ルネサス懇、抜本的構造対策を語り合う。

− 抜本的対策になっているか −

【抜本的対策になっているか】

A) 抜本的対策の中身について見て来ました。今回明らかになった施策が、1万人を超える退職者を出
 す未曾有の大リストラである事に大変な脅威を感じます。しかしその一方で、そもそも本当にこの施策で
 抜本的な構造対策がなされて、ルネサスが復活するのかどうかと言う点でも、大いに疑問があります。
 次は後者の点について、ご意見を伺いたいと思います。

C) まず、会社は5千数百名という人数の早期退職を不退転の決意でやり切ると言っている訳ですが、な
 ぜそこまでしなければならないのかを問う必要があるでしょう。特に、どこから5千数百名という数字が出
 てきているのかを。

B) 年間430億円の固定費を削減するためには、その人数の削減が必要と言う事でしたね。削減すべき
 固定費からきているのでしょう。

C) いえ、430億円が根拠ではなくて、どちらかと言えば今年度200億円の効果を出すことが目的になっ
 ているのではないでしょうか。200億円を削減して、今年度200億円の営業利益を達成するのだと。20
 0億円の営業利益を出すことで、100億円の経常利益を出すのだと。例え早期退職で特別損失を増やし
 てでもです。それは金融機関が重視するのは経常利益であるからだと説明されています。金融機関や大
 株主などのステークホルダーの信を得るためには、今年度の営業利益200億円が必達だという事です。

D) 手っ取り早く言ってしまえば、金融機関からは、今年度経常黒字を出さなければもう金を貸さないぞと
 脅されているという事でしょう。本当にそこまで言われているのかどうか知りませんが、社員はそう解釈し
 ていますよね。ルネサスの生殺与奪は金融機関が握っていて、生きさせる条件は今年度の黒字化だと。

B) 通常の事業運営で黒字を達成する目処が立たないから、もう早期退職をして固定費を減らすしか方
 法がないのだと言う事でしょうか。何でそうなっちゃうのと言う感じ。

C) でも、そういう理屈になると思います。しかしそれは理屈の話で、事実はちょっと違うのではないかと
 思うのですよね。もともと金融機関には、ルネサスが今年度何が何でも黒字化しなければならないとす
 る程の根拠は無いと思うのです。金融機関が気にしているのは、慢性的な赤字体質の方だと思うので
 す。だけど、赤字体質改善のため首を切らなければ金は貸さないとストレートには言えないから、今年
 度の経常黒字という無理な目標を立てさせて、達成する方法は自分で考えなさいみたいな感じにして
 いるのだと思います。ホンネでは人員削減をさせたいに違いないですよ。確かに外部からルネサスを見
 れば、ルネサスの売上規模に対して4万人を超える従業員数は多いから、余計な人件費がかかってい
 る分、利益が失われ続けている様に映るのでしょう。

B) 今回の早期退職だけで1千億円くらいが必要だと言われています。大株主から500億円集め、銀行
 から500億円集め、計1千億円をやっと調達しました。これが全部早期退職に消えてしまったら、後に何
 も残らないではないかと私は思っていました。それでは成長させるのは無理ではないかと考えていまし
 た。なぜこれだけしか出してくれないのかと。実は兵糧攻めにして、先にリストラをさせようとしているの
 ですね。

C) ええ、ですから、もし金融機関がルネサスを見捨てていないのであれば、次に融資するタイミングは
 早期退職の完了する10月末より後だと私は予想しています。

A) 金融機関が主導して人員削減をやらせているのだとすれば、その主たる結果責任は金融機関にあ
 る事になりますね。首切りそのものの是非は後で問うとして、ここでは本当にそれでルネサスが再生す
 るのかどうかを考えたいと思います。

