ルネサス懇、大量退職と今後のルネサスを語り合う。

− 産業革新機構の出資をどう見るか −

A) 私は今年の夏頃まで、ルネサス再建に産業革新機構は出てこないのでは無いかと思っていました。
 彼らはエルピーダメモリに出資して手痛い失敗をしていましたから、同じ半導体企業への投資はため
 らうだろうと考えたのです。ですから、9月になって彼らの出資提案が出てきた時には、KKRに刺激さ
 れたのが原因だと思いました。海外ファンドからの防衛目的という消極的な理由で、渋々ルネサスへ
 の出資を決意したと思ったのです。でも、そうでは無かったみたいですね。この件もCさんを中心にお
 願いします。

C) ええ、産業革新機構の出資は、かなり前から検討されていたようです。産業革新機構が発足したの
 は2009年ですが、実はその当時からルネサスや国内半導体会社の再生は重要課題だった事を知り
 ました。

A) ルネサスエレクトロニクス社が発足した2010年4月、私たちは親会社から2000億円余りの出資
 を受けましたが、このうちの1100億円はNECエレクトロニクス社が持ち込み2011年5月に償還され
 た転換社債に宛てられ、2百数十億円は早期退職に宛てられ、そして工場の減損処理にも数百億円
 が使われました。このように、Nokiaからのモバイル事業買収のような積極的な投資もあったとは言え、
 親会社からの出資金の大半は将来に向けた売上げ拡大に使うことが出来ず、予定されたリストラのた
 めに使わざるを得ませんでした。加えて、昨年の震災をはじめとする外的要因にもさらされて、非常に
 厳しい事業運営を余儀なくされています。こうして過去を振り返ると、会社発足時の出資金が足りなかっ
 たのではないか、あの時に産業革新機構が出資していたら、リストラと積極的な開発投資を同時進行
 で進めることが出来て、今とはかなり違う展開になっていたのではないかとも考えられます。産業革新
 機構として検討されていたのなら、尚更そう思います。

B) つまり、産業革新機構の判断するタイミングが遅すぎたのではないかと言う事ですね。

C) そうですね。投資判断が遅れた理由は、産業革新機構と企業との間で調整が付かなかったからだ
 とされています。
  それで、先ほども話しましたが、KKRにも産業革新機構はルネサスへの出資に関する打診をしてい
 て、はじめKKRもメンバーに入っていたのですけれど、彼らとしては単独でこの案件を仕切った方が得
 だと判断して抜け駆けに出たと言われています。この動きに、トヨタ自動車が危機感を持った様ですね。
 KKRの傘下で製品の売価を上げられてしまったり、更には外資に売却されて自動車用半導体の技術
 が海外メーカーに流出してしまうと、ルネサスを「都合の良い下請け」として使うことが出来なくなってし
 まうからと。それでトヨタから産業革新機構に対し、何とかKKRを蹴落とすように働きかけがあったと報
 道されています。

B) ところで産業革新機構とは、どんな組織なのでしょうか。産業再生機構とは何か違うのでしょうか。
 ルネサスへの出資が決まったと言うので、みんな関心を持っています。

C) 産業再生機構は、もう5年も前に無くなっていますよ。産業再生機構とは、主に債権買い取りなどの
 金融面での支援をしながら、不採算事業の整理などを促進して企業の再生を果たすことをミッションとし
 た会社でした。それに対し、産業革新機構は2009年に設立した株式会社で、もっと積極的にイノベー
 ションの促進を目指しています。

B) それだけ聞くと、ルネサスには産業再生機構の方がマッチするのではないかと言う気がしてきます。
 産業革新機構の仕事は、技術はあるけど資金が無いベンチャー企業への出資とかが中心になりそう
 ですが。

C) ベンチャーを育てる役割ももちろんありますが、それだけでは無いのです。ルネサスのように技術が
 あって、国の基幹産業の発展に不可欠だと見なされれば、出資の対象となり得ます。詳細は産業革新
 機構のホームページをご覧になってください。

