ルネサス懇、参議院選挙を語り合う。

− 改めて見直す日本国憲法 −

A) 冒頭でもお話ししましたが、今回選挙の最大の争点は、私としては憲法だと考えています。今年は梅
 雨明けが早く、先週から猛暑が続いています。暑さが厳しくなると、高齢者にはこたえます。投票日当日
 の天候によっては、50%を切る投票率になるかも知れません。また、野党側が争点を明らかに出来て
 いないことも投票率を押し下げる要素と思われます。ですから、下手をすれば与党が全有権者の20%
 台の票を獲得するだけで、憲法を変えるところまで行ってしまいかねない不安を感じています。

C) 改憲派がよく主張するのは、いわゆる「押しつけ憲法論」ですね。押しつけ憲法論を巡っては、日本
 国憲法の制定自体が確かな法的根拠を持つのかどうかの議論が中心になっていると理解しています。
 これは確かに難しい問題で、それこそ自主憲法を新たに制定する事が出来れば、ある意味で解決出来
 てしまうのかも知れません。
  一方、世の中で押しつけ憲法論の話題が出るときには、もう少し感情的に「アメリカやGHQによって
 押しつけられたかどうか」の議論になっていると感じます。憲法という最高法規を他国から押しつけられ
 るのは腹立たしいというものですね。これもまた事実であれば、憲法の内容の善し悪しに関わらず、腹
 を立てる方が自然だと私は思います。
  そして私としては、確かにアメリカやGHQによる押しつけはあったと見なしています。終戦の年の秋
 頃から、GHQは日本に対し、憲法を自由主義的なものに改正するように促しましたが、日本政府は明
 治憲法を改正する必要があるのかどうかから検討するという有様でしたから、日本政府に任せておい
 ても期待する水準の憲法案は出てこないと考えたGHQが独自に草案造りを始めたんですね。これが
 マッカーサー草案と呼ばれるもので、翌1946年の2月に日本側の案を却下したうえで日本政府へ手
 渡されました。

A) しかし、マッカーサー草案は、実は日本の民間からいくつも出ていた新憲法案を参考にしていて、
 特に高野岩三郎らが結成した憲法研究会が1945年の末に発表した「憲法草案要綱」に注目したと言
 われます。この憲法草案要綱には、象徴天皇制、国民主権、法の下の平等、生存権等の基本的人権
 が入っていました。したがって日本国憲法は、はじめから終わりまで、すべてGHQが作ったのでは無
 いことも知っておいて欲しいですね。

C) しかし、憲法草案要綱が注目されたのは、GHQの考える路線に近かったからではないでしょうか。
 それはそれとして、当時の世界は、連合国側も自由主義経済圏と社会主義経済圏に分かれて、この
 間の対立が深まって行こうとしていた時期でしたから、アメリカとしては日本を自由主義の陣営に引き
 込みたかったと言う事情がありました。

A) アメリカとしては、そのためにも早く決着を付けたいとの思いがあった様ですね。統治を速やかに進
 めて、早く日本という国を安定させたかった。当時マッカーサーは、日本を未開の後進国と見なしてい
 て、民衆を統治するには「王様」が居た方が都合が良いと考えていた様です。そこで新憲法の制定の
 要点としてマッカーサー三原則というのを出して、その1つに天皇制を入れました。 ですが、アジア太
 平洋戦争では、日本が天皇の名のもとにアジア諸国を侵略していましたから、近隣諸国を納得させる
 ためには日本は二度とこれらの国を侵略しないことを保証する必要がありました。そこで、天皇制とと
 もに、戦争の放棄を三原則に入れました。戦力と交戦権を不保持とする現在の平和憲法は、天皇制の
 存続とセットでできあがったものなのです。

B) 自民党の新憲法草案では、天皇を元首にする一方で、自衛隊を国防軍にして、戦争の出来る国に
 しようとしていますが、近隣諸国から見たらとんでもない事で、ますます不信感を強めそうです。

A) 1949年に中国が共産主義国家になると、アメリカの共産圏に対する軍事戦略に日本も巻き込まれ
 て行き、朝鮮戦争の勃発した1950年には、自衛隊の前身の警察予備隊が結成されました。この頃か
 らアメリカの対日占領政策も大きなターニングポイントを迎え、それまでの民主化を中心とした路線から、
 経済的復興に主軸を移していきました。1951年にはサンフランシスコ講和条約と一緒に日米安保条
 約が締結されました。日本は完全に資本主義経済圏の一員となったのです。そしてこの頃から、国内
 の保守勢力によって改憲して軍事力を持つべしとの声が盛んに聞かれる様になります。これ以後、9条
 を巡る改憲への圧力が、時々の強弱はありながらも、現在に至るまで続いています。