D) 技術部門を中心に繁忙感が強くて、これ以上人を減らせば、更に成長力を失って行くのではないか
 と先ほどお話しました。ルネサス復活にとって必須なのは成長戦略です。復活の確率を少しでも上げる
 ためには、人を辞めさせてはいけないと思います。人員削減をすれば固定費が減って利益が出るだろう
 という考え方が安直なんです。固定費が減っても、それ以上に売上が減ってしまったら、結局利益だっ
 て出ません。縮小均衡じゃあないですね。規模の縮小が売上の縮小を招き、更なる規模の縮小を要請
 する「縮小スパイラル」に陥って行きそうですよ。
  それこそ、臨機の対応の人件費カットを来年以降続けてでも、早期退職だけはやめる方が、マンパワ
 ーは損なわれない分だけ再生の確率は上がるのではないでしょうか。本当に2014年度に利益率2桁
 になる見込みがあるのなら、それでも良いではないですか。頑張って賃金カットに耐えて、2年後には
 一時金を5.0ヶ月以上取りましょうよ。

C) そうですね。ルネサスの場合、売上規模に対して人員が多いのは、人的リソースの投入に対して売
 り上げが少ないからであって、人が多すぎるからでは無いと私は考えています。人的資本の投資効率
 が悪いのです。言い換えれば、手間隙をかけている割に報われていないのです。ルネサスには、手間
 ばかり掛かって売上の少ない製品が一杯あるでしょう。こういう現象はビジネスそのものに問題がある
 のであって、人員を減らしても問題は解決しないばかりか、益々事態を悪化させることになると思います。
  ただし、こういう状況はかなり以前からあって、それを長年続けて来てしまった弊害も出ていると思い
 ます。端的に言ってしまえば、社員の能力が伸び悩んでいるのではないでしょうか。私はそれも仕方が
 無いと考えています。人的資本の投資効率が悪いのを、ひとりの人に仕事をより多く詰め込むことで解
 決を図ろうとした訳ですが、その時点で問題の本質に気付くべきでした。結局、個人の残業頼みで体裁
 が取り繕われ、更に裁量勤務制度によって残業代も増えないようになり、益々問題が見えなくなりまし
 た。それで、個人の自己啓発に向けられる時間や後進を育成する時間、実験や情報収集の時間や知
 識やノウハウをドキュメント化等で蓄積する時間などが失われてしまい、組織としての力量が段々落ち
 ている気がします。つまりこの会社の持っている人的資源トータルの価値が年々下がっているのではな
 いかと思うのです。
  だから解決方法としては、人員削減ではなくて、言いたくは無いですが、賃下げを容認した方が良いと
 思うのです。退職して再就職しても、どうせ大幅な減収になるのですから、ここは賃下げを飲む代わりに、
 人的投資効率の悪い仕事を整理して、残業しなくてもやって行ける会社を目指す方に舵を切ってはどう
 でしょうか。

B) 私は開発費が無いのがとても気になっています。下期の予算がゼロベースなんです。何をやろうに
 もお金がなくて、開発が滞ってきています。更に人員削減がされたら、どうなってしまうのか。3年後、4
 年後の飯の種が仕込めなくなると思います。

D) それと工場のリストラですよ。ラインの閉鎖はルネサスの都合ですからね。製品には供給責任が伴う
 から、閉鎖するラインで流している製品を全部廃止とは行かないでしょう。高崎の5インチラインの閉鎖で
 は、出荷金額の高い製品は別ラインに移して、少ないもの数百品種は廃止にしています。同様の対応が、
 もっと大規模に必要になるはずです。ウェハーの大型化って簡単に言われますけど、6インチと8インチで
 はプロセスも装置も違いますから、許容できる範囲で同じ特性のものを造ると言っても、相当に大変です
 よ。1つのプロセスを移すだけでも、2〜3年の年月と、数億円のコストがかかる場合もあります。本当に
 やり切るだけの工数があるのか疑問です。おまけに評価のためのお金も無いですよね。

B) 工場移管のために、製品開発者が時間を取られる事になりそうです。もう新製品の開発どころではな
 いです。

A) みなさんの話を総合すると、タダでさえ開発費の無い中で人員も減って、残った人達は製品の工場移
 管で追われてしまい、新製品の開発もままならなくて、将来にわたって売上を伸ばせる見込みが無くなる
 と言う事になりますね。ここに矛盾がありそうです。

