ルネサス懇、参議院選挙を語り合う。

− 命、生きがい、人権を売るということ −

A) 会社の方は早期退職の面談が始まっている様ですが、今回の様子は如何でしょうか。

D) 昨年の早期退職よりも、一段と厳しいという感じですね。会社は1万6500名の間接員の4割を減ら
 すと言っています。単純計算で6600名の削減です。その半分にあたる3千数百名を今回募っている
 訳ですが、40歳以上のかなりの割合が、早期退職取得を促されている様です。今回は45歳以上の
 割増金が月収の12ヶ月分で、昨年の36ヶ月と比べると1/3になってしまっています。前回から11ヶ
 月しか経っていないのに、差し引き24ヶ月分も減っている訳ですから、ここで辞めたら家族に説明で
 きないだろうと思うのですが、それでも退職を考えていると言う人の話を聞きますね。それは、今回早
 期退職を選ばなかったからと言って、会社の経営が持ち直すとは限らないし、売上げがますます減少
 すれば、更に退職者を募ることはあり得るし、そのときにはもう割増金が無いかも知れないと言われて
 いるからです。また、今回も目標人数に達しなければ、事業上解雇(指名解雇)があるかも知れないと
 言われました。しかし一番しんどいのは、この会社に明るい展望が何も見えないことですね。本当に会
 社が何時まで存続できるのかもわからない状況です。

B) 私はいま39歳で、かろうじて早期退職の対象外なのですが、将来を思うと本当に不安になります。

D) 心配要りませんよ。私も不安ですから。

B) 早期退職からは免れても、会社が無くなったら結局失業でしょう。子供もまだ5歳だし、35歳を過ぎ
 ると再就職も難しいと言うし、コネもないし、一体どうやって食べて行こうかと思います。

D) ひとつだけ言えるのは、おそらくルネサスも日本も、今が底ではないと言う事です。Bさんはロスト
 ジェネレーションと言われる世代ですね。ロスジェネは1993年から2005年に就職期を迎えた世代の
 ことを指しますが、就職事情を見れば2006年以降もやっぱり厳しい状況が続いています。2010年
 以降などは超氷河期とさえ言われています。ロスジェネが割を食った世代だと思っていたのに、その
 後に続く世代はもっと悲惨に事になっているのが実情のようです。最近では、若者を食いつぶす「ブ
 ラック企業」という言葉も急速にメジャーになりましたしね。

B) このまま放っておくと、私の子供が就職する頃には、もう大変な時代になっている予感がします。

C) アメリカでは、大学を出ないとマクドナルドの店員しか就職先が無いとか言う話さえ聞きます。大学
 教育も高くて、3/4の学生が学資ローンを組んで授業料を賄うのですけど、せっかく卒業しても賃金
 の低い職業にしか就けないと、どんなに生活を切り詰めてもローンが返済できなくて、ちょっと健康を
 害して仕事が出来なくなったりするだけで、生活が破綻してしまう場合もあると言います。
  しかもこの学資ローンは、べらぼうな利子を取るだけではなくて、もっと利子の低いローンに借り換え
 ることも許されず、消費者保護法も適用されず、例え自己破産宣告しても他の借金のようにチャラには
 してもらえなくて、悪魔のようにつきまとうのです。日本も今、奨学金の借金を返せないという話をよく
 聞くようになりました。これから益々そういう方向に向かいそうです。

A) ヨーロッパ型の考え方では、教育は社会が投資するものだから無償が普通なのです。高度な教育
 を受けた国民が社会に出ていけば、経済も活性化するし、税金も納めてもらえるという発想です。とこ
 ろがアメリカ型の考え方では、教育は個人が自分自身に投資するものとの考え方に基づいていますか
 ら、借金をして高等教育を受けるのも個人の責任です。私はヨーロッパ型の方が好きです。

B) 昨年末の衆議院選挙で自民党が大勝したから、ますますアメリカ型に向かうのではないでしょうか。

A) さっきDさんから「ブラック企業」という言葉が出てきました。ブラック企業というのは、違法な労働条
 件で労働者を酷使するひどい会社のことです。もともとはインターネットの世界で広まった言葉だと言い
 ますが、2009年にこの問題を扱った映画のヒットから、世間一般に認知されるようになったと言われ
 ます。
  ひとむかし前であれば、非正社員の劣悪な労働条件や、正社員との間の格差を問題にしていた訳で
 すが、ブラック企業問題は正社員が劣悪な労働環境に置かれているものです。もう正社員が恵まれて
 いるとさえ言えない時代になってきました。

