ルネサス懇、人件費削減施策を語り合う。

− 人件費カットは受け入れられるか −

【人件費カットは受け入れられるか】

A) では業績や財務体質を見たときに、賃金カットは受けるべきでしょうか。これまでのお話を伺って
 いると、本来やってはいけないことだが、やむを得ないとのニュアンスを感じます。本当にそれで良い
 のでしょうか。賃金カットまでやれば、従業員としては、「ここまで我慢したのだから、必ず業績は持ち
 直さなければならない」と思うのではないですか。しかし現実には、100億円分の固定費を一時的に
 削ったからと言って、会社の発展が約束されるわけでもなければ、逆に100億円削減しなかったら倒
 産と決まった訳でもないでしょう。

C) 正直、脱力感を覚えますね。前回の春闘のときにも確認しましたけれど、この会社にとって必要な
 のは、経費の節減ではなく、如何にして売上を伸ばして、赤字体質から脱却を図るかです。その意味
 で、今までの問題はこれで、今後はこうして改善をしていくと言う様なシナリオが乏しいですね。事態
 を劇的に改善する特効薬のようなものがあるとは思っていませんが、あまりにも先の見通しが暗すぎ
 ると思いませんか。

C) 会社統合したときに、親会社から”手切れ金”として約3000億円を注入してもらって、このお金を
 リストラに使いながら、利益の出る企業体質へと変えていくのが、100日プロジェクトの目的でした。
 それで、早期退職に数百億使い、設備の償却に数百億使い、ELが持ち込んだ転換社債の償還に
 1100億円使い、ノキアからの事業買収とルネサスモバイルの新設にお金を使って、1段ロケット、2
 段ロケット、3段目と順々に切り離しながら、それなりに着々と上昇していたところだったと思います。
  そこに今回の震災が起きて、那珂工場の修復だけで数百億も出て行ってしまいました。震災で計
 上した特別損失は3月末で495億円、資金の約1/6が無くなってしまいましたから、6段ロケットのう
 ちの1段が、噴射する前にぽろっと落ちてしまったようなもので、宇宙空間までたどり着けるかどうか、
 厳しい状況になって来たのではないでしょうか。

B) だから、乗組員の給料を削って、補助エンジン用に燃料100億円分を確保したいと。ついでにPA
 事業を村田製作所に売ったり、SoC事業の選択と集中を進めて、ロケット本体も軽くすれば、宇宙に
 出られる確率も高まるって事でしょうかね。

C) 選択と集中については、どうかと。短期で見れば、撤退した事業の売上分は確実に減るし、空いた
 工場の稼働損も出ますよ。SoCの主管工場だった山形は、ラインの稼働率が相当に下がっていると
 聞きます。

B) えっ、そうだったんですか。那珂が被災して、同じ300mmの鶴岡があって良かったと聞いていま
 した。だから那珂の分を代替生産して、稼働率が上がっているとばかり思っていました。

D) 設計の方はそう思われるのかも知れませんが、我々生産を見ている者から言えば、製造ラインの
 移管なんて、そう簡単に出来るものではありませんよ。
  体力の無い状態で癌の開腹手術をすれば、かえって命が危ないのと同じで、多少は病気が進行し
 ても、薬で抑えながら体力の回復を待って手術すると言う方法もありますね。事業の撤退も、直近で
 すべき製品と、そうでないものを分けないと。

C) それにSoC=不採算事業みたいに言われるけど、SoC単独で見るのはフェアじゃないと思います
 ね。SoCが最先端プロセスを開拓したあとで、償却の済んだラインを使ってMCUが流れているから、
 その分もMCUは利益が増えていた面もあるんじゃないでしょうか。だから、今後の会社の戦略として
 は、SoCの縮小とともに新規プロセスの開発もやめて、最先端は外ファブと言う戦略に切り替えたで
 しょう。この流れは、いずれMCUも追うことになると思います。外ファブは、そんなにコストが安くないっ
 て聞きますけど、外ファブでも戦える製品にしていかないといけないですね。