B) その間のアメリカの立場はどうだったのかと言う事ですね。そもそも現行憲法がアメリカの押しつけ
 だとして、じゃあそのままずっと押しつけたいと考えていたのかどうかです。違うんじゃないでしょうか。
 アメリカは世界の警察たらんとの国家戦略に沿って、日本にも軍事的オペレーションの一部を肩代わ
 りさせたいため、憲法9条はそのための障害と考えて、改憲させる事を望んで来たのではないでしょう
 か。つまり、終戦直後の時期を除けば、憲法を変えさせたい、9条を変えさせたいという、別の押しつけ
 の意図がアメリカ側にあり続けたと言えます。

C) 軍事力というのは経済への足かせでもあるのですよね。軍隊は国内経済において殆ど生産的な仕
 事はしませんからね。兵器だって平時の使用価値は無いし、持っていても何の付加価値も生みません。
 兵器をつくれば兵器産業は儲かりますが、国民生活は潤わないです。だから、軍事関係に予算をつぎ
 込むよりも、公共事業や社会インフラや雇用対策や教育や研究開発などに使った方が、よっぽど意義
 があるんです。経済の発展を促して、税収の増加というリターンもありますしね。
  日本に米軍を駐留させれば、相当額の費用を日本政府が予算化してくれるし、1機で数百億円の戦
 闘機をじゃんじゃん買ってくれれば、日本は貧しくなりますが、アメリカは儲かりますね。だから今の憲法
 の下でもアメリカは十分メリットを享受しているはずなんだけど、日本が更に大規模な軍隊を持ったうえ
 で集団的自衛権の名目でアメリカの戦争に加担してくれれば、アメリカの軍事力も縮小できるし、兵器
 ももっと買って貰えると思っているのでしょう。

B) だから改憲を押しつけたいのですね。

A) しかし、平和憲法を変えて軍隊を持つべきだとする国内勢力の主張の根拠として、最近ですと近隣
 諸国との領土問題を挙げるケースが増えています。中国との尖閣諸島問題、韓国との竹島問題、そし
 て古くからあるロシアとの北方領土問題です。特に尖閣諸島を巡っては、中国に軍事力で対抗してや
 ろうと物騒な事を考える人達が居て困るのですが、実際にアメリカにとっては日米関係よりは米中関係
 の方が重要なのであって、日本と中国が軍事衝突するなどと言う事をアメリカは望んではいないし、仮
 にそうなってもアメリカに日本の後ろ盾を期待するのは無理があると言われます。

C) 日本はGDPで中国に抜かれましたが、たまたま日本経済の調子が悪くて負けているのではありま
 せん。日本の10倍もの人口規模を持つ中国は、これから更に拡大して、遅かれ早かれ日本の2倍、3
 倍、4倍の経済規模になっていくでしょう。それに引き替え、中長期的に見れば、日本経済の市場規模
 が世界経済に占める割合は次第に縮小して行きます。それは仕方の無いことであり、ある意味健全な
 ことでもあります。
  アメリカにとって中国はこれから益々重要になるし、アメリカだけでなく世界中の国にとって中国との
 外交が最重要になってくる筈です。そんなときに、辺境の無人島を巡って中国に対抗意識を燃やし、
 敵意と根拠の無い優越感をむき出しにして、格差や貧困でぼろぼろになった国内経済も無視して、な
 けなしの国家予算をどんどん軍事費につぎ込んでいる国があるとしたら、そのような国は世界各国か
 らどう見えるのでしょうか。

B) 近くに似たような国がありますね。

D) ところで、自民党の新憲法草案について言えば、別の意味の押しつけもあると感じます。国家権力
 から国民への押しつけです。国民の権利を制限する内容のものを押しつけようとしています。

