ルネサス懇、大量退職と今後のルネサスを語り合う。

− 大量退職で職場はどうなっているか −


A) 早期退職に関して、私たちの経営に対する問題意識を簡単におさらいすると、ルネサス懇第9号
 ビラに書いた通り、「これ以上の人員削減は組織を壊すのではないか、企業の成長力を決定的に失
 う危険性はないか」と言うものでした。
  想定を上回る退職者が出て、現場はさぞかし大変だろうと想像しますが、私やCさんのようなOBは、
 職場の様子を直接知ることが出来ません。現役社員の目から見て、職場は問題なく動いていますで
 しょうか。BさんとDさんから状況をお聞かせください。

D) フロアに空き机が沢山増えましたよ。寂しくなりましたね。ルネサスの主要拠点における退職者の
 名簿が会社のポータルサイトに公開されたのが10月23日でした。その名簿を見てはじめて「ああ、
 この人も辞めるのか。あの人もか。」と知りました。20数年間働いていると、かつて同じ職場だった人
 や、仕事で何らかの関わりのあった人が、退職者の中に数百人もいますから、やりきれない気持ちに
 なりました。
  退職された方々は、前日まで引き継ぎを一生懸命されていました。最後の出勤日の10月31日は、
 スーツ姿で午前中からあちこちの職場を回って、ひとりひとりに挨拶をしていました。私のところにも当
 日だけで20人くらいが見えました。「退職の挨拶」メールもたくさん受信しましたよ。夕方17時過ぎに
 は、フロアの真ん中に全員が集まって、退職者からの挨拶を聞き、花束と記念品を手渡して、みんな
 で記念撮影をして、最後に拍手で送り出しました。
  翌日の11月1日は、気のせいか通勤電車の混み具合さえ、いつもとは違う様に感じられました。出
 社してみると、前日に捨てられた大量の「遺品」が廊下のゴミ箱からはみ出して、周囲に山積みになっ
 ていました。空いた机の上は、綺麗に片付いていましたね。退職された方の多くとは、もう2度と合う事
 は無いでしょうし、街で姿を見かけることも無いだろうと思います。挨拶回りの際に頂いたお菓子を、ひ
 とつひとつ食べて減っていくにしたがって、退職された方々がここで働いていた「証」も、少しずつ消え
 ていくかの様に思えました。

B) 11月1日から、受信する電子メールが明らかに減りました。フロアにかかってくる電話の件数も減っ
 て、静かになりました。それは一時の事かと思っていたのですが、それから1ヶ月半経っても、やはり
 静かなままです。

D) 不思議ですよね。残った人は、ものすごく大変になるのではないかと恐れていたのですけどね。パ
 ニックになってもおかしくないと思っていたのに。

B) 平均残業時間も短くなりましたしね。ただし、私の居る開発部門とそれ以外の職場とでは、事情も
 異なるのではないでしょうか。

D) 生産サイドから見れば、国内工場のリストラによって、工場閉鎖の対応や海外展開を加速させざる
 を得なくなっているのは確かです。これらの仕事を進めるには、試作評価とか、信頼性試験とか、必要
 なデータの取得に相当な工数が必要です。

C) 営業部門も、顧客了解を取るのが大変だと思いますよ。それから生産管理も生産計画を立ててデ
 リバリーを守るのが相当に困難ではないかと私は心配しています。

B) つまり本来なら、人員が最も減った生産本部、品証括、営業などの仕事が、ものすごく増えるはず
 だと言うことですよね。大丈夫なのでしょうか。

D) 残った人でやらざるを得ないと言われました。その為に業務の見直しやリソースシフトをして、足り
 ない分は残業を増やせと言うけれど、つまり戦略的なアイディアがほとんど無いって事ですよね。部
 長からは、手に負えなくなったら早めにアラームを上げて欲しいと言われています。でも人員増強は
 期待しないで欲しいとも。

B) 全社レベルで、どこの部門も人が急減しましたから、他部門に回すどころでは無いですよね。

D) ええ、だから今回の大量退職でものすごく忙しくなるはずなのです。いま「はず」と言ったのは、本
 来なら大混乱が起きてもおかしくないのに、大量退職から2ヶ月近くを経過した現在でさえ、まだそう
 なっていないからです。

