ルネサス懇、参議院選挙を語り合う。

− 労働組合と政治 −

D) このところ労働組合が、かなり政治に入れ込んでいる感じがします。玉川では電機連合の推す候補
 の支持者カードを集めていました。職場の評議員を通じて、組合員全員にカードを配って回収していまし
 たね。私の職場では、しつこく書くように促される事もありませんでしたが、書かない人は書かない理由
 を教えて欲しいと言われました。変ですよね。こういう物は、書く側にこそ理由が求められる筈ではない
 かと私は思うのですが。

B) 支持者カードは逆効果だと思います。労組として本来の活動では会社の言いなりになってしまって
 殆ど成果を上げていないのに、何で政治にばかり力を入れているのだとの批判もあります。

D) 成果を上げていないと言うのは違うと思いますけどね。この前の春闘にしても、産業革新機構に生
 殺与奪を握られている中での交渉だったから、すごく難しかったですよ。労働組合が条件闘争に持ち
 込んで、特別支給金に関する別途協議を獲得しただけでも、評価すべきだと思いますよ。あれが精一
 杯だったと言うのが私の見方です。
  早期退職の面談も、回数を2回までと制限し、退職強要をしないことや、面談記録を取ることも認めさ
 せました。実際に組合員に対しては、この約束は守られている様です。他の電機大手で10回以上に
 およぶ執拗な面接や「追い出し部屋」の設置などがされている現状を見れば、ルネサスははるかに紳
 士的で、これもまた労働組合の成果なのは確かだと思います。よく頑張っていると思いますよ。

B) 私もそう思うのですが、政治活動で台無しにしている様に見えます。ムダに労組の評判を落として
 いませんか。上部団体の方針だから仕方が無いのかな。

C) 組合員の組織票が、しだいに集めにくくなっているから、電機連合としても危機感を募らせているの
 ではないでしょうか。電機連合として、その原因をどう分析しているのか知りませんが、少なくとも組合
 員に認知させることが重要だと考えているのでしょうね。それで支持者カードという形で、個人レベル
 に働きかけているのでしょうけど、組合員の側から見れば、誰を支持しましょうなんて言われる事自体
 が、大きなお世話なんでしょうね。

D) ええ、そう言う意味では、労組の幹部と組合員とで、感覚がずれているのだろうなと思いますね。
 労組としては、なぜ労働組合が政治に取り組むのかと言う、そもそもの理由から説明しようとしていま
 すが、空回りしている感じがします。

A) 組合員の失望感もあると思います。かつての55年体制では、保守対革新が2対1の割合で議席を
 占めていました。当時の労働組合は野党第一党であった社会党支持でしたが、万年野党でした。です
 から、2009年に民主党が衆議院で第一党となった時には、労組の支持する政党がついに多数政党
 として与党となったことに、かなりの期待感があったと思います。
  鳩山内閣では、電機出身の大臣も誕生しました。つまり労組が国の最高権力の一角を構成するほど
 の力を得た訳です。もし仮に、労組の代表を議員として国会に送ることこそが政治を通じて私たちの願
 いを実現する最大の力であると言うのであれば、その最高の形を手に入れたのが2009年の衆議院
 選挙の後だったことになります。
  では結果はどうだったのか。労働者が期待した派遣法の抜本的改革はなされませんでした。税と社
 会保障の一体改革も、一体とは名ばかりで、消費税の増税が先に決定しています。民主党に対して期
 待外れだったと言うだけでなく、労組から大臣を送り込んでも、出来ることはたかが知れている、まして
 国会議員の1人や2人送り込んだ程度で何が変わるのかとの失望感が強まったのではないかと見て
 います。

C) 時期も悪かったでしょうかね。震災はもちろん原発事故も民主党のせいではありませんし、電機業
 界の衰退とリストラも、それ以前からの構造的な問題の噴出であって民主党のせいではないと思いま
 すけどね。貿易赤字でも円高が進むのは、円が比較的安定した通貨と見なされて投機の対象になっ
 ているからで、リーマンショックで世界経済が手痛いダメージを受けた後でさえ、実体経済よりも投機
 マネーが世界経済に強い影響を及ぼしているからです。ところがこれも、民主党が有効な円高対策を
 打ってこなかったからだと見る向きがあります。
  私たちの身近な生活実感の悪化が、何となくすべて民主党のせいみたいに感じられているのでしょ
 うか。それで益々民主党に魅力を感じなくなったと。