B) ブラック企業の名前を公表すべきかどうかと言う議論があります。私はどちらかと言えば公表した方
 が良いとは思っていますが、公表することで誤解を招く可能性も一方であると思っています。つまり普
 通の会社はまともだけれど、一部ヤクザなブラック企業が存在するから、そのような企業を学生が選ば
 ないようにすれば良いのだとの考えに傾くことの恐れです。 たしかにひどい会社は存在すると思いま
 すが、社会全体がブラック化しているのが実情で、その中でも特に目立って悪い企業があるという事で
 あって、そのような企業が生まれてくる土壌を論じないと、本質的な議論にはなっていかないと思って
 います。

D) その土壌とは、例えば、つまりそんな会社でも就職しなければならない事情などですね。

B) 確かに、今の学生達は、とにかく正社員でなければ大変なハンディキャップを負うと学校で教えられ
 ていますから、それで何が何でも正社員にという気持ちでブラック企業に入ってしまうという面も多少は
 あるだろうと思います。しかし、それと同時に、世の中の企業が実は大なり小なりブラック化していると
 言うのも現実の様です。労働組合の組織率がどんどん低下しているのも原因だと思います。ルネサス
 のように、まともな労働組合のある会社は、社会全体を見ればほんのごく一部ですから。

C) その意味では、これからルネサス労組が、どこまで会社に食い下がって労働条件の低下を防げる
 のかが重要になると考えられます。
  例えば、春闘のたびに維持を目標にしている賃金体系は、既に守られていませんね。8月には管理
 職の大量降格が予定されているからです。ルネサスの賃金体系は、S1(主任、技師クラス)になると、
 あるところで賃金が頭打ちになって上がらなくなる制度です。賃金を上げたければ、頑張って管理職
 に上がるしかありません。言い換えれば、毎年ある一定割合のS1が頑張れば管理職に上がることが
 出来て、賃金を上げられるという事も賃金体系の内に含まれるのです。ところが今回、ここがぶっ壊さ
 れてしまいました。ルネサスエレクトロニクス社の管理職の半数近くが降格を言い渡されているとの話
 さえ耳にします。

B) もし管理職が大量降格したら、組合員はどうなるのでしょうか。S1が異様にふくれあがりますよね。
 管理職が多すぎてバランスが悪いから降格させた訳でしょう。すると今度はS1が多すぎてバランスが
 悪いという話に当然なりますよね。

C) それこそ「賃金体系維持」で労組は頑張るしかないと思いますよ。現在の制度では、成績下位の
 者に降格があります。S1からS2にじわじわ降格して行く事で、少しずつ調整されていくと考えられま
 す。当然会社は、もっと激しくS2やS3に降格させたいと考えるでしょうから、そこが労使の攻防のポ
 イントになるのではないでしょうか。

B) 管理職に上がるのが相当に難しくなるのですから、賃金体系維持と言っても名ばかりですけどね。
 賃金以外の労働条件はどうなるのでしょうか。

D) 早期退職の面接の中で、私も部長から、「残った人たちはものすごく大変になるし、それについて
 行けない人は今回退職された方がいい」との話をされました。でもちょっと待ってくれと思います。会社
 の経営が傾いていれば、長時間労働も過重労働も仕方がないのかと言いたいです。
  たとえば、子育て中の女性であれば、毎日定時で帰っても楽ではないですよ。じゃあ退職しろと言う
 のでしょうか。私は退職する必要はないと思っているし、子育てと両立しながら働いて、それで会社が
 潰れるというのなら、それは潰れる方が正しいという考えです。同業他社がきちんと雇用のルールを
 守っているのであれば、そういう会社が生き残る方が、世の中全体ではプラスになりますから。だから
 残業など出来ないと思っても、堂々と働き続けたいと言えば良いのです。

B) これから先は、残った人で必死こいて頑張らないといけないから、育児や介護や家事で100%会
 社の仕事に打ち込めない人は辞めてもらった方が良いと考える部長もいるかも知れないし、そのよう
 にしろと、もっと上から指示が出ているかも知れませんが、絶対に認められない理屈です。そもそも育
 児も介護も、会社の業績見合いで認めてもらうようなものではありません。業績を理由に、それこそ育
 児休職も満足に取れないような会社になってしまっては困ります。

