ルネサス懇、人的施策を語り合う。

− 産業の空洞化 −

【産業の空洞化】

A) さて、他にも、人的施策関係の話題としては、12月から発足するモバイル系新会社の話、社内で進
 行中のリソースシフトの話、販売関係社員の特約店への出向の話、大株主への移籍の話など、いくつ
 もありますね。

D) 相模原の従業員が大幅に減る話もあります。玉川や鶴岡や、その他の事業所に数百名規模で移る
 らしいです。

B) 人的施策の範疇ではないかも知れませんが、日立超Lへの外注が減っているせいで、日立超Lの業
 務量が減って、近い将来に人員削減に手をつけるのではないかという心配の声も上がって来ています。

A) 話題が多すぎて本日は個別に扱う時間がありませんので、とりあえず各施策の意味について、これ
 からひとつずつ考えて行く上での軸になるような、概略的な論点を整理しながら話すに留めましょう。
  まず始めに、100日プロジェクトの発表の中に、国内の人員は削減するけれども、海外の従業員比率
 は高めると書かれていましたね。かなり古い話になりますが、円高が急激に進んだ1980年代に、企業
 はこぞって海外展開に力を入れました。円高に対抗できるような企業経営にしなくてはならなかったから
 です。私達は、「産業の空洞化」を問題視し、国内の雇用を守るために、どうやって海外流出を食い止め
 たら良いかと、ずいぶん頭を悩ませました。当時は主に工場の海外移転によって、工場労働者の雇用が
 奪われる事を問題と考えていたのですが、今回の中国市場対応の強化などは、少し様相が異なってい
 ると思いませんか。

C) ええ、そうですね。今回は、中国に拠点を造って、そこがビジネスを一貫して管理できるような運営体
 制を敷こうとしていますね。だから製造だけでなく、設計も営業も、現地採用で強化しようとしています。
 会社機能のかなりの部分が、海外で展開されるという事ですね。産業の空洞化の段階として、一歩も二
 歩も進んだと言えそうです。

D) 市場は中国にあるし、これから急速に拡大もして行きます。中国人が使う物を、中国人が企画し、設
 計し、製造し、販売すると言うのは、道徳的見地からも正しいのではないかと考えます。

C) ひとつの見方として正しいと思います。そうは言っても、会社が中国に進出するのは、別に道徳の実
 現ではなくって、そうした高次のオペレーションが可能な人材を現地で調達できる環境が整ったと考えて
 いるからでしょう。日本人を送り込むより有利だと。だから中国で造った物を欧州で売るかも知れないし、
 インド向けも中国で造るかも知れない。その逆もありえますね。

B) 「純中国製」、つまり企画開発段階から中国で造られた製品を、日本で売るかも知れないですね。そ
 のようになると、日本の本社で勤める社員は、中国人との競争に晒されることになります。製造部門が縮
 小されて雇用が減ったのと同じことが、これからは本体のホワイトカラーの間でも起きてくると考えたほう
 が良さそうですね。

C) ホワイトカラーの中でも、日本の顧客と直接やり取りするような販売や販売技術、SE、品質管理などの
 部門は、日本人の方が地の利があるでしょう。だけど、例えば技術部門でも、製品や機械やプログラム言
 語などを扱うような、汎用性が高く、言語の障壁の少ないものなどは、海外の技術者との競争が、これか
 ら少しずつ激化していくのではないでしょうか。

B) つまり、回路設計とかレイアウト設計とかテスト設計とか、今でも国内の外注を積極的に使っている分
 野が厳しいという事になりそうですね。実際、プログラム関係の技術者の中には、結構脅威を感じている人
 もいると聞きます。プログラムって、輸送にコストがかからないという意味で、世界中どこで作っても同じな
 んですよね。食料品のようにマイレッジとか地産地消とか言う概念が通用しません。だから例えばインドな
 んてIT大国と言われますけど、インド人と競争して勝てるかどうかという話になってしまうんです。