D) それで今回、産業革新機構が救済に乗り出したという訳ですか。

C) 彼らの出資目的は、コア事業とされる車載用マイコン製品やスマート社会向けの汎用マイコン製品
 の研究開発および設備投資です。それに車載用製品の製造と販売の促進のための投資とか、更には
 M&Aのための資金でもあるとされています。簡単に言えば、ルネサスの成長発展のための投資だと
 言う事です。ですから、まあ、なんと言いますか、彼らとしては「救済」という表現を避けたい様ですね。
 実際のところ、如何に彼らがルネサスの成長発展を目指していても、疲弊してぼろぼろになっている
 ルネサスを成長軌道に乗せていく過程にあっては、救済という要素は必ず含まれざるを得ません。と
 ころが一方で、国のお金で、ひいてはみんなの税金で私企業を救済するのかとのバッシングもありま
 すから。

A) 確かに失敗したら、そのツケは国民に回るとの批判がありますね。

C) ええ、そうなんです。日経新聞のような国内最高峰のメディアでさえ、そのような書き方をするので
 すよね。しかも産業革新機構を通じて投入される資金そのものが税金であるかの様に書いてあったり
 もします。ここは誤解の無いようにお願いしたいのですが、産業革新機構はファンド形成のための出
 資を民間から募集していて、企業に注入されるのはその出資金なのです。数ヶ月毎に数百億から数
 千億円規模の出資を公募して、最も低い利率での貸し出しに応じたところから順番に出資金を集める
 のです。現在だと年利で0.1%くらいの様ですね。出資しているのは金融機関ですよ。
  金融機関も自らの経営がありますから、如何にメインバンクといえども、破綻しかけた企業になどに
 出資はしたくないものです。貸した先の企業が破綻すれば、自らも損害を被りますからね。そこで、リ
 スクを避けるために、例えばシンジケートローン(協調融資)という方法がありますね。ひとつの銀行
 が他行に呼びかけて、同じ条件で融資することで、十分なお金を集めようというものです。一つの銀
 行でまかなうのはリスクが大きいので、複数の銀行でリスクを分け合うという発想です。個々の会社
 は上手くいく場合も破綻する場合もありますが、経済全体が成長している限り、リスク分散すればネッ
 トでは利益が上がるはずなのです。だから出資が博打的にならない様にリスク分散する仕組みは、
 金融においてとても重要なのです。先日ルネサスが主要銀行から出資を得たのも、シンジケートロー
 ンによるものでしたね。
  産業革新機構の役割も、リスク分散という面があります。出資元と出資先企業との間に産業革新機
 構が入って、出資元の貸出金が焦げ付かないように保証しつつ、企業に対してはまとまったお金の出
 資をしやすくする役割があります。

B) 年利0.1%は、高いのか低いのかどちらなのでしょうか。

C) 現在だと、3年物の国債の利回りが0.1%をちょっと下回るくらいです。産業革新機構への出資金
 は1年後に全額返済されますから、国債よりは少し儲かります。逆に言うと、落札に参入している大手
 金融機関は、国債の利回りを下回らない利率しか提示する気は無いのだと考えられます。
  産業革新機構への出資金には、1兆8千億円の政府保証枠があり、これによって出資者はリスクを
 回避しているのです。出資者たる金融機関は、もともと国債をたくさん買っていますから、リスクが無い
 にも関わらず国債よりも高いリターンを得られる産業革新機構は、「良い出資先」なのではないでしょ
 うか。

B) 金融機関はノーリスクでリターンだけ得ていると言うことですか。おいしいですね。そのおいしさは、
 リスクを政府保証枠と言う形で、国が負担していることから得られるのですね。