C) 昨年のNECのリストラを機に、NEC&関連労働者ネットワークがホームページ上に開設した「リス
 トラ実態掲示板」には、「追い出し部屋ができるのは、そもそも法律上解雇が難しいからであって、もっ
 と解雇が容易になって役に立たない人を辞めさせられればいいのだ」という趣旨の意見の投稿もあり
 ました。私たちとは異なる考え方ですが、率直な意見として重要です。
  自民党が進めようとしている解雇の自由化は、産業の活性化に必要と言われます。衰退産業から成
 長産業に労働力が速やかに移行しないと、衰退産業がいつまでも余剰労働者を抱える一方で、成長
 産業は人手不足のために思うように事業を拡大できないと言ったこともあるでしょう。こうした考え自体
 は正しいと思います。
  しかし解雇ルールを緩和しないと雇用の流動化が促進できないというのは誤りです。私たちは、もと
 もと解雇されずとも、自らの意思でいつでも会社を辞めることができます。ルネサスの場合、未来が明
 るいとは言い難いですし、今年は賃金カットに一時金ゼロ、それに管理職の大量降格が8月にありま
 す。ここまで労働条件が切り下げられていますから、例え早期退職制度が無くとも、自ら退職を選ぶ人
 が居て当然ですね。現に若い世代が毎月のように退職しています。現行の解雇ルールであっても、流
 動化に支障は無いのです。
  早期退職をやると、優秀な人が逃げてしまうとの批判がありますが、雇用の流動化を正しいと考える
 のであれば、優秀な人が出て行くことこそ正しいとも言えます。むしろ、ルネサスが衰退企業であるの
 なら、クリエイティブな人材はそれほど多くは必要ないはずで、そこそこ堅実にコツコツと仕事をこなす
 人が残って、顧客都合でやめられないレガシー製品の後始末をすれば良いではないかと言う事だっ
 てできるのです。優秀な人こそ成長産業に行って、日本経済を盛り上げてくださいと。
  それに解雇ルールを緩和して、むりやり大量に退職させたとしても、それら退職者が再就職できずに
 社会に滞留してしまえば、それは雇用の流動化とはまったく逆の事になってしまいます。

D) 「役に立たない人は辞めさせろ」と言っている人は、自分自身が流動化したいとは思っていないで
 しょう。自分自身が会社に残ることに固執するからこそ、会社の存続に不利になりそうな要素に不安
 を感じて、排除したいとの衝動に駆られるのだと思います。ではその不安の根源は何でしょうか。そう
 しなければ生きられない、または生きていくのが難しくなるとの潜在的な恐れの感情ではないのでしょ
 うか。

C) 私達労働者は、この社会では生産手段のみならず、生存手段からも切り離されていますからね。
 デフォルトでは生きる術を持っていませんから、お金で生きる術を買わなければならず、そのお金を
 得るために、大抵の人は賃労働者となります。
  堤美果さんの「ルポ貧困大国アメリカ」を読むと、メキシコなどから渡ってきた移民が、アメリカでまと
 もに生活していく為に市民権を得たいと願って、戦場に行くケースがかなりある様です。先のイラク戦
 争などでは、軍人だけでなくアメリカの民間人も大勢亡くなっています。それは、多くの民間人が戦場
 に行ったからです。戦場では、兵士の生活を支えたり、輸送や機器の整備や、その他の仕事で民間
 人も必要としているのです。危険を伴う分、賃金が良いから、移民や貧しい家庭出身の方が多く従事
 しているそうです。生きるために、命を賭しているのだと言えますね。

D) 橋下大阪市長が、従軍慰安婦問題に触れた発言では、大いに物議を醸しました。彼は、アメリカ軍
 には謝りましたが、慰安婦制度が必要だと言ったことに対しては「誤報だ」との言葉を繰り返してごまか
 そうとしていました。
  彼の発言を聞いていると、強制して無理矢理連れてきた慰安婦は問題だけれど、公娼婦であれば
 問題無いと言っているようにも聞こえます。米軍に日本の風俗を利用するよう薦めていましたしね。だ
 けど、公娼婦だって、本当に当人がその職業に就きたくて就いたのかわかりませんよね。生きていく
 ために、その職業に就くより他になかっただけなのかも知れません。
  戦時中だけでなく、現代でもそういう仕事は世の中にいっぱいあると思いますよ。職業選択の自由
 と言ったって、好きな職業を自分で選べる人は一握りのエリートです。

B) 程度の違いこそあれ、我々だって同じだと思います。法定労働時間は8時間なのに、武蔵では毎
 月の平均の残業時間がいつも30時間を超えています。何でこんなに働くのでしょうか。仕事が好きだ
 からと言う人も居るとは思いますが、みんながそうではないですよね。仕事があるからと言えば確か
 にその通りですけど、やっぱり周りが働いているからと言うのが大きいと思います。殊に会社がここま
 で傾いてくると、労働時間の短い人が退職勧奨に遭うかも知れないし、査定や職群等級を下げられる
 かも知れないし、仕事の負担を増やされるかも知れないし、とにかく何か悪いことが起きる予感がして
 きます。その予防のために、やっぱり職場の他の人と同じか、それ以上に働いていないとまずいので
 はないかとのプレッシャーを感じていると思います。

