ルネサス懇、制度一元化を語り合う。

− 賃金 −

【賃金】

A) では続いて賃金制度の方を見ていきましょう。今回、「基本給レンジ」と言うものが設定されました。
 話によれば、これは区分Eの「賃金バンド」と、ほぼ同じものだとの事ですね。

C) そのようです。区分Eの賃金バンドは、下からTゾーン、Uゾーン、Vゾーンの3段階に分かれてい
 て、上のゾーンに行くほど昇給幅が小さくなる、つまり賃金が上がらなくなると言う仕組みです。
  例えば、A1の場合、Uゾーンの昇級額とVゾーンの昇級額は、同じ成績でも10倍以上の違いがあ
 ります。つまり、Vゾーンに達してしまうと、そこから先の賃金上昇ペースは、それまでの1/10以下に
 なってしまって、賃金が頭打ちになってしまう制度です。
  新制度では、三段階が二段階に簡素化されていますが、本質は同じですね。TゾーンとUゾーンの
 間が「ミドルポイント(MP)」とされています。このミドルポイントが賃金の実質的上限になるということ
 です。イメージを図式化してみました。はじめの図は、上の等級への昇級が無いと仮定した場合です。
 成績の良い人と悪い人で、最初の内は賃金にかなり差がつきますが、ミドルポイントを超えると、また
 差が縮まってきます。


 


B) ミドルポイントって何ですか。何に対してミドルと言っているのでしょうか。少なくとも、賃金のミドルで
 はないですよね。それ以上はほとんど上がらない訳ですから。

D) 言われてみれば、そうですね。今まで疑問に思いませんでした。

A) ミドルポイントの考え方については、11月9日発行のRUN(No.95)の、2ページ目に書いてありま
 すよ。つまり、Tゾーンが、その職群等級の役割価値に見合った賃金の水準であって、ミドルポイントは
 その上限であると受け取れます。同じ職群等級に留まる限り、それ以上の賃上げは、本来必要ないと
 言う事でしょうか。

B) では、やはりミドルポイントと言う呼称は不適切と思いますね。アッパーリミット(UL)と呼ぶほうが適
 当に思います。ついでにUゾーンは「エキストラゾーン」とでも読み替えたいです。

C) Uゾーンの上限まで賃金が上がるかの様に思わせたいから、そういうネーミングにしているのかも知
 れませんよ。グラフを見ると分かる通り、本当はミドルポイントを超えたら、1万円賃上げするのにも10年
 とか20年とか、長い年月がかかるのです。ミドルポイントよりも賃金を上げたかったら、上の職群等級に
 行くしかありません。次の図を見てください。


 


C) 上の等級に昇級して、ミドルポイントが上がると、その差が賃金の伸びしろになるのです。ちなみに、
 グラフで成績良好、成績普通、成績不振の3つに分けたのは、それぞれ5段階評価の4,3,2の評価を
 毎年取り続けた場合を想定したものです。
  労働組合から公開されている基本給レンジの金額と昇級テーブルを見比べれば分かりますが、総合
 職S1の成績標準者が、ミドルポイントまで賃金を上げるのは、40代の半ば近くになりそうです。それま
 でに管理職に昇進すれば、賃金は上がって行きますが、そう上手く行くでしょうか。私の記憶では、20
 年前のNECは37歳から38歳くらいで課長になっていたと思います。しかし今では40歳で主任が普通
 になっています。管理職への昇進が難しくなっているのです。ただでさえ管理職がだぶついていると言
 われますし、この傾向はこれからも変わらないと思います。

A) しかし一方で、今は管理職になりたくないと言う人も多いですね。企業だけでなく、学校などでも、校
 長や教頭などになれば、忙しいし責任は重いし大変だから、ヒラの先生でいる方が良いと言って、なり
 手がなかなか居ないと聞きます。

