ルネサス懇、人件費削減施策を語り合う。(2)


                                 参加者 : A委員(ルネサステクノロジ出身:座長)
                                        B委員(ルネサステクノロジ出身)
                                        C委員(NECエレクトロニクス出身)
                                        D委員(NECエレクトロニクス出身)


A) 本日は、3連休の初日にお集まり頂きまして、有難うございます。さわやかな秋晴れの季節になりま
 したね。絶好の行楽日和を1日頂いて、議論をさせて頂きたいと思います。本日のテーマは育児施策に
 ついてですが、その前に、先週決まった賃金カットについて、少しお話しましょうか。
  予想していたことですが、賃金一時金その他のカットを、やはり会社提案通り、そのまま労働組合が受
 け入れると言う形で決着しました。皆さんはどう思われましたか。

D) 残念と言うか何と言うか、ひたすらやるせないです。今年の年末は一時金貰ってガクッと来て、来年
 の1月からは給料明細見てガクッと来て、これからガクッを4回繰り返すのかと。それが率直な感想です。
 ここ何年もの間、収入の谷はあっても山がないんですよね。ああ、谷がまた4回。

C) 4回で済むのかという噂も聞きますね。相変わらず1ドル76円台が続いているし、その影響で上期の
 決算は、8月2日の発表の数値よりも更に悪化していたでしょう。来年3月末に下期黒字化の目処が立
 たなかったら、4月以降も賃金カットが継続するんじゃなかろうかと、危ぶむ声が聞こえてきます。

B) 心情的にすごくネガティブになっていますよね。まだRTが個社だった頃には、大赤字を出して初めて、
 賃金カットや産別ミニマムの4.0ヶ月を切る一時金が提案されました。それが今や、最終黒字でなけれ
 ば賃金カットって、ちょっとひどくないでしょうか。
  労使の交渉記録を見ると、会社にとって従業員もステークホルダーだと書いてありますけど、ステーク
 ホルダー間における地位は、だんだん下がっているって気がします。株主と従業員とを比べたら、明らか
 に株主が上位にあるように感じます。

A) 5年後に振り返ったときに、この賃金カットが賃金水準低下の一つの契機になったと思うかも知れま
 せんね。次回の春闘では、当然ながら容易に賃金カットなど認めてはいけないし、その理由が下期黒字
 未達であってもならないと思います。赤字なら賃金カットと言う暗黙のルールを作られないようにしないと
 いけないでしょう。

D) だけど、もし仮に3月末で赤字になる事が確実になったとして、会社が賃金カットの継続を提案してき
 た場合、労組はそれを断れるのでしょうか。いえ、断れないと言うよりも、今の執行部の理念に照らして
 断らないだろうと思いませんか。

B) 私のような30代は、やっぱり会社が出来るだけ長く存続して欲しいと思うし、場合によっては賃金カッ
 トも仕方無いのかなと思うこともあります。だけど一方で、もう年金もアテに出来ないと思うと、お金は貰
 える内に貰いたいし、少しでも貯金を増やしたいから、賃金カットは嫌ですね。だから賃金カットに至る経
 過とか、カット率とか、そこで捻出しようとしている金額とか、すべて見ていることにします。単にカットする
 かしないかの是非を、0か1か、デジタルで判断するのではなくて。

A) 私の世代などは、賃金カットなど言語道断と思いますが、若い人達の方が現実主義的なのでしょうか
 ね。

B) 現実主義的と言うよりも、現実を変えられないと思う傾向が強いのではないかと思います。私達の世
 代が社会に出た頃には、ほとんど何もかも出来上がっていたから、自分達で社会を造るというよりも、如
 何にして既存の社会に適応するのかが大事でした。しかもその社会とか、会社自体が、90年代からずっ
 と萎み続けているから、ますます適応が難しくなっています。
  若者は簡単に会社を辞めるから、会社への依存心が弱いと思われるかも知れませんが、私は若者だっ
 て依存心が強いと思っています。依存心が強いから、会社の存亡に関わるような事に過敏になるのだと
 思います。だから人によっては、カット率が低いんじゃないかとか、これだけの削減で本当に大丈夫なの
 かとか言っていますね。

C) カット率が低いんじゃないかと言ってしまう心理には、依存心以外のものもあると思いますよ。
  ところで話は変わりますが、経営側から発せられるメッセージを読む限り、会社も苦しいなってのが、 
 にじみ出ていますね。経営状況が苦しいのは私も理解してるけど、会社は従業員に危機感を持たせたい
 と思いつつも、危機意識が高まりすぎて、「もうダメだ」と思われても困るから、諌めたり、なだめたり、ちょ
 うどいい緊張感になるように気を使っている感じがしますね。

B) 感じ方は人それぞれですからね。何を言っても動じない人もいれば、すぐに悲観的になる人もいますし、
 個人差は相当に大きいと思いますよ。その辺は、マクロにはコントロールできないから、現場の部課長ク
 ラスでうまくやって欲しいと思っているのでしょう。