A) 話が経営戦略の方に行っていますが、賃金カットは受け入れられますか。

D) やっぱり単純なカットは受け入れ難いと思います。それで自己資本が足りなくなって、金融機関か
 らお金が借り難くなると言う話なら、賃金カットではなく、従業員から借りると言う格好には出来ません
 かね。従業員から無利子で貸せば、会社にとってもメリットはあるのではないでしょうか。

C) つまり、カットした分を、来年の一時金への上乗せで返せという事でしょうか。アイディアとしては面
 白いですが、無理でしょう。

D) 別に来年でなくとも、再来年でも良いです。あるいは退職金ポイントに加算するとか。

C) いずれにしても、将来確実に発生する費用は、企業会計では引当金として計上しなくてはなりませ
 んから、結局自己資本を減らしてしまいます。退職金ポイントにしても、退職給与引当金が増えますね。
 だからカットした分は直接的には戻ってきません。賃金カットをするとは、そういうことです。

D) では社内預金制度でも復活させますか。90年代半ばに廃止したとき、確か当時は年6%以上とい
 う利率の基準があって、会社にとってメリットが無いって言うので廃止になりました。しかし現在、厚生
 労働省が定めている年率は0.5%以上となっています。今は定期預金でも利率がゼロに張り付いて
 いますから、利率0.5%だって従業員にはメリットがありますよね。この金利なら、会社にとってもメリッ
 トはありそうですよ。

B) 以前はそんな制度があったのですか。私は知りませんでした。
  それから、労働組合の論理から言えば、カット分は、我々の雇用の安定と、将来の一時金で戻って
 くると言う事だと思います。一時金は毎年の春闘で、経営の許す範囲で最大の原資を確保する方針
 でしょう。タテマエ上ですけどね。そのタテマエが事実で、かつ、100億円のカットをした方が将来の業
 績が好転するのであれば、将来もらえる一時金の額は、100億円のカットを飲んだことで増えるはず
 ですからね。その理屈通りだったら、しょうがないけど、カットを認めてもいいかなあと思います。

C) 先のことなんて、誰も約束できませんよ。それから、労働組合が認めようが認めまいが、管理職は
 賃金カットの対象になるのでしょう。もしかしたら、労働組合が拒否した場合、組合員の分もカット率が
 上がるかも知れませんね。管理職こそ受難の時代じゃないかと思います。

D) すみません、管理職のことをすっかり忘れていました。ELの場合、昨年の夏は、組合員の一時金
 が1.75ヶ月だったのに、管理職は1.0ヶ月でしたね。その前は、管理職だけ5〜7%の賃金カット
 でした。きっとまた、組合員以上のカット率が提示されて来るでしょう。本当に管理職受難の時代だと
 思います。

A) 結局のところ、カットを認めるべきか、認めざるべきかについては、明確な結論が出ませんでした
 ね。まあ我々は、何かの正解を導くために議論しているのではありませんから、それで良いと思いま
 す。ここから先は、組合員一人ひとりが意見を持ち寄り、それを組合員が共有しながら、丁寧な職場
 討議を経て決めていくべきものと思います。
  最後に少しお話しておきたい事があります。このたびの震災で、ルネサスも大きな被害を受けまし
 た。一番大きかったのが那珂工場の被災ですね。復旧には相当な時間がかかると言われていまし
 たが、自工会などからの応援を受けて、見込みよりもずっと早く立ち直ったと聞いています。これだけ
 の支援を外部から受けたことは、改めてルネサスの造っている半導体が日本や世界の産業界にお
 いて、重要な位置を占めていることを私達に教えてくれました。事業が存続できたことに、感謝したい
 と思います。

D) もし会社統合が無かったら、RT単独では那珂の復旧は出来なかったのではないかとの話も聞き
 ます。私はELの出身ですけど、もしそれが本当なら、那珂が復旧できたという一点だけを取っても、
 統合して本当に良かったと思います。