ルネサス懇、制度一元化を語り合う。

− 評価制度 −

【評価制度】

A) では、そろそろ評価制度の方に話を移しましょうか。

D) 正直、あまり議論したくないですね。毎期毎期、業績レビューの面接がありますが、私は嫌いなんで
 すよ。ホンネではくだらないなあと思っているし、上司も同じような考えだと思います。こんな無駄なこと
 に時間を割かずに、仕事をさせてくれと思いますね。

A) 一元化案を見ても、明るい気分にはならないかも知れません。

C) それにしても、この資料の文字は細かいですね。私の視力では、良く見えませんよ。
 まず気が付くのが、専任職の評価指標から「成果」が消えて、「行動」と「能力」しかないところです。区
 分Eでは、B職の社員などから、業績レビューの問題点が指摘されていました。レビューシートの業務目
 標も、業績も、何を書けばいいか良くわからないと言うものです。その意味では、つまらない業績レビュ
 ーをやらなくて済むのは有り難いのかも知れません。

D) かたや総合職や監督職が評価される要素は、「行動」と「成果」と「能力」ですね。区分Eも同じだと思
 います。区分Eは「能力キャリアレビュー」というのを1年に1回やります。ここで各自が保有している資格
 やスキルをレビューします。つまり能力の評価ですね。それからプラクティスファイルと言うのがありまし
 て、ここに社員に求められる行動が列記されているのですが、それら各行動が常に出来ているかどうか
 をチェックするようになっています。こうして能力と行動をレビューして、昇級昇格や賃金に反映させてい
 ます。
  能力キャリアレビューとは別に「業績レビュー」と言うのがあります。こちらは、期毎に目標を立てて、そ
 れが達成できたかどうかをS,A,B,C,Dの5段階で評価するものです。立てた目標の難易度も含めて
 チェックされます。ここでの業績評価が、一時金の個人業績分に反映される仕組みです。

B) 口頭で説明されても、何だかよく分かりませんね。

D) すみません。業績レビューシートとか、能力キャリアレビューのマニュアルとか、プラクティスファイルと
 かをお見せできれば、イメージが得られたと思いますが、これらは区分Eの人事総務のホームページに
 掲載されていますので、そちらを参照してください。
  とにかく、新制度の概念的なものは、私にはそんなに違和感がありません。能力主義と成果主義のミッ
 クスと言う点で、原理は同じだと思います。「行動」と言うのも、そのような行動が取れる能力と見ることも
 出来ますし、そうした広義の能力によって、職群等級と言う月例賃金の大枠が決まりますよね。「成果」
 の方は、基本給レンジの中で賃金の上がる速さと、一時金の金額に反映されるところも、従来の区分E
 の制度と同じだと思っています。
  しかし、新制度案をぱっと見て、気になる点がいくつかあります。総合職は、S2になって4年目以内に
 業務提案のプレゼンテーションをやって、一定の評価を得ないとS1にはなれないと書かれていますが、
 何でしょうか、これは。

A) 選別主義だと思いますよ。今の学校教育のシステムと同じですよ。一度落第してしまうと、そこから這
 い上がる機会さえ失う仕組みです。

D) また嫌なものを見てしまったという印象です。

B) 解釈の仕方次第だと思います。普通にやっていれば、落とされることはないと私は思っています。む
 しろ、時間制限を設けることによって、順番にS1に上っていける面もあると思うのです。制限が無いと、
 かえって部門間でS1に行ける人の割合に大きく差がつく恐れもあると思います。

A) つまり年功的な面もあるではないかとの事ですね。しかし今は差がついていないといえるのでしょう
 か。

B) そこまでは、私には判りません。それから、もうひとつ嫌なものがありますよ。TOEIC600点です。
 600点なんて、かなり英語の得意な人でないと難しいと思うのですけど。

C) だから従業員にTOEICの本が配られたのでしょうね。だけど英会話の必要性は、職場によっても違
 うでしょうに。

A) ですから、“当面は”厳格な運用はされない様ですね。

B) そうは言っても、TOEICなどは、ルネサスだけでなく、日本の大企業の必然の流れのような気がし
 ます。今は武田薬品工業みたいに、TOEIC730点以上無いと採用しないと言う会社もありますよね。
 今は厳格な運用がされなくとも、未達者を昇格させない理由にはなるから、昇格者を増やさない手段と
 して使われる可能性はありませんか。

A) それはもちろんあり得るでしょう。区分Rの制度を作ったときに、この評価系の仕組みに対し、労働
 組合は絶対評価であるべきと主張しましたが、会社に受け入れられず相対評価となっています。相対
 評価である以上、成績に対応する人数枠が最初から決まっていますので、みんなが成果を出せば、
 その中で相対的に低い評価の人は、賃金が上がらないことになります。こういう現象に対しては、絶対
 評価が有効であると、つい私たちは考えてしまいがちだと思います。ですが、その絶対評価の基準を、
 例えばTOEIC600点とか、730点とか、厳しくしてしまうと、今度は評価の基準に達成していない多数
 の人が、絶対値として低い評価を受けることになります。頑張った人が応分に報われる制度と、ものす
 ごく頑張った人だけが少しだけ報われる制度とは、同じ制度設計で実現可能です。