A) 「憲法は国民が権力者に押しつけるものだ」と言われます。これをひとことで言えば「立憲主義」で
 すね。しかし立憲主義という言葉は難しくて、むかし学校で習ったような気がするけど、よく覚えていな
 いと言うのが一般的だと思います。だから、憲法は国民が権力者に押しつけるものだと言っても、「世
 の中にはそういう考え方をする人もいるだろう」とか、「そうである必然性はない」程度に思われるか
 も知れません。
  自民党の草案には、「公の秩序」と言う言葉が出てきますね。私たちの基本的人権に属するものの
 多くが「公益及び公の秩序」に反しない限り認められるとの制限が設けられています。現行憲法では、
 「公共の福祉に反しないかぎり」と言う文言があります。「公共の福祉」も「公の秩序」も言葉は似てい
 るし、あまり違いはなさそうに思えるかも知れません。でもちょっと待って欲しいのです。
  憲法や法律というのは、もともと社会の秩序を保つために存在しているものです。公の秩序を守ると
 言うのは、改めて法に書き込むまでも無く、法が本来宿している目的であり役割です。そして、その公
 の秩序として、国民の権利は守られるべきとしているのです。しかしその国民の権利どうしがぶつかる
 事もあります。ではそのときに、私たちは何をもって判断したら良いのでしょうか。それが現憲法では
 「公共の福祉」つまり「みんなの幸せ」ですと言っているのです。ですから、公共の福祉と言う言葉を削っ
 て、代わりに「公の秩序」と書き換えてしまうと、何をもって秩序の判断基準とするのかが分からなくなっ
 てしまい、困ったことになります。では、分からなくなった秩序に意味を与えるのが誰なのか。そこで出
 てくるのが国家権力で、秩序の名の下に、結局は私達の人権を制限しようとするのではないかとの心
 配が起きてきます。

C) 「公の秩序」って恐い言葉ですよね。例えば、いま首都圏各地で行われている反原発のデモなども、
 公の秩序を乱す活動として取締の対象になる可能性は大いにありますよね。労働組合の活動だって
 制限されていく可能性もあるのに、どうして労組は憲法への関心が低いのでしょうか。
  そもそも現憲法の下でさえも厳しい取締は行われているのです。例えば、2008年には麻生現副総
 理の邸宅を見に行こうとした人達が、無届けのデモだと言うので逮捕される事件もありました。あるいは
 マンションのポストにビラを投函しただけで不法侵入だと逮捕された例もあります。表現の自由が十分
 に守られているとは言い難いのが実情ですからね。

D) 極論していけば、ナチスドイツにあっては、ユダヤ人を迫害することが秩序だったとも言えるでしょう。
 杉原千畝(すぎはら・ちうね)が第二次大戦中、ポーランドからリトアニアに逃れてきたユダヤ人6000
 名に対し、日本への渡航ビザを発給したことで命を救った事は世界的に有名ですが、あれだって当時
 の同盟国だったドイツとの関係が悪化するというので、本国に何度問い合わせても許可が貰えず、杉
 原独自の判断で発給したのです。いわば彼は当時の秩序を大いに乱したと見ることも出来ます。しか
 しもし杉原が「秩序」を守っていれば、6000名のユダヤ人の多くはナチスの絶滅収容所で命を落とし
 ていたでしょう。秩序を守るとは、どういうことなのかと考えさせられる例です。

B) 誰が秩序を決めるのか、誰のための秩序なのかという事ですね。

D) それから、「権利には義務が伴う」との言葉も新憲法草案には書き込まれています。ここでは、権利
 と義務はペアなのだから、国民の権利を規定した条文に、守るべき義務としての制限が書き込まれる
 のは当然だとの考え方があるようですね。

A) 権利に義務が伴うと言うのであれば、およそ国家の中で最大の権利をふるう力を持っているのは
 誰なのかと言う事です。言うまでもなく国家権力の主体、つまり政府ですね。だからその政府に対して、
 私たち国民が権力をふるう事を許す代わりに、私たちの権利を侵さず守るという義務を課すのが憲法
 です。
  したがって、国民の権利を保障する条文に、場合によっては権利を守る義務を果たさなくても良いと
 する文言を加えてしまえば、結局のところ、政府が一方で権力をふるいながら、他方では政府の都合
 で義務を十分に果たさないといったことにつながります。

B) つまりは、国家権力が国民の権利を制限できてしまう憲法を、国家権力の側から押しつけようとし
 ているのが自民党の新憲法草案だと言う事ですね。

D) 新憲法草案には、アメリカからの押しつけという面と、国家権力からの押しつけという面の、2重の押
 しつけがあると言えますね。アメリカから押しつけられるのも嫌ですが、日本人でさえあれば、誰が作っ
 た憲法でも構わないという事でもないですしね。