A) 難しいですね。私は労組が政治に活動領域を広げる事は悪くないと考えています。もともと企業別
 労組が企業と交渉して獲得できるものには限界があるのも事実で、もっと大きな事は政治を通じて実
 現していくしかないのも確かだからです。

C) 労組の理屈はそうなんですけど、問題はその先です。政治に働きかけると言っても、それが直ちに
 組織内議員を立てる事を意味しませんよね。私はもっと多方面に政治家なり政党なりに働きかければ
 良いと考えています。そのときに必要なのは、労組としてどのような政策に期待しているのかを明らか
 にする事です。労組が求める政策を、組合員の意見を集約する形で練り上げて行かなくてはならない
 筈なのですが、今のやり方はトップが勝手に方針を決めてしまって、組合員は政策立案に関与する余
 地が殆どありません。政策立案過程が民主的とは言いがたいのです。

D) だから組合員にとっては他人の政策という感じなんですよね。他人の政策を支持しましょうと言うか
 ら、押しつけに感じるのではないでしょうか。例えば、電機連合の組織内候補が原発に対してどのよう
 な見解で居るのか、候補者のホームページを見てもよく分からないのですけど、電機連合の方針とし
 ては、停止中の原子力発電所の再稼働を求める方向なんです。そのことを、どのくらいの組合員が知っ
 ているのでしょうか。

A) 原子力発電所は、重要な労働問題も抱えています。原発の稼働を現場で維持する労働自体が、放
 射能を被爆する極めて危険な労働環境の下にあり、しかも現場の危険性が労働者に十分に伝わって
 いなかったり、防護服も粗末だったり、健康管理もおろそかになっていたりします。また、このような労
 働者が多重請負構造によって組織され、賃金の中間搾取をされてもいます。こうした非常に深刻な労
 働問題を内包する原発労働を問わずして稼働再開を求めるなど、労働組合にあるまじき事だと私は思
 います。

B) 原発再稼働に反対の組合員だって大勢いると思います。組合員の総意を基に政策を立案している
 様には思えませんね。

C) そこを改善しないと、組合員の支持は集められないと思いますよ。それからもう一つ大事なのが、政
 策を実現していくためのアプローチですよね。特定政党一本に絞るのではなくて、どの政党や政治家が、
 どのような政策を打ち出していて、それが労組の政策と一致するのかしないのか、組合員に視覚的に
 はっきり示すことだと思います。そうすれば、あとは組合員個人の判断で、より期待できそうな政党や候
 補を選ぶことが出来るではないですか。労組は、うまく機能すれば巨大な票田になるのですから、政党
 だって労組の意向を無視できません。そこを利用して、全方面に働きかける方が有効だと私は考えます。

D) 労組は、組織内候補を国会に送り込む重要性を主張するんですけど、じゃあ落選したらどうなると言
 うのでしょうかね。全ておじゃん・パーでは困ります。

B) 逆に当選したら、どうだって言うのでしょうか。電機や半導体の会社で働いたからと言って、必ずしも
 業界の事情に精通出来ると私は思わないのですが、百歩譲って仮にそうだとして、何がどうなるのでしょ
 うか。多くの人は、道路族とか建設族とかの族議員が、自分の業界に利益誘導する古い自民党的政治
 を批判しているはずです。道路族は悪いが、電機族や半導体族なら良いとでも言うのでしょうか。

D) そのような方針が広く社会一般から理解されるとは思えませんね。実を言うと、私の家族や親戚の中
 で、電機業界で働いているのは私一人なんです。もし私が9月に早期退職してしまえば、一族から電機
 の労働者が誰もいなくなります。だから電機業界に取って都合の良い政治というもの自体が、私にはあ
 まり意味の無いものに感じられます。

B) ルネサスは、会社統合時にグループ全体で4万8000人居て、統合前の個社で早期退職をやる前
 には、5万人以上が働いていましたね。それが今年の3月末には3万3840人にまで減っていて、更に
 9月には3千数百人の早期退職が予定されています。モバイル事業は閉鎖するし、間接の人数は10
 月以降も減らすと言われていますから、国内雇用に限って言えば、わずか7〜8年の間に半分以下に
 なると言う事です。つまり2007年当時社員だった人の半分以上にとって、もはやルネサスが栄えよう
 が衰退しようが、ほとんど関係ないと言う事態になっています。その意味でも、組合員がしらけるのは
 当然だと思います。