C) この会社も、中間管理職をいじめ過ぎたように思います。課長クラスの賃金水準も下がったし、業績
 不振時には、労働組合員よりも先に賃金カットの対象になりますしね。厳しい業務命令は課されるし、
 どだい無理なことを要求されて、しかも出来ないと責任も追及されます。おまけに、先の早期退職では、
 40代半ばの人員がだぶついているとか何とか言われて、大勢退職しましたよね。
  次に早期退職の機会があれば、またターゲットにされるでしょう。これでもまだ管理職になりたいと言う
 人は、どうしても賃金を上げないといけない家庭事情でもあるのでしょうか。むしろ賃金は上がらなくても、
 主任や技師のままで居た方が良いと思う人が増えてもおかしくないですね。主任や技師だって、やろう
 と思えば、いろんな仕事が出来る訳だし。

B) しかしそれならば、逆にS1に滞留する人達が、今後のいじめのターゲットになって行きませんか。労
 働組合員のままだと、いじめにくいから、何時までもS1に留まっていると不利になる装置が組み込まれ
 て行きそうな懸念があります。

D) あり得るとしたら、賃下げと降級でしょうか。新制度で気になるのが賃下げですよ。これまでの区分E
 の制度では、成績評価が最低の時の昇給は0でしたが、マイナスにはなりませんでした。新制度では、
 5段階評価の下にマイナス査定がありますよね。しかも成績は相対評価になるって書いてあるでしょう。
 もし各評価に人数割り当てがあれば、毎年誰かがマイナスになりますよ。

C) 賃下げがテーブルに追加されたのは、少し驚きでしたね。

B) 区分Rには、現在でも賃下げの仕組みはありますよ。成績が低いと、俸給を下るのです。1段下がる
 だけで数千円の賃下げですよ。賃金がマイナスになるのも困りますが、むしろ降級はもっと困りますね。
 S1からS2に降級になると、年収が大幅に下がるだけではなく、裁量労働から外れるし、何より技師や
 主任ではなくなりますからね。賃金は他人の目に見えないけど、役職は見えますから、これはきついです。

D) 1年や2年の賃下げよりも、降級の方がインパクト大ですね。下位等級に格付ける場合として、3つ定
 義されていますよ。その中に、「人事異動による場合」と言うのが入っていますが、これは何でしょうか。
 等級を下げなくてはならないような異動は、適材適所と逆行しませんか。

C) どういう人事異動が想定されているのか、いまいち不明ですが、例えば区分EでNFAS(NECファブ
 サーブ社)を閉鎖したときに、それまでC職だった現場労働者の中に、B職に変わった方達がいたでしょ
 う。同様に、仕事の内容が変わって、それまでの知識ノウハウが生かせない職に移るようなケースがあ
 り得るのではないでしょうか。区分Eの場合には、賃金が減額にならない様にしていたと思いますが、新
 制度では調整給を毎年1/4ずつ削って、減らしていくみたいですね。新しい仕事に慣れるだけでも大変
 なところ、容赦なく賃下げでは、当事者は意気消沈でしょう。

B) 何だか、あまり明るい展望がありませんね。とにかく新制度は、これまでの区分Rの号俸給制とは、
 かなり異なっている事を理解しました。号俸給制は、一番上の40号俸まで上り詰めない限り、毎年少し
 ずつ賃金が上がっていったのですが、新制度は賃金が低い時の昇給が早い一方、頭打ちがあるので
 すね。若い世代の昇給が早いと言う点は評価しても良いのではないでしょうか。