A) そもそも憲法を日本人だけで作るという考え方がナンセンスだと思います。GHQにしろ、憲法研究
 会の草案要綱にしろ、彼らがウチワのメンバーだけで1から考えて作ったものではありません。過去の
 諸外国の優れた憲法に学んで、取り入れるべきは取り入れたものです。言うなれば、その時代におけ
 る人類の到達点の反映であり、英知の結晶だとさえ言えるでしょう。

D) 私たちは経験的に知っているはずなんですけどね。ルネサスの半導体だって、ルネサス社員が半
 導体の物理現象を発見して、トランジスタを発明して、すべての設計、製造技術を開発して造ったもの
 ではありませんから。世界中の研究者、技術者の発見や発明を学んで、それらを生かして来たからこ
 そ出来たものです。何でもかんでも1から全部自分たちでやれば良いと言うものではありません。優れ
 たものを謙虚に学んで生かしていくことが、どんなに大事なことか。憲法だって同じだと思います。自民
 党の草案で一番欠落しているのがそういう姿勢ではないかと思います。
  私は今の憲法が完璧だとは思っていないのですが、くだらんものに変えられるよりは、現行憲法の
 ままである方がよっぽど良いと思っています。だから護憲の立場です。護憲と言うと、はじめに答えあ
 りきの何か融通の利かない石頭な態度と捉える人がいるかも知れませんが、今の政権によって憲法
 がしょうもないものに変えられようとしている現局面にあっては、私は何を置いても護憲と言います。

A) その憲法を変えるという事について、96条を変えようとの動きもあります。96条は改憲のための要
 件を定めたものです。改憲には、衆参両院の2/3以上の賛成により発議し、国民投票によって過半
 数を必要とすると定められていますね。この96条の要件が厳しすぎると言うので、もっと緩くしたいと
 言います。

D) 例えるなら、本丸としての日本国憲法を攻撃する前に、96条という内堀を埋めてしまおうという事
 ですよね。

A) 改憲の要件が厳しく、簡単に変えられない憲法のことを硬性憲法と言います。日本国憲法は、硬性
 憲法に入ると言われます。しかし、実は諸外国に比べて、突出して硬性ではないとの見解もあります。
 よく比較されるのがアメリカの合衆国憲法ですが、これは改憲手続きには、発議に上下院の2/3以
 上の賛成が必要なだけではなくて、条項の修正には全州の3/4の議会の承認が必要です。連邦国
 家だからでしょうけど、日本よりももっと厳しいですね。
  フランスは上下院の過半数の賛成で可決したものを国民投票にはかって、有効投票の過半数の賛
 成で成立となります。自民党の96条改正案はフランスに近いです。しかし注意しないといけないのは、
 議会を構成する選挙制度との関係です。フランスもまた、下院は小選挙区制と比例代表制の併用をし
 ていますが、小選挙区制は有効投票の過半数を得ないと決選投票になる仕組みです。多数派政党に
 圧倒的に有利な日本の選挙制度とはここが根本的に違います。日本では、有権者の1/3の票を得る
 だけで、2/3を超す議席の確保さえも可能であるのが現実です。こうした選挙を通じた多数派形成の
 容易さも考慮しないと、単純に過半数とか2/3とか言った割合だけで、どちらがより硬性かを議論する
 ことは出来ません。

C) 96条を変えるなど私はとんでもないと思っています。国の基本を定める憲法が、時のブームに乗って、
 一部の国民の賛成しか得ていないのに変えられてしまうと言うのは、根本的に誤っていると思います。
  自民党案では、国民投票は有効投票の過半数で可決するとされています。しかし投票率の規定がな
 いんですね。私は有効投票ではなく有権者の過半数であるべきだと考えますが、そうでなければ少な
 くとも国民投票の投票率を80%以上とするなどの条件が必要だと思います。

D) 政党別に見ると、共産党、社民党、みどりの風が改憲に反対なのですが、すべて少数政党なので、
 これらだけで憲法を守るのは難しいと思います。だから民主党の力にも期待したいです。民主党には改
 憲や96条改悪に反対する候補も大勢いますから、比例代表は、憲法問題に何も言及しない候補では
 無く、はっきり改憲反対の意思を示している候補の得票が伸びて欲しいと思っています。