D) 競争って、ルールがあるから競争なんですよね。労働時間について言えば、ILO(国際労働機関)
 が1919年に発足したときに、その記念すべき第一号条約で一日あたりの労働時間を8時間と定め
 たのです。言ってみれば、これが国際標準のルールですよ。ちなみに日本は、21世紀の現在でも第
 一号条約を批准していません。
  例えば、マラソンでスタートの合図が鳴る数時間前にスタート地点を出発して、一番でゴールしたか
 らと言って、それが真の一番でしょうか。本人は“他のランナーよりも努力して早起きして早く来たの
 だ”と言うかも知れません。もしそれが勝利と認められるのであれば、他のランナーもみんな次回か
 らはスタート前から走り始めるでしょう。労働時間にしても、8時間という共通のルールから逸脱して、
 残業をひたすらやった者が勝つのなら、同じ事だと思います。
  実はこれについて、佐高信さんが書かれた「会社は誰のものか」という本の中に、印象的なエピソー
 ドがあります。住友商事の常務だった故鈴木朗夫さんが、ヨーロッパで欧州委員会の役員に招かれて
 夕食をともにした時の話です。時刻は午後10時半を回っていて、近所のオフィスはみんな退社してい
 るのに、レストランの向かいの某日本企業のオフィスだけ煌々と明かりが灯り、かなりの数の日本人
 社員が忙しく働いているのが見えたと言います。それを指さしながら、その役員が鈴木氏に次のよう
 に言ったそうです。かなり長いですが、この現代教養文庫の本は絶版になっていますので、そのまま
 引用します。
  「われわれヨーロッパ人には一定の生活のパターンがあり、それは“市民”として果たすべき義務に
  従って構成されている。すなわち市民たるものは、三つの義務を応分に果たさねばならない。
   一つは、職業人としての義務であり、それぞれの職業において契約上の責任を果たすことである。
  二つは、家庭人としての義務であり、職業人としての義務を遂行したあとは、家庭に帰って妻子と共
  に円満にして心豊かな家庭生活を営み、子女を訓育すること。三つには、それぞれの個人として地
  域社会と国家に奉仕する義務である。
   これら三つの義務をバランスよく果たさないと、われわれは“市民”としての資格を失う。ところが、
  真向かいのオフィスで働いているあの人たちは妻子のいる家庭をかえりみず、コミュニティに対する
  義務を放棄し、仕事だけに生活を捧げているのではないか。
   ヨーロッパにも、市民としての義務を一部免除された人たちがいる。軍人と警察官と囚人である。
  しかし、あの人たちは、囚人ではあり得ない。警察官でもないはずだ。とすれば最も近いのは軍人
  であり、彼らが属する組織は軍隊に似たものであるに違いない。
   われわれは、先に言った三つの義務を応分に果たしながら通常の生活を営む市民である。彼ら
  は、仕事のみに全生活を捧げる一種の軍人である。われわれが家庭人としての義務を果たしてい
  る間も、彼らはひたすら働いている。彼らはヨーロッパに来てヨーロッパのルールを無視しているが、
  これはアンフェアだと思う。
   軍隊と市民が闘ったら、軍隊が勝つことは明らかである。このような競争はアンフェアであり、ア
  ンフェアな競争の結果としての勝敗もアンフェアだと思うがどうか。」
 鈴木氏は、この言葉に反論できなかったと言います。もちろん、会社で長時間残業や休日出勤をする
 人や、家にパソコンを持ち帰ってまで仕事をする人にも事情があり、可能であれば本当は家族のため
 にもっと時間を割きたいと思っている人が多いことも承知しています。しかし、ルールを逸脱した争いは、
 もはや競争ではありません。

B) でも日本には、残業して苦労して沢山働くことが美徳であるかのような価値観も根強くありますよ
 ね。むしろ、みんなが残業しているのに、早く帰るとは何事かという価値観の方が、現在でも優勢では
 ないでしょうか。

D) それで長時間残業した者が勝ってしまえば、負ける側もそれに合わせざるを得なくなりますよね。
 同じ8時間という土俵で勝負すれば勝てたのに、対抗して労働時間を増やさないといけなくなります。
 だから特に男性の場合には、家事や育児の多くを妻に任せて、会社で仕事をする時間を増やさざる
 を得なくなってしまいます。悪貨は良貨を駆逐するのです。