C) かつてルネサスに勤め既に退職された方々と、これから退職される方々と、これからもルネサスに
 勤め続ける方々の、全てが幸せになるような政治が実現できれば良いのですけどね。

A) 半導体族と言うのは厳しい指摘ですね。労組の言う「政治を通じないと実現できない事」の意味が
 重要なのでしょう。今の労組は、労使協調路線によって、会社の発展を通じて雇用の確保や労働条件
 の向上を目指す方針です。ところが政治に対してもまた、企業や業界に有利な政策の実現を求めると
 言う事であれば、結局は企業の発展に環流されるだけで、それ以外は何も無くなってしまいます。私
 たちの生活改善のための労働組合活動は、社内での働きかけと、社外への働きかけの2本のルート
 がある様に見えて、実は1本しかないと言う事になります。

C) 資本主義である以上、企業は発展することもあれば、衰退することも倒産することもあります。特に
 ルネサスの場合には、明らかに衰退する傾向にあります。企業が衰退したら、そこで働く人は不幸に
 なっても仕方がないのかと言うことです。そうならないための政治をこそ求めたいと思っています。

D) 半導体族という言葉も出ましたが、実際には、電機連合の組織内候補はワークライフバランスとか、
 医療や福祉に関する政策も掲げている訳で、企業の発展オンリーを目指している訳ではないと思うの
 ですけどね。ところが執行部から末端の私たち組合員には、「半導体の出身であり、私たちと立場を
 同じくするものであるから支持しましょう」と来るのです。この理屈が族議員的だなって思わせるので
 すよね。

C) 執行部から組合員に支持を求めるときの言葉にも問題があるのですね。

D) ルネサス懇が昨年実施したアンケートから、ルネサス社員の多くが会社の復活再生を信じていない
 らしいと分かりました。たぶん、かなりの割合の従業員が、あと何年この会社で仕事が出来るのだろう
 かと不安に思いながら働いていると思うのですよね。今年で退職かも知れないし、来年かも知れない。
 あるいは3年後か。それこそ5年後まで勤められたらラッキーかも知れないって。仮に半導体から一人
 議員が当選したとして、何かが劇的に改善すると思えますか。そもそも自分がリストラされちゃったら、
 何も残らないじゃないですか。

B) だからおそらく、組合員の多数派が政治に一番求めているのは、業界の発展のためのアシストで
 はないですよね。例えば、子供の居る家庭で、自分が失業するかも知れないと思ったら、まず不安に
 なるのが子供の将来です。すると何で教育費がこんなにかかるのだろうと思うのではないでしょうか。
 民主党は高校授業料無償化をやりましたけど、大学もお金が掛かり過ぎます。だから親の貧困が子
 供に連鎖すると言われていますね。高校だけでなく、大学も含めて公教育にかかる費用の抑制に向
 けてもっと力を入れていけば、支持も自ずと集まると思うのですが。

C) 自然に支持が集まるからこそ強いんですよ。組合員の意思を変えさせようとか、意思は変わらなく
 とも支持者カードは書いてもらいたいとか、そう言う不自然なやり方は弱いですね。