D) 私の職場は、部長が先月半ば頃に、部員を集めて説明会をやりました。20分くらいかけて、パワーポ
 イントの資料を使って、何故に賃金カットに至ったのかと、経営状況について淡々と説明してくれましたけ
 ど、それだけです。上からやれと言われたから、仕方なくやったという感じでしたね。別に批判している訳
 じゃなくて、その方が私も楽だと思いました。私たちの仕事自体は今まで通りで良いと言う暗黙のメッセー
 ジと受け取りましたから。

B) 皆が皆、今まで通りでは困ると、トップは思うのではないでしょうか。

D) それこそ、さっきあなたが言われたように、部門によりけりです。私の職場は開発部門ではないですし、
 今まで通り、やるべきことをきちんとやるのが適当ではないかと言う事です。そうさせてくれと言いたいし、
 出来ればもっと効率的に仕事が出来るように、仕事のやり方を改善したいと思っています。

C) しかし確か昨年も倍速プロジェクトとかあったと思いますが、部門によっては、更に2倍から3倍だとハッ
 パをかけて仕事を加速するケースもあるかも知れませんね。

D) そうなんですよね。そして現実には、私たちみんな自分ひとりで仕事をしている訳ではないから、周囲
 の仕事の回転速度が上がると、どうしてもつられて忙しくなりますね。周りの部門や、普段関わっている
 上司や部下、同僚が忙しくなると、電子メールも沢山来るし、夜でも会議が設定されたり、電話がかかって
 きたりするから、私も忙しくなってしまいます。

B) 「しがらみ」ってありますよね。自分の仕事を改善したいと思っても、周囲との関係でやらざるを得ない
 事が多くて、なかなか着手できません。

C) ELは特に管理職が多いから、管理職が必死になって、いろいろと仕事を作り始めると、下で働いてい
 る者は大変ですね。隣の課長クラスから、いろいろ仕事を依頼されたり、トレースされたり。部長クラスが
 職場のポテンシャルや仕事の整流に無関心で、課長クラスに成果ばかり求めるようになると、組織として
 おかしな事になっていくのではないでしょうか。技師や主任や担当クラスは、出来もしない量の仕事を抱
 え込んで、あっぷあっぷすることになりかねないでしょう。

B) 理想論ばかり先行して、現実を見なくなると言うことですね。

A) 仮に現実を分かっていても、理想論、あるべき論に対し、それを口に出して言えない、「No」と言えな
 い構造があるのも一因ではないかと思います。沖電気などは、半導体部門をロームに売却したり、ずい
 ぶんとリストラをやっていますが、やはり言いたいことが言えない風潮があったと聞いています。

C) 特に会社の業績が落ち込んでくると、「とにかく利益を上げないとどうしようも無いではないか」の一言
 で、押し切られがちになりますね。会社が無くなってしまえば、労働条件も給料も、そして生活も、すべて
 基盤を失うではないかとの指摘は、確かにその通りでもありますが、そこで思考停止してしまうのではな
 く、じゃあ何故そうなっているのか、それでいいのか、いけないのなら、どうすればいいのかを考えないと
 ね。ルネサスは優れた技術の会社だし、こうした一見困難と思えるような問題にも、果敢にチャレンジで
 きる人が大勢いると思うのです。

B) 半導体の技術だけでなく、会社のあり方とか、世の中のあり方とか、単に現状に流されたり、現実は
 変えられないと固定観念に縛られるのではなく、常に何とかできるかも知れないと思い続けると言うのも、
 なかなかイノベーティブだと思います。イノベーションをする会社には、イノベーティブな文化こそふさわし
 いと思います。

D) 近年「危機感」と言う言葉をよく耳にするでしょう。いま、私たちの危機感は、会社の浮沈にばかり集中
 していると思うのです。本当は、なぜ私達の生活や命そのものが、こんなにも会社に依存しなくてはなら
 ないのかと言う、もっと大枠の構造に危機感を持っても良いと私も思います。
  世の中に目を転じれば、環境問題、原発やエネルギー問題、貧困の問題、安全な食と農業と食料自給
 の問題、過疎化や産業の衰退、少子高齢化の問題、国家や自治体の財政危機の問題、差別や人権の
 問題、平和問題、医療や福祉の問題、教育の問題とか、どれを取っても危機的な問題がいっぱいありま
 すよね。それなのに、立派に高校や大学を出た人が、こうした問題にまるで無関心で、会社の存続に全
 ての危機感を収斂させてしまうとしたら、とても残念なことです。

