ルネサス懇、参議院選挙を語り合う。

− 生活保護法の改正案をどう見るか −

A) 議論が、私達の命や生きがいや人権を如何にして守るかという方向に行っていますね。先ほどDさ
 んも言われましたが、人権を守るには、そもそも命が無条件に守られなくてはいけません。では、その
 命は日本においてどのように守られているでしょうか。
  現行憲法では25条で「健康で文化的な最低限度の生活の権利を有する」ことをうたい、その具体的
 な保障を目的に、生活保護制度が存在しています。生活保護制度こそが、まさに私たちの社会におけ
 る最下層のセーフティネットであり、命を守る最後の網です。ところが、この6月には、生活保護法の大
 幅な改悪と言える改正案が衆議院本会議を可決して参議院に回されたことから、またひとつ大変な法
 律が出来てしまうのではないかと心配しました。幸いと言いますか、会期末に安倍総理への問責決議
 案が可決したこともあり、この法案は審議されないまま6月26日に国会の閉会を迎え、廃案となりまし
 た。しかし、7月の参院選の結果によっては、もっとひどい改正案が出てくるのではないかと危惧する向
 きもあります。

B) いま、生活保護の不正受給の問題が、盛んに言われていますよね。まるで生活保護制度における
 最大の問題が不正受給であるかのようです。与党の出してきた改正案も、その文脈に沿ったものの様
 に思えます。

A) そうですね。

C) 私の知り合いの中に、「生活保護受給者の7割は不正受給だ。彼らの中には、車を持っていたり、
 パチンコをやっている人がいるのを見かける」なんて言う人が居て、悲しくなってきます。

D) 車業界もパチンコ業界も、我々ルネサスの主要な顧客ですね。

B) 生活保護受給者のパチンコって、いつも槍玉に上がりますけど、私自身がパチンコをやらないから、
 お店に生活保護者があふれているかどうか知りません。ところで素朴な疑問ですけど、本当に受給者
 は一切パチンコをやってはいけないのでしょうか。他の娯楽はどうなのでしょうか。例えばゲームとか。
 まったく娯楽が無かったら、それって「健康で文化的な最低限度の生活」と言えるのでしょうか。

D) パチンコについて言えば、例えば製造業の工場の寮の近くにパチンコ屋が建っていたりして、工場
 で働く派遣労働者にとっての唯一の娯楽になっている場合もあると聞きます。工場を転々としながら不
 安定な就業を続けていると、そもそもじっくり取り組むような趣味を持つ余地も無くて、つい刹那的な気
 晴らしのような娯楽に走ってしまいがちになると考えられます。リーマンショックの後で、大量の派遣切
 りがあって、職場を奪われたために生活保護申請をした派遣労働者も大勢いますが、過去の生活スタ
 イルからの連続性で、パチンコをしたくなると言う事はないのでしょうかね。

C) パチンコをせずにはおられないようなギャンブル依存症という状態にあるのであれば問題ですが、
 唯一の娯楽と言われると、それを一切やめろと言うのは厳しすぎる様にも思えますね。

A) ギャンブル依存症にしろ、アルコール依存症にしろ、心の問題としてケアしていくべきものでしょう。
 本来はこうした事こそ、ケースワーカーが指導していくべき領域だと思いますが、実はケースワーカー
 も一人で多くの受給者を担当していて、個々人の問題になかなか手間をかけられないのだと言いま
 す。

D) だいたい、私たちだって、何かに依存して生きているのが普通ではないでしょうか。それがタバコ
 だったり酒だったり、競馬だったり、パチンコだったり。買い物だったり、ゲームだったり、ネットサーフィ
 ンだったり。あるいはコーヒーやお茶を1日に何杯も飲むとか、ポテトチップスをむしゃむしゃ食べると
 か。コーラやポテトチップスとかは、別名ソフトドラッグとも呼ばれていますよね。
  「生活保護受給者がパチンコとはけしからん」と言う話だって、もしかしたら語られている場所が居酒
 屋で、語り手が握っているのはビールジョッキというシチュエーションだったりするかも知れませんよ。
 自分は酒や飲みにケーションに依存しながら、誰かの依存性は批判してたりとか。だけど、そのように
 して人や物や趣味や嗜好品に依存することで精神の安定を保ちながら生きているのが、私たちの普
 通の姿なんじゃないのと思います。私たちだって、生活保護を受けるような状況になれば、厳しい現実
 から来る緊張感から逃れたいという思いから、依存欲求が強まってもおかしくないと思います。
  そう言ってしまうと、「どうせみんな依存症なのだから良いではないか」と、依存症を正当化する理屈
 になってしまうとの批判もあると思いますが、私が言いたいのは依存症が決して特定の人に起きる特
 別な症状ではないと言う事です。