C) TOEICなどは、600点と言う基準が問題なのでしょうか。TOEICを重視する傾向は、もう何十年も
 前からありますよ。確かに区分Eの従来の基準よりは上がりますが、評価全体における重み付けを明
 確にする事が重要に思います。点数を絶対基準にせずに、相対的な重み付けをはっきりさせれば、評
 価基準そのものが上がることにはならないのではないでしょうか。

A) そうですね。それにTOEICの点数のように、結果がデジタルで出てくるものは、むしろ少ないでしょ
 うね。業績全般の評価と言う点では、結局のところ、相対評価しか出来ないと私は思います。相対評価
 か絶対評価かが問題というよりは、評価基準そのものを上げられない様に、私たちは見張っている必
 要があると思います。そのためには、やはり結果としての昇格度合いが、何らかの形で示されなければ
 なりません。

B) 評価基準を見張ると言われますが、それは企業の中だけで実行可能なのでしょうか。今は、若い人
 の就職が、ますます難しくなっていると感じます。それは、企業が新卒者に対し、厳しい選別をしている
 からだと思います。そのような新卒者に対する圧力が、結局は社内で働く私たちに跳ね返ってくると思
 います。TOEICの例にしても、新卒者に厳しい条件を課すからこそ、社内の従業員にも同様のものが求
 められる訳でしょう。

D) 90年にバブルがはじけて、その後長い就職氷河期が続いていますね。もう20年以上になります。
 最初は景気が悪いから採用を控えると言う話でしたが、ITバブルなどで途中景気が回復しても、採用は
 あまり増えませんでしたね。2006年は好景気で企業が莫大な内部留保を溜めるようになりましたが、
 団塊の世代が退職するまで人員は増やせないかの様に言われました。そして団塊の世代が大量に退
 職した現在はと言えば、2009年の世界金融恐慌によって、またそれどころではないと。

B) 今年は震災もありましたしね。

D) ええ。でも震災の直前はどうでしたでしょうか。すでに団塊の世代も退職したし、金融恐慌からも立ち
 直って、昨年の就職はもっと増えてもいいはずでしたね。

B) 現実には増えませんでした。その理由として「労働力のミスマッチ」と言われました。これは就職する
 側の希望と、企業側の欲しい人材とが不一致である等の意味で言われたことですが。とくにグローバル
 に展開する大企業への就職が、とても難しくなっていると感じますね。すごくハードルを上げられている
 ような気がします。

A) いま大企業の多くは、如何にして海外に進出するかと言うのが重要テーマになっています。日立も三
 菱もNECもそうだし、ルネサスもそうですね。だから企業は、極論すれば世界を相手に働ける人材だけ
 を取りたいのでしょう。

B) しかし国内では、海外留学をする学生が減っていると言いますよ。学生の内向き志向が強まっている
 ときに、企業がそういう方針を出せば、結局就職できない学生が大量に出てくるのではないでしょうか。
 この労働力のミスマッチをどう考えたら良いのでしょうか。

C) 海外拠点の人材は、その国で採用するのが本筋だと思います。それに会社にとっては、日本の学生
 が足りなければ、日本で働ける優秀な外国人でも良いのです。いま「ダイバーシティ」と言うことばがあり
 ます。多様性とも訳されますが、企業にとってのダイバーシティは、国籍や性別や宗教や家柄などの違
 いに拠らず、企業にとって有益な仕事の出来る者が、各自の能力を発揮して働けることとされてしまって
 います。人間には、生産性の高い人もいれば低い人もいます。そういう切り口での多様性が無視されて
 いるとしたら問題だと思いますね。

A) 企業がグローバル化するにしたがって、企業本体はグローバルに通用する少数の人材だけで運営
 し、残りはアウトソースしてしまおうとの流れは、現在もあるし、今後さらに進む可能性は大いにあると思
 います。ルネサス社員の多くを占める技術系社員も、これからアウトソース化が進みそうな予感がします。
 これから組み立てられる評価制度が、グローバルに通用する人材を振り分け、その他の多数派を低賃
 金に滞留させたり、異なる職群に割り当てて、将来的なアウトソース化の予備軍としない保障はあるで
 しょうか。
  等級定義書などは、従業員にあるべき姿を示すことで、生産性の高い行動に誘導する目的があると思
 います。そうやって人を活かし、成長させるために使われるのであれば良いのですが、選別し、淘汰する
 手段として用いられる可能性も一方であります。そこは、個別に問題が起きたか起きなかったかを聞い
 ているだけでは不十分で、全体としての昇給昇格人数とか、降給降格人数とかの、人事の動きをチェッ
 クする必要があります。それが出来るのは、唯一労働組合だけでしょう。