A) と言うことは、意外と残った人で上手く仕事がさばけているのでしょうか。

D) いや、ちょっと違いますね。むしろ全体として仕事がペースダウンしていると感じます。Bさんも言っ
 ていますけど、かかって来る電話の数が減ったし、話し声も減って、職場は静かになりました。不思議
 なことに、会議室だけは相変わらず予約で一杯ですけどね。とにかく、人員減の影響で、仕事の回転
 が遅くなっているように思えるのです。

B) そうかも知れません。開発部門では、プロジェクトの中心になっていた50代前半の部長クラスが
 今回大勢退職してしまったから、新製品開発のペースが落ちているように感じます。来年度以降の
 売上の拡大に影響が出ることは避けられないのではないかと思います。
  それから別の部門ですけど、11月に入ってから、担当者をいくら煽っても、ちっとも結果が出てこな
 い部門があると言う話を聞きました。本当でしょうか。そもそもトレースをするとか、煽るとかは、それ
 自体は何ら生産的ではないのですけど、結果が出てこないからどうしても煽る時間が増えて、仕事が
 空回りしているそうです。

D) 退職者の担当業務を直接引き継いだ人が、とても大変なんですよ。そこがボトルネックになって、
 その周囲の人は、むしろ以前よりも「楽」になっているケースさえある様に見えます。人により繁忙感
 にはかなりの差があります。言い換えると、職場が「まだら模様」になっています。

B) 確かに忙しさを感じていない人も多いですね。そういう人からは、「ああ、人が2割減っても会社は
 回っていくのだ」と言う感想を聞くこともあります。そういう人は、早期退職のおかげで会社が「無駄な
 贅肉」を落とせたと感じているのかも知れません。

D) 自身が忙しいかどうかと言う事と、組織として仕事が回っているかどうかは別なのですけどね。忙し
 いのか暇なのかと言ったことも含めて、自分以外の人の仕事の状況に気づきにくくなっていると言う
 事はないですか。

B) そうですねえ。今の若い世代は、「これが自分の仕事だ」と与えられた事に対しては、とても責任
 感を持ってまじめに取り組む代わりに、自分の「ミッション」で無いことはやらないのが普通かなと思い
 ます。組織として責任を果たせるかどうかよりも、自分が責任を果たせるかどうかに、より強い関心が
 あるのかな。まず自分のやるべき仕事が出来るかどうかが重要で、次いで自分のチームのやるべき
 仕事が出来るかどうかが重要と言った感じです。

C) 成果主義も影響しているのでしょうか。良くも悪くも個人主義的なのですね。昔だと、職場に仕事
 を抱えこんでいる人が居れば、みんなでカバーしようという雰囲気がありましたけど、現在はそういう
 発想が弱くなっているのでしょうか。

B) 自分の仕事である以上、残業しても休日出勤してもやらないといけないかの様なプレッシャーがあ
 ると思います。それって恐いことですよね。ちゃんと上長が話を聞いてくれて、業務の調整をしてくれる
 職場であれば良いのですが、そういう恵まれた職場ばかりでは無いですからね。だから逆に、新しい
 仕事が増える事に対しては、消極的にならざるを得ないと思うのです。下手に他人の仕事を手伝って
 しまうと、それが既成事実となって、次回からも同じ事をしなければならなくなるような不安があるので
 す。

D) そういう不安があると、未経験の仕事に対してとりあえず1回はやってみようとか言う気持ちが起き
 ませんよね。仕事の経験値が上がらなくなります。能力向上には、時間的にも精神的にもゆとりが必
 要ですね。

C) お二人のお話を伺っていると、早期退職した人の仕事は今のところ一番近い部下や上司が担当せ
 ざるを得なくなって、当人達は大変な思いをしていながら、周囲の人はそのことにあまり関心を払わな
 くなっているのですね。それでさっきDさんの言われた「まだら模様」になっていると。

D) その「まだら模様」を解消するためには、当然ながら分担を見直して平準化する必要があるのです
 けど、周囲の人の意識の問題もあって難しいですね。それに意識の問題だけでなく能力の問題もあり
 ます。相応の経験と能力を持った人でないと引き継げませんから。

B) 一昨年あたりからリソースシフトと称して、生産本部からMC事本などに人員を移しましたよね。だけ
 ど新しい仕事に適応するのに結構苦労しているみたいです。早期退職で最も人員減の割合の高かっ
 たのが生産本部ですから、彼らリソースシフト組の中から一時的に生産本部に戻って仕事をする人を
 募ったらどうなのでしょうか。