C) ええ、ですから、ルネサスの件が失敗すればツケは国民に回ると言われても、それだけでは何を
 問題にしているのか分かりませんね。そもそもツケを国民に回す仕組みを内在している産業革新機構
 のあり方そのものがいけないと言うのか、それとも産業革新機構のあり方は正しいがルネサスのケー
 スは非常にリスクが高いので産業革新機構は手を出すべきではないと言うのか、どちらかはっきりす
 べきだと思うのです。

B) ついでに言うと、リスクを負うことを免れている金融機関は、社会的役割を十分に果たしていると言
 えるのかどうかも疑問です。

C) それらの追求は経済関係のジャーナリズムに期待しましょう。

B) ところで最近知ったのですが、産業革新機構って株式会社だったんですね。

C) 株式の9割以上は財務大臣が持っていますよ。

B) あっ、そう。

A) 気になるのは、産業革新機構が具体的に何をやろうとしているのか、よく分からない事です。出て
 くるニュースは5000人の追加リストラ要求ばかりですからね。

C) 先ほども言いましたが、主目的は救済では無いですから。でも先にエルピーダで痛い目を見ていま
 すし、彼らとしてもルネサスは必ず成功させたいと考えていると思いますよ。そのために本当に必要な
 施策を実行するのだとの意思はあると思います。もし追加5000人のリストラが、単に外部へのポーズ
 としての意味しか無くて、実態はルネサスを破綻に追い込むものだと彼らが考えれば、きっと撤回する
 でしょう。と言うか、撤回すると信じたいです。そうでなければ、無理矢理に早期退職をやらせた銀行と
 何ら変わりないではないですか。

D) そうなったら革新どころか再生も出来ませんものね。

A) ただ、初夏の時点で既に、1万2千人から1万4千人のリストラをすると発表されていました。早期
 退職で7500人辞めても、まだ5000人分残っています。つまりはこの残りの分を確実にやれと言っ
 ているようにも受け取れますが、如何ですか。

C) 分かりませんね。工場の閉鎖および譲渡や、SoCなどの事業の売却で追加5000人と捉えるのが、
 過去の流れからは一番自然だと思います。今回の産業革新機構の出資目的からは、SoCが構想に
 入っていないように見えるのです。ですから、1月にもSoCをどうするかと言う話が会社から提案され
 てもおかしくないと思うのですよね。
  それから気になるのが、彼らが企業という枠にとらわれない「オープン・イノベーション」を謳っている
 ことです。つまりM&Aによって、企業間で別々に持っていた機能をくっつけることで、イノベーションを
 促進しようとの発想を彼らは持っているのです。特に近頃の円高は、海外にある有益な資産を買収す
 る好機と考えているようです。一方で、ルネサスも今後ソリューション機能を強化しようとしていますね。
 つまりそのための機能を、国内国外を問わず、外部からM&Aで買ってくる可能性が高いと考えられ
 ます。したがって5千人の追加削減と言っても、M&Aで増える分を考慮すると、現在のルネサス社員
 は5千人以上の削減が想定されているとも考えられます。

B) 確かに、ルネサスの方針は、ソリューションの提案が出来る会社になることです。ですが、それは
 ルネサスに出資する8社の思惑と合致するのでしょうか。

C) そこはまだ具体的なところが見えていませんので、私には判断できません。ソリューションというも
 のが少なからず汎用性を持ち、汎用性を持つが故にルネサスに出資する顧客以外に対しても同等の
 製品を提供できる可能性があり、そうであるが故に出資8社にアドバンテージが無いばかりかルネサ
 ス側が価格交渉の実権を強める可能性があるとしたら、出資する8社にとっては決して歓迎出来る流
 れでは無いですね。「ソリューションは俺たちが考えてやるから、御前達はそれを満たすスペックの半
 導体を持ってこい」と8社が考えているのだとしたら。まあ、今後の動向を注視して行きましょう。

B) 8社の下請け体質のまま、緩やかに生殺し状態にされていくのは勘弁願いたいです。