C) 「危機感」が本物かという疑問もありますね。危機感という言葉が使われるとき、それはいつも自分の
 危機感ではなく、他人の危機感だと思うのです。自分はこういう点に危機感を持っていて、だから解決の
 ためにこうしていると言う話ではなくて、あの人は、あの人たちは危機感が無いと言う話になりがちです
 ね。
  おそらくは、社員みんなが危機感を持たないと会社が潰れてしまうとか、危機感の乏しい人は会社に居
 てはいけないかの様なプレッシャーが背景にあるのだと思います。仮にそんなプレッシャーがあったとして
 も、自分の仕事に自信を持っていれば良いのだけれど、そんな人は少数派ですよね。そうなると、”自分
 はこんなに頑張っている”とか”自分はこんなに危機感を持って取り組んでいる”とか、仕事に向う姿勢や
 態度でアピールするしかなくなるのだけれど、それだって難しいんですよ。誰だって楽はしたいし、休息は
 必要だし、娯楽も欲しいし酒も飲みたいんです。永平寺のお坊さんの様な生活は、誰にも出来るようなも
 んじゃありません。本当はそれが普通なんですけど、今はリストラ、リストラで、ダメとレッテルを貼られた
 人は排除の対象になりそうな脅威を感じるから、”自分の仕事の能力は不足しているのではないか”とか、
 ”自分の仕事への取り組み方は、必ずしもまじめではないのではないか”との思いが潜在的にあると、心
 に不安が生じますね。だから、自分はリストラされない側の人間だと思いたいし、上司や周囲にも、そう思っ
 てもらいたいと思うのだけれど、自分の能力や態度への自信が揺らいでいるから、”誰かが自分よりも先
 にリストラされるべき”と言う間接的な形で、自分の地位を固めたいと思うようになるわけです。
  実際、会社の中で陰口を聞くことって、とても多いですよね。あれなどは、”誰かが自分より先に・・・”の
 思いを他人と共有することで、不安を解消しようとしているのだと思います。それで不安が解消するのなら、
 まだ良いのだけれど、そうは行きません。他人の批判は諸刃の剣なんです。例えば誰かのことを「危機感
 が無い」と言ってしまえば、そう言った手前、自分は危機感を持っている人間でなければならないことに
 なってしまいます。そういうプレッシャーを自分で自分にかけてしまうんですよ。でも実際の自分には、いろ
 いろ欠点もある。だから自分も危機感の無い側に入ってしまうのではないかとの不安が強くなる。不安が
 強くなるから、ますます陰口などで解消したくなる。そしてそれによってますます不安を強めると言うスパ
 イラルに陥っていきますね。
  不安の解消法としては、めちゃくちゃに頑張るというのもありますね。法定絶対上限まで残業するとか、
 休日出勤も厭わないとか、頼まれた仕事に常に前向きに取り組むとか、仕事も家事も育児も全部完璧に
 やろうとするとか。本人が本当に仕事が好きでそうしているのか、不安に駆られてそうしているのか、一
 見しただけでは区別しにくいですが、不安に駆られている人は態度がとげとげしいので、大抵わかります。
 劣等感や自己不確実感から来る不安を抱えていると、他人に向かって「あなたはダメ」「あの人達はダメ」
 って言いたくなりますからね。
  さっき議論した、「賃金カット率が低いのではないか」とか、「この会社はまだリストラが足りないのではな
 いか」とか言ってしまう心理も、同じである場合があると思います。”私は会社の経営状況を冷静に分析し
 理解できる側の人間だ”とか、”私は自分のわがままで賃金を要求せず、必要とあらば賃金カットも受け
 入れられる、利己心を抑えた、自制できる側の人間だ”とか、そんな風に自分を定義したいのであればね。
  私はこうした心理を「危機感症候群」と勝手に呼んでいます。こういう心理が問題なのは、問題のありど
 ころを誤解するために、ますます不安を強めてしまったり、周囲にも不安を拡散させたり、自分と周囲の関
 係に危機意識が集中してしまうあまり、他のいろんな危機に対して、注意を振り向けることが出来なくなっ
 てしまうことです。

B) そういう心理が普遍的に見られるというのであれば、それを社会現象と捉えるのが私たちの立場です
 よね。「そういう人達もいる」と、個人の問題に帰結させるのではなくて。

C) ただ、私は「危機感」を唱える人がみんなそうだとは言っていませんので、その点は誤解して欲しくな
 いです。ルネサスの業績の問題は、世の中にある無数の危機の中の、ごくマイナーな問題であると認識
 しつつも、自分達がルネサスに勤めるが故に、仕事を通じてその危機に対処できる力を持っていることを
 自覚し、だからこそこれを自分達の取り組むべき課題と位置づけ、対処しようとする前向きな行動を生む
 危機感こそ、今のこの会社に必要でしょう。

D) ルネサスの問題を解決できるのは、ルネサスに勤める我々だという事ですね。そしてそれは経営の
 問題だけでなく、このルネサスで起きる労働問題についてもあてはまりますね。

A) さて、賃金カットの話はこれくらいにしておきましょう。とにかく、賃金カットを労働組合が認めたので、
 会社にとってはもう過去のことになっているのかも知れませんが、働く者にとっては、一時金のカットも給
 与カットも、実際にはこれからのことです。給与明細の金額を見て、果たして従業員が何と思うのか。モチ
 ベーションを含めて影響が出るのもこれからです。経営者には、そこを忘れて欲しくないですね。
  前回の議論でも確認しましたが、大事なのは、100億円の費用削減が、業績回復のための根本対策
 ではないことです。半年後に「予想以上に円高が進んで業績が伸びなかった。あのときに賃金カットの判
 断をしておいてよかった。さもなければ、もっと大変なことになっていた。」などと、後ろ向きな言葉は聞き
 たくありませんね。