A) 各国の生産技術のレベルが同じであるならば、生産物が自由貿易されることによって、賃金のような
 貿易できない生産要素の価格も、ある国際的な価格に均等化していくという仮説がありました。つまり、
 国や地域に関わらず、日本でもアメリカでも中国でもインドでも、同一の業種における世界中の賃金が
 同じになって行くということです。かつては非現実的な机上の空論であると考えられていましたが、今では
 見直されつつあります。ソフトウェアのように、まさに貿易によるコストが限りなくゼロに近い領域は、こうし
 た現象が全地球規模で起きるとも考えられますね。そのソフトウェアの中でも、比較的小規模で、開発の
 ための設備投資も多くを必要としない分野であれば、なおさらかも知れませんね。

B) はだかの人間同士の競争だと言うわけですね。ならば、インド人の技術者には、日本人技術者と同じ
 水準の賃金を要求してもらわないと困ります。
  ところで考えてみますと、ルネサスエレクトロニクス社の賃金も、国際的な水準から見直さないといけない
 という事はないでしょうか。今は販売部門だろうと技術部門だろうと、研究開発だろうと、職種に関わらず、
 だいたい同じくらいの賃金を貰っていますよね。例えば28nmの先端プロセス開発をしている社員など、も
 しかして国際的にはもっと高い賃金でも良いと言うことはないでしょうか。

C) そういう意見はあるでしょう。今は学歴によって賃金が決まってしまう面が強いと思います。ELでは大
 卒や大学院卒がA職というカテゴリーに入り、短大卒や高卒がB職といった感じで、学歴によって職群が分
 けられています。そしてこのA職とB職の差が大きいのです。同じA職である限り、技術系だろうと販売系
 であろうと、同じ年代なら、だいたい同じ賃金になります。だから学歴別賃金とでもいうべきものです。これ
 を理不尽と思いますか。
  職種に関わらない横並びの賃金というものは、年齢が同じならだいたい同じ賃金を得られる環境を造り、
 格差を縮小する方向に作用していたと思います。その効用を忘れてはいけないと思います。先端プロセス
 の賃金を抜き出して議論することは、他の職種についても、あるべき賃金相場の議論を呼び起こすでしょ
 う。そして職種によっては、著しい賃金低下を招くことにもなりかねません。全体への影響を考えて慎重に
 取り組むべきでしょうね。

D) IT技術者の話に戻しますと、本来は国際的な賃金水準を、先進国のレベルに合わせたいと私達は思う
 のですけれど、難しいですね。それこそ世界中のIT技術者が連帯して、職種別国際賃金水準を獲得するた
 めに、全世界規模でストライキをかけて闘わないと。しかし各国の民主化度合いによって、それが可能な
 国と困難な国があるでしょう。我々が生きている間には、ちょっと実現しそうに無いかな。
  だからと言って、IT産業の賃金が途上国並みになれば、先進国ではIT産業を持つことは出来なくなります
 よね。ITの全分野がそうだと言うのでは無いにしても、非常に問題ではないでしょうか。

A) 新しい動きもありますよ。「ルポ“正社員”の若者たち」では、中国で働く若者の話が出てきます。その話
 の中で、中国に進出している日本企業が現地の社員と日本人社員との間に賃金格差を設けているために、
 優秀な中国人が日本企業に定着せずに欧米の企業に行ってしまうとの指摘がされています。やはり国際
 競争をしていくうえで、安い人件費で中国人を雇おうと言う発想自体が時代遅れになっているのではないで
 しょいうか。

D) そうは言っても、一般的な傾向からすれば、技術の分野でも厳しい国際競争に晒される領域は増えて
 行くと思います。だから会社としても、そういう分野の技術者を正社員として抱えきれなくなって、外注化を
 推し進めるのではないでしょうか。90年代に事務職の派遣社員化が進みましたね。今度は技術職の番で
 はないかと思います。

C) 現に、2年前にはNMS(RMSの前身)で、技術系社員をメイテックと言う技術派遣会社に出向させよう
 と言う計画が実行されました。メイテックに出向させて、そこで新しい就職先を探させようとしたのです。そう
 いう動きが今後も出てくるかも知れないと言うことでもありますね。

B) そういう意味で言えば、今回の100日プロジェクトでは、MCUの設計技術者などを、社内シフトで確保
 していますね。まだ雇用を守ろうという姿勢があると見て良いのでしょうか。

D) それはその方が合理的だからでしょう。だけど本当に社内に仕事があるのか、それとも実はRMSなど
 に移籍する者が出ないのか、今後ウォッチしていく必要があると思いますよ。