A) 従来の制度が、若者にとって不利だったのです。年功賃金と言うのは、年を取れば賃金が上がる制
 度と思われていますが、それ以上に若者の賃金を抑える制度でした。年功賃金の原型が出来たのは、
 戦後間もない1946年のことです。当時の産別組織である日本電気産業労働組合協議会(電産協)が、
 「産別10月闘争」を通じて確立した賃金体系が基本となりました。この闘争で労働組合は、年齢と扶養
 家族数に応じた「生活保障給」を獲得することに成功し、生活賃金の概念を実効あるものにする事が出
 来たのですが、一方で、年齢別の生活保障給という概念が、若い頃よりも年齢が上がった時の方が、
 より多くのお金が必要だとのモデルを想定していたために、年功賃金の要素を含ませるきっかけを与え
 ました。当時は、勤続年数の短い若い労働者が多かったので、長く勤めれば賃金が上がると言う仕組み
 は、企業側にとって都合が良かったのです。
  その年功制を組み立てるにあたり、企業側は、職級制度と号俸給制度を組み合わせました。つまり今
 の区分Rの賃金制度の原型は、半世紀以上も前に作られたものなのです。昇級と、号俸給の昇号によっ
 て、毎年少しずつ賃金が上がっていく仕組みが年功賃金の正体ですから、これは年齢とともに必ず上が
 ることを約束した制度ではありません。ここがよく誤解されるところなのです。
  日立と三菱の制度統合をした時にも、若年層を除き定期昇給の無い号俸給制度として、非常に不安を
 与えました。相対評価で成績が低いとされれば、その年は1号俸も上がらず、賃上げがゼロになってしま
 うからです。この点は、現在の区分Eの制度よりも、賃上げゼロになりやすいと思います。だから相対評
 価ではなく、絶対評価にすべきだとの声もありました。
  ただ、区分Eの制度も区分Rの制度も、毎年どのくらいの人数を、あるいは誰を昇級させるかなどは、
 会社の人事考課の手の内にある点は同じでしょう。春闘で私たちはベースアップの要求をします。仮に
 ここで500円や1000円のベースアップを勝ち取ったとしても、実は会社は、それを補って余りある賃金
 抑制の手段を持っていると考えられます。過去の春闘で、まだ一度もベースダウンを経験していないに
 も関わらず、正社員の平均賃金さえ下がっているのには、理由があると理解せねばならないでしょう。

D) 新制度は区分Eの制度に似ている訳ですから、これまで区分Eで実際に起きた問題が、今後とも起
 きると私は推定していました。しかし、まだまだ甘かったかも知れません。元来、制度自体は中立である
 と私は考えていました。区分Eの制度にしても、人事評価を客観的にきちんとやり、管理職への昇進とか、
 下位から上位への昇級を、毎年同じくらいの人数割合で、同じ平均年齢でやっていけば、そんなに悪い
 制度では無いと思っていました。

A) その昇進割合などは、どのようにして担保されるのでしょうか。労働組合員全員にアンケートを取って、
 ほぼ全員から回答が無い限り、実態を知ることさえ出来ないでしょう。
  制度が中立と言いますが、制度と言うものは、作る側に必ず目的があって、それをどのように運用すれ
 ば目的を達成できるのか考えながら作られます。作った者にとって都合が良いのは当然のことです。だ
 から私達は、労働運動を通じて、賃金制度を私達にとって出来るだけ都合の良いものになるよう、働き
 かける必要があるのではないでしょうか。もちろんそのためには、どのような賃金制度であるべきか、私
 達の側に明確なビジョンが求められる事は言うまでもありません。

B) 制度が正しく運用されれば、問題は起きないはずだと考えるのは、あまりにもお人よしだと言う事で
 すね。

A) 正しく運用するときの、「正しさ」とは何かと言う事です。あとで評価制度についてもレビューしますが、
 例えばその中に「TOEIC600点」という基準がありますでしょう。S2からS1に上がるのさえ、TOEIC6
 00点が必要だと言っています。この基準が厳格に適用されるならば、未だ600点に達していない管理
 職はどうなるでしょうか。彼らがその地位に相応しい能力が無いと評定され、段階的に降格になっても、
 ある意味「正しく」運用された結果と見なすことが可能です。その方が公平だと考える人もいるでしょう。
  評価の基準が厳しくなっているのであれば、当然そこはチェックポイントになります。単に「会社がグロ
 ーバル化しているから、グローバルなコミュニケーション力が求められるのは当然だ」と言う一面的な理
 屈で納得して良いものではないと私は考えます。