B) そこで売られているのは、単に労働力だけでは無いですね。休息のためや、家族や自分のため
 に使うはずだった時間を削って、仕事に充てているのですから。つまり健康や生きがいを切り売りし
 ていると言う見方が出来ます。

C) 今までの話を総合すると、つまり私たちは、そうやってさまざまな人権とか、生きがいとか、健康と
 か、尊厳とかを売って、お金に換えないと生きていけない現実の中に居るのだと言えますね。

D) もし命をつなぐためにお金が必要で、お金と人権がバーターになってしまうのなら、命がタダで保
 証されない限りは、かならず人権が侵害されるケースが出てくるのではないでしょうか。人権を守る
 と謂うけれど、本気で人権を守るのであれば、人権を売らざるを得ない状況を全部無くさないといけ
 ないでしょう。裏返せば、人権を売らざるを得ない状況を放置して、本人が自由意思でそうしたこと
 だから問題無いとうそぶくのは、人権侵害への荷担だとも言えます。

A) かつて奴隷制では、奴隷の生命は主人が握っていましたが、主人としては奴隷に死なれては困
 るので、死なないように面倒は見ていたと言います。ところが資本主義の労働者は、自由がある代
 わりに、自分の労働力を何としてでも売らないと生きていけない点で、実は奴隷よりももっと厳しい状
 態に置かれているとも言えます。

C) 早い話が、自らの幸せを売ってお金に換えているのですよね。最近、若い人で鬱病が増えている
 と言われますが、当然ではないかと思います。
  私が若い頃、心因性の神経症と、内因性の鬱病とは、症状は似ていても違うものと考えられていま
 した。神経症というのはノイローゼのことです。不幸な経験や不安があると、誰でもノイローゼに罹る
 可能性があるし、いずれは治るものと考えられていました。これに対して鬱病は、個人の肉体的気質
 が原因の精神病であるとの位置づけでした。肉体的気質によるものだから、そう簡単には治らないと
 考えられていました。
  こうした神経症と鬱病との区別は、もともとドイツの精神医学会の分類によるものでした。ドイツは精
 神医学で世界の先端を行っていましたし、ドイツから学んだ日本もこの分野では先進国でした。一方
 でアメリカは遅れていると言われていました。ところが、アメリカの精神医学界から、新たな鬱病の定
 義が出てくると、これがあっという間に世界中に広がったのです。それはDSMという鬱病診断の指標
 でした。これは鬱病を構成する症状を列挙したもので、その症状に当てはまると鬱病であると診断す
 るのです。
  現在はDSM−Wという指標が使われています。症状で見分ける訳ですから、神経症だろうと鬱病
 だろうと区別していません。最近鬱病が増えた最大の原因は、従来神経症と分類していたものを鬱
 病と認識するようになったためです。
  就職できても仕事漬けで、生きがいも楽しみも持てなくて、しかもこの状況に耐えられなくなって退
 職や休職をしようものなら、もっとひどい状態に転落すると思うとしたら、このまま働き続けるのも苦し
 くて不幸だし、辞めても不幸だし、もうどうやって生きても不幸にしかならないように思えてくるでしょう。
 それでは気分が落ち込むのが当然だと思います。そりゃあ、鬱病になりますよ。

A) それにも関わらず、企業の鬱病対策というのは、過酷な業務に耐えられない人間を選別して、ふ
 るい落とす仕組みになってしまっています。過剰なノルマを課したり、長時間残業をさせたり、パワハ
 ラにあったりで元気を無くして、鬱病と診断されると、会社はすぐに休職をさせて、休職から復職する
 頃になると、そのまま休職期間満了で退職させようとします。ひどい会社では労働組合がこれに荷担
 して、「退職して、ちゃんと病気を治してから再挑戦する方が本人のためだった」と言う偽りのエピソー
 ドを作り上げようとしてさえしています。

C) 本人が職場を離れるだけでは、葛藤の源は解決しないのに。会社の中に存在する原因や問題は
 見ようとせずに、あくまでも個人の病気の問題として片付けようとするのですね。

B) 今、企業がしだいにブラック化していると言いますよね。ルネサスも早期退職によって、長時間残
 業が当然視されたり、育児や介護や家事に時間を割かざるを得ない人が退職に追い込まれたり、パ
 ワハラや鬱病が増えたりと言った風に、ブラックな方向に行ってしまうのでしょうか。

A) そうなるかどうか、労働組合の役割は非常に重要だと言えます。