C) 依存症には依存症の治療が必要なのであって、法律を厳しくすれば無くなると考えるのは間違いだ
 と思いますね。

B) だけど、兵庫県の小野市では、生活保護費などをギャンブルに充てるなどで浪費をした受給者に対
 して、市に対して情報提供するよう求める条例案が市議会に提出されましたよね。自治体によっては
 生活保護Gメンなんて「職業」も出てきました。

A) 受給者の生活状況を改善していく事が重要なのに、ケースワーカーは足りないまま、不正を見張る
 人ばかりが増えているのでは困りますね。

B) 不正受給と言うけれど、金額で言えば2011年度が173億円で、これは生活保護費全体の0.5%
 前後なんですよね。全体から見れば、ほんのわずかなんです。それなのに、不正受給によって生活保
 護制度そのものの存続が脅かされているかの様な報道さえもありました。

A) 生活保護は命をつなぐ最後の手段なのですから、制度を無くすなどあり得ない事です。不正受給が
 今後劇的に増えたとしてもです。

B) また、そもそも不正受給と言われますが、何を「不正」と呼んでいるかも注意が必要だと思っていま
 す。そう言うからには、何か悪質な事が行われているかの様に聞こえますが、その内訳で最も多いの
 が、就労で得た収入の申告漏れで、これが全体の45%を占めます。次いで多いのが年金の無申告で
 25%となっています。受給者は、あらゆる収入を必ず福祉事務所に届けないといけないのですが、例
 えば高校生の子供がアルバイトをしていて、その収入を把握し損ねていたりとか、仕送りを計上するの
 を忘れていたりとか、交通事故の示談金を申告して居なかったとか、そう言うケースがあったと言います。

C) 逆に悪質なケースというのは、例えば「生活保護ビジネス」ですよ。つまり別名「囲い屋」とも言われ
 るある種の貧困ビジネスです。これは何かと言うと、公園や広場でホームレスを集めて、まず生活保護
 を受けさせるんです。それで自分たちの経営する無料または低額の「宿泊所」に住まわせて、食事とか、
 ベッドと毛布などの最低限の生活手段を与える代償として、支給された生活保護費の大半を払わせる
 んですね。そうなると手元に殆どお金が残らないから、貯金も出来なくて、他の施設に移りたくても困難
 で、劣悪な環境を抜け出せず搾取され続けるのです。

B) 「貧困ビジネス」って不思議ですよね。どうしてお金を持っていない貧しい人相手に商売して儲けが
 出るのかと思いました。

C) 簡単に言えば、相手の弱いところにつけ込んで、貧しい人から有り金を搾り取ったり、劣悪な労働に
 従事させながらまともに賃金を払わないとか、紹介役として中間搾取で暴利をむさぼったりするのが貧
 困ビジネスですよ。貧困者の最大のウィークポイントは生きる手段を得られないことです。生きる手段を
 手に入れざるを得ない状況を利用するのです。

A) 生活保護の運用面で最大の問題は、生活保護基準を下回る生活をしていながら受給できていない
 人が大勢居ることです。最後の網にかかっていないのですから、こちらの方が不正受給よりも、はるか
 に本質的問題だと私は考えます。
  所得が生活保護支給基準以下となる世帯のうち、実際に受給している割合のことを「捕捉率」と言い
 ます。この捕捉率が日本では15.3〜18%と、非常に低水準に留まっています。例えば、ドイツが64.
 6%、イギリスでも47〜90%、フランスは91.6%と言われます。大変な差がありますね。最も改善す
 べき課題が、捕捉率の向上であることは疑いありません。

C) 2012年度には212万人が受給者となりましたが、実際には1千万人を超える人が生活保護基準
 で生活しているという事ですね。日本の相対的貧困率は2009年で16%に達して、先進国の中で最
 も高い水準にありますから、要保護世帯が多いのも当然だと言えますね。これが格差社会の一つの帰
 結だとも言えるでしょうね。

