしょうけど、それで日本国内の雇用が減るのは困りますね。で、どうすれば
 良いのでしょうか。

A) 今日は時間が無いので詳細は触れませんが、ポイントをいくつか上げます。ひとつは半導体産業そ
 のものがまだ成長過程にある事です。国内工場の役割も含めて、まだ国内雇用を激減させずにやって
 いく道を検討する余地はあると考えます。第2には、日本の産業構造の転換と、既存の技術を生かした
 新分野への進出、それによる新たな雇用の機会の創出についてです。そして3つ目は、これが一番重
 要なのですが、まともな仕事、つまり「ディーセントワーク」です。とりわけ大企業の正社員と非正規雇用
 の間にある差別的待遇を克服しなければ、誰もが安心して暮らしていける社会は到来しません。これは
 企業が発展するかしないかよりも、もっと根本的に重要なことです。

B) 現代のレッドパージで、自分がパージされない側に居ればいいのではなくて、パージされたものと
 残った者の間に生じる格差こそ是正しなければいけないと言うことですね。

C) NEC&関連労働者ネットワークでは、ホームページに「リストラ実態掲示板」というのを立ち上げた
 のですけど、投稿される意見を読むと、「早期退職の人選に問題があった」とか、「辞めさせるべき人が
 残っている」と言う意見が、とても多いのですよ。掲示板を立ち上げる前から、そういう投稿が沢山来る
 事は予想していたのですが、それに対抗する意見の投稿が極めて少ないのが予想外で残念でしたね。
 結局のところ、パフォーマンスの悪い社員が残っているのがいけなくて、会社を仕事の出来る人の集
 団で固めれば、きっといずれは復活再生して、その後は至福千年とは言わないまでも繁栄安泰の時
 期が訪れるとの、ある種の信仰みたいなものがあると思われます。
  だけど今、財界などが考えているのは、単にパフォーマンスが良い人間だけを集めようと言うのでは
 なくて、多数派の労働者を不安定雇用に置くことで雇用の流動化と低賃金化を押しすすめ、残ったエ
 リートもホワイトカラーエグゼンプションによって、時間無制限の労働状態に置こうとする方向ですね。
 彼らが根本的に考えているのは、如何に労働力を安く便利に使うかです。どの階層の労働者にも安
 心は無いのです。安心させないからこそ、買い叩けるからです。

D) 労働者に「勝ち組」などいないという訳ですか。

C) ええ、ですからAさんの言われたポイントに、ひとつ追加するとすれば「経済合理性」ではないかと
 思います。資本主義経済の中で企業が生き残って行くのには経済合理性の追求が不可欠です。例え
 ば賃金だって下げられるだけ下げた方が固定費は抑えられるはずです。しかし下げすぎれば優秀な
 人材が集まらないとか、離職者が出るとか、労働組合がストライキを張るとか、「経済不合理」な要素
 が出てきますから、簡単にはできません。財界が労働力を安く便利に使うことで経済合理性を追求し
 ようとしていて、それを労働者の階層化と常に安心できない状況に置くことで成し遂げようとしているの
 であれば、それが経済不合理的になる局面を造っていかないと、有効な対抗策を打てないと言う事に
 なると私は考えます。特にディーセントワークの実現こそが経済合理的でもある方向に持って行くには、
 労働力を単なる市場取引に任せているだけではダメで、労働力を買い叩かれないための土台造り、
 すなわち安心して生活出来る基盤を企業の外に構築することが不可欠です。そのために労働組合、
 特に企業を交渉相手とする企業別労組よりは、連合や全労連や全労協などのナショナルセンターの
 役割が非常に重要になると考えます。

B) 電機業界で繰り返し執拗な退職勧奨を繰り返すリストラが問題になっていますね。例によって日本
 IBMが元祖だと言われています。こういう暴力が横行する原因のひとつに、職場の中の暴力を容認す
 る雰囲気があると思います。パフォーマンスの上がらない社員は辞めて当然なのだ、そのために暴力
 的面談を受けたとしても自業自得なのだとの考え方です。暴力を容認する土壌があるからこそ、暴力
 がある一定の経済合理性を持ってしまうと考えられますね。それを変えるには、暴力を容認してしまう
 ほど、あるいは暴力を暴力と認識できなくなるほど追い詰められている私たちの状況を変えること、つ
 まり企業に依存しない限り生きるのが極めて困難な「生きづらい」現状そのものを変えないといけない
 のだと理解しました。