D) まあしかし、昔の労組の政治活動は、今よりももっと激しかったですよ。90年代以前なんて、会社
 ぐるみで選挙応援をやっていましたからね。労組が支援しているのか、会社が支援しているのか、よ
 く分かりませんでした。
  選挙が近づくと、会社の敷地内にプレハブの選挙小屋が建って、労組の役員がしょっちゅう出入りし
 ていましたね。私が残業して21時過ぎに帰ろうとすると、プレハブ小屋の窓から煌々と明かりが漏れ
 て来るので、近づいて中をのぞいたら、中に私の職場の部長が居て、他にも管理職が大勢詰めてい
 ました。
  休日になると、社員みんなが政治家の紹介活動に駆り出されました。私の居た職場では、社員が
 2名でペアを組んで、車で支持者の自宅を回ってパンフレットを手渡してました。1日で3〜40軒を回
 りましたよ。訪問する家庭はすべて支持者の家だと聞かされていましたが、実際には居留守を使わ
 れたり、怪訝な顔をされることもありました。職場には創価学会の会員も居たのですが、関係なく活
 動に参加させられていましたね。これには大なり小なり精神的な苦痛を感じていたのではないでしょ
 うか。
  職場の壁には、課長グループ単位で部下が何人居て、そのうちの何人が活動に参加したかが、一
 覧表にして貼られていましたから、部下の中に不参加者が居て100%にならないと、統率力が無い
 とのレッテルを貼られかねないプレッシャーがありました。だから不参加者は課長の説得に遭うし、説
 得に応じなくて課長が困るのも気の毒だし、それで仕方なく参加する人も多かったと想像します。中
 に、それでも課長に逆らって参加しない人が居ると、部長から「選挙活動は、そもそも労働組合から
 依頼されて取り組んでいるものだ」と言われたりね。それならそれで会社から労組への利益供与で
 あり、支配介入じゃないのかと思うのですが。
  家宅訪問以外の活動としては、勤務時間中にポスターを作成することもありましたね。それから、職
 場の若い女性の何人かは「うぐいす」にスカウトされて、宣伝カーに乗って車窓から笑顔で手を振った
 りしていました。
  こうした会社ぐるみの選挙活動は、90年代の後半から急速に弱まって行きました。その理由は、お
 そらく会社にとってメリットが無くなったからでしょうね。高度成長期には、事業所のそばに駅を造らせ
 るとか、道路や交通網を整備させるとか、それなりに大規模な成果がありましたが、90年代後半には、
 県会議員レベルでさえ「組合員からの要望でガードレールを直しました」とか言うレベルのものが成果
 として報告される様になって行ったからだと思います。
  とにかく、望まない活動に参加させられなくなったのは、有り難かったですね。一方で、ぐるみ選挙が
 無くなったおかげで、組合員の意識が政治から離れたと言うのもあるでしょうね。

C) かつては会社ぐるみで活動を行う事で、特定政治家の支持と、会社の発展とが、無意識のレベル
 でも結びついていたのだと思います。

B) ぐるみ選挙の意味が薄れてきているのに、労組は過去の成功体験に縛られて、古いやり方を続け
 ていると言うことでしょうか。

C) まあしかし、多様な組合員の意見をまとめるのも難しいですよ。結局、ほとんどの人は会社の発展
 を願っているに違いないと考えて、最大公約数的にそこに落ち着くというのもあるでしょうね。

D) ええ、だからぐるみ選挙の時代に最大公約数に逆らって活動に参加しないと、上司からは「会社の
 株が下がっても良いのか」とか、「みんな会社の為に休日も返上して選挙応援に頑張っているのに、
 一人だけサボってずるいって言われたらどう思うか」とか言われたとの話も聞きました。

B) 善悪の判断の基準が、みんなと同じことをしているかどうかになってしまっているんですね。本多勝
 一さんの指摘する「メダカ社会」ですね。

A) そもそも国会議員と言うのは、全国民の利益を代表する立場にあるのです。憲法43条の1では、
 「両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する。」とあります。つまり、国会議員は、
 全国民を代表するものだとされているのです。業界や企業を代表して、そこに利益誘導を諮るなどと
 言うのは、本質的に国会議員の取るべき態度ではありません。

C) しかし、電機業界に長年勤めた者が、電機業界の発展を願うのは、心情的に理解できますよ。そ
 れに半導体産業は他産業を支える基盤産業でもあって、これを発展させることは、業界の利益だけ
 ではなくて、国全体の産業活性化につながると思うのですよね。だから、産業全体の構想があって、
 その中での電機の役割とか、半導体の位置づけが理解されているのであれば良いのではないでしょ
 うか。その立場から主張するのは利益誘導とは違いますからね。

B) 一方で、自分の出身会社が原発をやっているから再稼働にも海外輸出にも賛成ですと言うので
 あれば、ちょっと違うんじゃないかと思います。

D) 私は労組出身の議員が、労働者よりも産業を第一に考えるとしたら、そのことに不満です。

A) みなさんそれぞれに思いがあって、組織内候補を支持する度合いも異なるようですね。投票は、
 有権者一人ひとりが等しく1票を持って、自らの価値観を反映させる行為です。個人に対し、団体や
 組織が上位に君臨して、誰に投票すべき、どの政党を支持すべきと干渉するのは望ましくないと考
 えます。組合員の票集めが最大の関心事のような政治活動では困ります。民主的な選挙や政治と
 はどのようなものかを、改めて追及して行きたいですね。