A) 改正法案の問題のひとつは、生活保護の捕捉率を上げるどころか、むしろ下げかねないものになっ
 ていた事です。現在の法律では、生活保護を受ける意思を示せば受給を受けられるのですが、改正
 案では申請書や必要な書類は全て本人が書く事を求めています。生活保護者には、住民票がどこに
 あるのか分からない人もいるし、知的障害を持っている人もいます。こうした条件を付けてしまうと、現
 在でも問題になっている水際の申請拒否を更に増やすことになりかねません。また、申告内容に不正
 が見つかれば、保護の停止や廃止もできるとされています。ですから、ただでさえ低い捕捉率がもっと
 下がる危険性があります。

D) とにかくまずは保護すると言う事だと思います。生活保護費は2012年で3兆7000億円に達したと
 言いますから、これから捕捉率を上げて行けば、相当なお金が必要になるのは確かなのですが、まず
 は保護して、それから就業支援をしっかりやって、保護を必要とする人を減らしていくと言うのが正しい
 順序ですよね。お金が無いから支給しないと言うのはおかしいですよ。

C) 財政の問題もありますね。生活保護費の3/4が国庫から出ていて、残りの1/4は地方自治体の
 負担となっています。だけど、実は受給者の中心は60歳以上の高齢者なんです。高齢者が多くて、か
 つ産業が弱い自治体だと、収入は少ないのに支給額は増える事になります。本当は、生活保護などは、
 都心と農村では物価の違いはあるでしょうけれど、保障すべきものが最低限の生活水準である以上、
 同等の生活水準は確保されなくてはいけないはずだと私は思います。そうなると、こうした財政支出は
 国が全額負担をするのが正しいのだと私は思います。ところが以前、自民党は国と地方の割合を1対1
 にする案を出していた事さえあります。

A) 高齢者の受給者が多いのですから、高齢者雇用の問題とも関係ありますね。ようやく法律で希望者
 全員に対し65歳までの雇用を継続することが義務となりましたが、賃金の低さが課題として残っていま
 す。

D) 会社の再雇用制度にしても、仕事内容が実質ほとんど変わらない人の時間あたり賃金を、再雇用
 前と比べて大幅に下げると言うのは、明らかにおかしいと思います。そもそも成果主義賃金と矛盾しま
 すよね。働きに応じた賃金が支払われない訳ですから。そんなダブルスタンダードが社内にあるのは
 許しがたいです。本来は辻褄の合わないことなのに、「再雇用制度は年金支給開始年齢が後ろ倒しさ
 れた分の負担を企業が押しつけられているのだ」との企業被害者説によって、こうした賃金ダンピング
 が正当化されてしまっています。

A) 生活保護の問題というのは、働いてもまともに暮らしていけるだけの賃金が得られない、いわゆる
 ワーキングプアの問題とも表裏一体です。最低賃金が低すぎるのが原因なのですが、生活保護基準
 の方を最低賃金に合わせて引き下げようとの動きがあります。すでに安倍政権は生活扶助費を段階
 的に減らすことを決定しています。本来取り組むべき方向と真逆だと思います。
  「生きづらさ」の拡大を食い止め、生きやすい世の中にしていくためにも、私たちの最後の命綱である
 生活保護制度は、その運用面をもっと充実させていかないといけないと思います。1950年代のことで
 すが、「朝日訴訟」と呼ばれた裁判がありました。朝日茂さんという方が、当時月に600円の生活保護
 費を受給していたのですが、当時の物価から言っても低すぎる額で、これでは健康で文化的な最低
 限度の生活は営めないと、憲法25条を根拠に訴訟を起こしたのです。この裁判は、最高裁の上告審
 の途中で朝日さんが亡くなって、原告本人の死亡により終了しました。しかしながら、このとき最高裁が
 付言したのが「憲法プログラム説」です。憲法プログラム説とは、憲法の条文は国の政策の向かう方向、
 いわゆる努力目標を定めたものだとする説で、現時点で実現できていなくとも違憲ではないとするもの
 です。これをとんでもない説と考えるにしろ、現実的であり当然と思うにしろ、先の生活保護を巡る国会
 の動きは、憲法の努力義務さえ果たそうとしているのかどうか極めて怪しいと私には思えます。結局こ
 の現政府の態度こそ、彼らが国民の人権をどうしたいのかを象徴的に表していると考えます。憲法の
 人権に関わる条文に制限を設けたい真の理由も垣間見えると思います。
  最後に、生活保護については日弁連から良いパンフレットが出ていますので、紹介しておきます。