D) 生産本部からMC事本への異動は均等に「間引き」をした訳ではないので、そう単純ではないです。
 それに当人たちは快く思わないのではないでしょうか。戻ったって、数年後には仕事が減るわけだし、
 その時にもう一度設計の仕事に戻って勉強のやり直しでは、きついと思います。

B) しかし合理的な範囲でのリソースシフトは必要ではないでしょうか。これだけ大規模に人が減ると、
 機能麻痺に陥っている職場もあって当然ですよね。「まず直属の部下引き継ぎます」、「まず上長が
 引き取ります」、なんて言っていられないと思いますけど。

D) そうですね。部門によっては、担当していた課長と主任が一緒に退職してしまって、誰も業務を引
 き継げなくなっているところもありますしね。先日も、技術的な見解を聞きたいのに誰が後任かも分か
 らないことがあって、とにかく近い仕事をしている人にマイライン(個人の電話番号)で電話をかけたん
 です。ところが何度かけても出ないので、部門の電話番号にかけ直したら、やはり誰も出ないのです
 ね。こちらも急いでいたし、おかしいなあと思いつつ、直接歩いてその職場に行ってみたら、みんな席
 にちゃんと居るんですよ。もう電話にも出ていられないという事なのでしょうね。それで近寄って話しか
 けると、何だかすごく忙しそうで、端末の方ばかり見て、こちらの方を向いてもくれないし、返事もぶっ
 きらぼうで、早く居なくなってくれと言う感じがありありと見て取れるのです。こうなると、仕事を頼む側
 も、申し訳ない気持ちになりますよね。誰も助けてくれないと、最後にはこうやって自己防衛をはかる
 しかないと言うのはよく分かりますから、彼らに対し怒る気にはなれませんでした。

A) 今までのお話を要約しますと、退職者の仕事を直接引き継いだ人が多忙になっている反面、それ
 以外の人は必ずしも忙しくなっていないばかりか、かえって以前よりも楽になっているケースもあって、
 全体としては仕事がうまく回転していない様子ですね。ならばルネサス全社としてのアウトプットは、
 かなり落ちていると推定しなくてはなりません。

D) そうですね。つまり全体で2割人が減ったから、今までと同じアウトプットを出すためには単純計算
 で一人あたり1.25倍頑張らないといけないことになりますが、実際は業務の効率自体が落ちている
 から、1.25倍頑張っても10月以前と同じアウトプットにはならないと考えられます。

C) それは単に理屈の上でそうだと言う事でしょうか。それとも実感を伴ったものでしょうか。

D) ミクロなレベルでの実感です。それに実際には従来の1.25倍頑張ってもいません。10月より以
 前だって頑張っていたのだから当然です。もし私の身の回りで起きている現象が全社に普遍的なも
 のだとしたら、ルネサスは失速しつつあるはずです。それにも関わらずマクロなレベルでは失速してい
 る実感が沸かないのが変だなと思います。

B) それは電車が速く走ろうと遅く走ろうと、乗っている人には同じに感じられるのと同様の現象ではな
 いでしょうか。

A) 仕事の回転が悪くなっている原因は何ですか。

D) さっきも言いましたけど、ボトルネックが無数に出来てしまった事です。あまりにも一度に人が居な
 くなって、抜けた穴が修復できないのです。

B) ただ、仕事の停滞感は10月以前からあった事を忘れないで欲しいです。何をやろうにも開発費が
 無くて、仕事が進みませんでしたから。むしろ今、現場レベルでは開発費が無くて救われていると言い
 ますか、顕在化していない問題もあると思います。これで産業革新機構から開発費が注入されると、
 お金が無くて止まっていた新製品の開発などが再び動き出しますが、業務の担い手が居なくて慌て
 ると思います。

A) 現場の危機感はどうなのでしょうか。

D) 落ち着いて見えますね。とにかく目の前の出来ることを着実にやっていきましょうと言う雰囲気で
 す。悟りの境地に近いかも知れません。もちろん仕事の回転が遅くなっているから落ち着いていられ
 る面もあると思います。

B) 今更じたばたしても、どうにもなりませんからね。残って正解だったのか、早期退職を選んだ方が
 マシだったのか、それさえも分からないまま、ただひたすら日々の仕事をこなしています。