ルネサス懇、抜本的構造対策を語り合う。

− 背景にあるもの −

【背景にあるもの】

A) 今回の議論は、かなり白熱しましたね。まだまだ話し足りない事は沢山あると思いますが、そろそろま
 とめに移りたいと思います。

B) ちょっと良いですか。ルネサスが沈滞している原因について、ちょっと思い当たることがあるのですが、
 今日のみなさんのお話を聞いていて、やはりそうかなと思いました。
  私は、今の日本もルネサスも、いろいろな意味で封建的だと思っていて、これが近年、さまざまな場面
 で悪影響を及ぼしている気がするのです。

A) 封建的だというのは、昔からある話です。西洋諸国は市民革命を経験していますが、日本は経験して
 いません。江戸時代の封建国家に黒船がやってきて開国となり、封建的要素を多分に残したまま、近代
 工業や資本主義を外国から輸入しました。封建的な傾向は、経済が右肩上がりの時には上手く機能した
 のですが、停滞しはじめると、より悪影響を及ぼすようになったと言いますね。

B) 上に対して「No」が言えない社会だと思うのです。さっき政府や金融機関の話を聞いていて、そう思
 いました。工場のリストラも、早期退職も、ルネサスを再生させるとは到底思えないのに、無理やりやらさ
 れてしまいそうですよね。それに、それが元で再起不能になったとしても、たぶん政府も金融機関も結果
 責任を取らないだろうと思うのです。

A) 上に対して「No」と言えないし、上は責任を取りませんね。

B) そうですね、責任を取りません。それからリスクを取らない傾向もあると思います。むかしの私の部長
 が、「リスクの無いものは決断ではない」と言っていました。その通りだと思います。ルネサス社内にいる
 と、本当にデータ集めで苦労する事があります。ちょっとでも前提が変わると、すぐに何が変わってどんな
 影響があるのかと、詳細なデータを収集したがります。それ自体は間違いではないのですけど、データを
 収集させられる側から言えば、ものすごく手間が掛かるのです。やっぱり、どこかで決断してくれよって思
 いますね。完全にリスクが無くなるまでデータを集められたら、それは決断ではなく判断ですよ。判断をし
 たがるから、仕事が重たくなるのだと思います。

D) しかし、リスクを回避し、正しい判断をするのも大切ですよね。

B) そうなんですけど、結局決められずに時間が過ぎて、最後は「上がそう言ったから」とか「顧客要求だ
 から」とか「納期が間に合わないから」とか、そういう根拠で決めていたりするのです。これもある種の責
 任逃れですよね。決断できず、判断もできないと、最後は責任を何かに押し付ける形での決定になるの
 です。

D) しかし、そうやって決定しないと、いつまで経っても終わりませんよね。

B) それなら、どうしてもっと早く決断しないのかと思いませんか。仕事が重たくなってしょうがないです。
 もう時間がないとか、お金がないとか、これ以上残業できないとか、そういう状況になって、つまらない
 根拠で決定しているように思えます。

C) 今、責任逃れと言いましたけど、責任はどこに行ったのでしょうか。

B) 末端に行っているのだと思います。今、「これ以上残業できないから」と言いましたけど、要するに末
 端の者は、これ以上残業できないところまで残業しないと許して貰えない構造があると思うのです。ここ
 までやったから許してくれみたいな。

D) そう考えると、今回の工場閉鎖とか早期退職とか賃金カットとかも、「従業員にここまで我慢させたの
 だから、どうか銀行さん融資を御願いします、大株主さん増資を御願いします」みたいな感じになってい
 るのでしょうか。

B) 言われてみれば、それもありますね。とにかく、末端が辛苦を吸収すると同時に、本来は上が取らな
 ければいけないはずの責任が解消し、無責任化、無罰化されていると思います。それで「仕方ない」と
 言う状態になります。もっとも無罰化と言っても、罰に相当する辛苦を末端が受けているのですが。

D) つまり今回は、末端の労働者が、賃金カットや早期退職などの「罰」を受けることで、経営者も金融機
 関も無責任化されて、仕方がないねと言う事になると。配下の者に責任を取らせると、上の者の責任が
 消えると。

B) その辺が封建主義的なのだと思います。下の者に辛い思いをさせると、自分も断腸の思いでそうさせ
 たような気になって、部下も苦しんだが自分も苦しんだと思ってしまい、それと同時に責任意識が解消し
 てしまうと思うのです。そこにあるのは、「罰」を受けることで責任が消えるとの意識と、上は下の者に「罰
 」を与えられるとの意識です。繰り返しますが、ここで「罰」と言うのは、実質的に罰に相当するもののこと
 で、部下を拘束して長時間働かせるとか、休日を返上させるとか、目一杯頑張らせるとか言ったことも含
 みます。

C) 「臨機の対応」のときに、何度も部長クラスから職場説明があったでしょう。殆ど資料を読んでいるだ
 けで、部長も完全にやらされている感じだったのですけど、あのクールさが怖いという話でしたね。
  同じ調子で早期退職に突入すれば、退職勧奨のマニュアルのマニュアルに従って、ノルマの人数を達
 成するまで、粛々と「仕事」をし続けるのではないかとの恐れがあります。その時点では既に、罪の意識
 は昇華されているかも知れません。

D) 自分を「汚れ役」だと思っている人ほど、実はナルシストだったり。

B) 話を続けます。下が「罰」を受けることで責任が解消する無責任構造があるとすれば、下の者は「罰」
 を受けたくないですよね。でも「No」とは言えない。となると、あとは「隠す」しかなくなると思うのです。「
 隠しは日本の文化だ」なんて言葉を以前どこかで聞きましたが、確かにその通りだと思うのです。私が
 一番気にしているのは、この「隠し」の弊害です。
  社長メッセージの「臨機の対応」に至る経緯を読んで、変だなと思いませんでしたか。端的に言えば、
 なぜ市場の変化に、今まで気が付かなかったのかと疑問に思いました。そう思ったのは私だけではな
 いはずです。でも翻って自分の普段の仕事を思い浮かべれば、確かに私も課長に全て報告している訳
 ではないし、課長もまた部長に伏せている事実があるのですよね。そういう物が、各階層で積みあがっ
 て行けば、結局トップは現場のことなど何も知らないと言う構造になって行くのではないでしょうか。

C) 会社の業績が何度も下方修正を繰り返すのも、その時その時で、出来るだけネガティブな情報を隠
 そうとするからと言うのもあるでしょう。今回は、もう隠し切れなくなったから、巨大な罰を受ける羽目に
 なったとも言えますね。

B) かつては封建的要素のうち、末端の労働者から搾り取ることが出来る面が効果的に作用して、日本
 の高度成長を支えたけれども、労働集約型から知識集約型産業に移行するに従い、「隠し」の弊害の方
 が大きくなって行ったのではないかなと思うのです。今日はすごく荒削りなお話で申し訳ないのだけれど、
 いずれもう少し詳しく話したいと思います。

A) 有難うございました。赤尾社長の言われるルネサスの構造的問題の詳細は不明ですが、今お話され
 た封建的な側面も、その構造の一部をなしているのかも知れませんね。封建的資本主義から脱却して、
 もっと民主的な資本主義に移行しないと、日本経済も構造的な問題を一向に解決出来ないまま、益々地
 盤沈下をしていくのかも知れません。