C) しかし、労働者に求められる能力と言うものは変化しますし、英語力の必要性は、ますます高まってい
 るのも事実ではないのでしょうか。そうした時代の変化に適応するのは、必要なことだと思います。

A) 個別に見ていけば、より重要となる能力もあるでしょうし、私たち労働者にも、学習や自己研鑽が求
 められます。しかし、処遇に対応する能力や業績のハードルを上げられてしまえば、事実上の賃下げと
 同じ事になるではないかと言いたいのです。現在の賃金制度は、評価制度と一体になっています。評
 価する基準を作成するのも、評価を実行するのも会社側です。そうである限り、私たちの賃金水準の決
 定にあたっては、会社側が絶対的な優位に立っているのです。それを意識してください。
  さて、問題の評価制度についてレビューする前に、もう少し賃金について話しましょう。新制度への切
 り換え時に、賃金は現行のままスライドすると言われています。とりあえず4月1日で変わらない事に関
 しては、会社側が出来るだけ波風が立たないように配慮したものと思います。しかしながら、基本給レ
 ンジの縛りがあるために、レンジの上限を超えた人は、段階的に賃下げになるとされています。

B) 具体的にどのような方が賃下げになるのか書かれていないので、よく判りませんね。ひとつ気付くの
 は、S2の基本給レンジが現行のRS2よりも低い設定になっている事です。RS2の上の方の人達が、
 S1ではなくS2に移行すれば、賃下げになりますね。

C) 区分Eは、かなり以前に現在の賃金バンドを取り入れましたので、いま40代後半の世代でも、組合
 員の賃金は抑えられているのではないかと思います。区分Eで基本給レンジの上限から外れる人がい
 るとしたら、それ以前の制度で賃金が上がっていた50代かも知れません。

D) 若い人達の中には、貰いすぎの世代が普通に戻るのだと思う人も居るかも知れませんね。賃金が
 正常化され、不公平が是正されるのだと。

A) 昔は今よりも初任給が低かったのです。昔の賃金体系で、若いときには安月給に甘んじながら、長
 い年月をかけて昇給してきた人には、こんな制度統合での賃下げなど、受け入れ難いのではないでしょ
 うか。新制度は、若者の賃金が早く立ち上がるのが特徴ですが、その恩恵に預かれなかった人の賃金
 は、現行水準のまま維持を提案したいですね。

B) しかし、さっきの議論で、ミドルポイントが実質的な上限である事を確認しましたよね。若年層は、ミド
 ルポイントまでしか上がりませんので、それに比べてUゾーンの上限の賃金がもらえるのは、かなり恵
 まれていませんか。

A) 私はむしろ、今の若い人達が、このミドルポイントで納得できるのかどうかが気になりますが。ミドル
 ポイントの根拠として、会社は「賃金の市場性」と言っています。労働市場から見て、ミドルポイント以下
 の賃金が妥当だと言っているのです。では電機や半導体の他社と比較してどうなのか。そのくらいの検
 証はあって然るべきではないでしょうか。

B) その検証を会社と労働組合が行った結果、ミドルポイントは妥当だとの結論に達したら、どうするの
 でしょうか。

A) その時には、ルネサス懇としても、出来る範囲で検証しましょう。もしルネサスの労働生産性が同業
 他社並みで、賃金だけが突出して高いとしたら、そのようなアンバランスな状態は、そう長く続けられな
 いと考えるのが適当ではないでしょうか。そのような状況に合わせた提言が必要になると思います。

B) 納得するのは、根拠が示された後ですね。

D) とにかく、もし基本給レンジから外れる人が居るのなら、どのくらいの人数が居るのか、調整給はいく
 らになるのかデータを見たいです。それと、やはり現行制度と新制度における標準の賃金カーブがどうな
 るのか、比較が見たいと思います。賃金はスライドさせると言っていますが、4月の時点での変化と、将
 来の見込み賃金の変化の2つが分からないと、今回の施策を評価することが出来ませんからね。