D) 本当に変ですよね。それに早期退職は、今年度200億円の営業利益とのリンクで説明されていて、
 金銭的根拠が一応は示されていましたけど、工場のリストラの方は、そういう根拠が全然示されていな
 いですよね。

B) そう言えばそうです。仮に工場を売却した場合、どのくらい益が出るものなのでしょうか。

A) 過去の例が参考になると思います。ローズビル工場のテレフンケンへの売却は5300万ドル(約43
 億円)でした。津軽工場の富士電機への売却は、38億2千万円との情報があります。売却先が積極的
 に買ってくれる場合でも数十億円規模ですから、ルネサス側から買って欲しいとなると、二束三文で買
 い叩かれると考えていた方が良いでしょう。

B) 売却益に期待しても無駄ということですね。すると、閉鎖にしても売却にしても、またライン縮小にして
 も、人員削減による固定費の削減効果と、用力や資材などの変動費の削減効果に対し、製品の集約に
 よる売上減とか、顧客離れや新製品の開発遅延による受注減とか、集約やライン移管に関わるコストと
 か、外部への製造委託が増えることによって増加する外注費とかによるコスト増とを比較しなくてはいけ
 ないのですよね。

D) それと、売却した工場でも、たぶんルネサス製品の生産はしばらく続くでしょう。鶴岡は本当にTSMC
 に売却するのでしょうか。300mmのラインにMCUも流れていますよ。TSMCに売却したら、向こうだっ
 て商売だから、今よりも安い値段で売ってくれないと思います。だって、旧NECEL時代から、生産会社
 の利益は親会社が吸い上げていましたからね。工場に利益が溜まらないようにしていたのです。そうか
 と言って、那珂に持って行くのも難しいでしょう。5インチだって、化合物デバイスとか、古くて特殊なプロ
 セスの製品がうじゃうじゃ残っていますよ。これらこそ、どこにも持って行けないのではないでしょうか。

B) 冬頃には、グローバル・ファウンドリーズに売却かと言われていましたよね。産業革新機構の主導す
 るSoCの再編と一緒に、海外巨大ファブに譲渡するって。でも、私はTSMCへの売却話は、かなり現実
 味があると見ているのです。5月28日に、ルネサスのeFLASH技術をTSMCにライセンス供与すると報
 道されていましたよね。鶴岡の300mmのライン能力はルネサス単独では埋めきれないし、このままで
 は売りにくいのではないでしょうか。だからTSMCにeFLASH技術を供与して、ルネサス以外の会社の
 製品を鶴岡で流せるようにすれば、鶴岡は売却された後も稼働率を上げて雇用を維持できるし、ルネサ
 スが鶴岡から買う製品の値段も上がらずに済むと考えているのではないでしょうか。あくまで私の想像
 ですけれども。

D) いずれにしても、ルネサス側に弱みがありますね。工場も技術も安値で買い叩かれて、海外に出て行
 きますね。

C) 一番心配なのは売上の減少ですね。これだけ大規模の工場縮小をやると、集約する製品が膨大な
 数に上ると予想されます。仮にSoCを分社化すれば、売上規模6000億円くらいの会社になりますね。
 そこから集約などによって、5000億円を切る会社になるとも予想できます。末期のNECELくらいの規
 模ですね。ちなみにNECELの末期は、グループで2万2千人くらいでした。今回1万4千人のリストラを
 完結しても、従業員数は3万人です。やっぱり方針が間違っているのではないかと言う気がしませんか。

A) 会社の方針が間違っているとすれば、どうすれば良いのでしょうか。

D) それが分かったら今日から私も経営者になれそうです。すごく抽象的ですけど、「勝てる確率」を上げ
 るしかないんじゃないでしょうか。今のルネサスが完全復活して世界に冠たる半導体会社に返り咲くこと
 を保障するシナリオなんて無いと思うのです。ただ、少しでも長く事業を継続するとか、少しでも多くの人
 がルネサスで働き続けるようになる確率を上げる事は出来るはずです。

B) 多くの従業員が腹を立てているのは、この会社の構造的問題が明らかになっていないことだと思いま
 す。社長が5月連休明けに、ルネサスが抱える構造的問題に言及しながら、その後は詳細な説明が何
 も無いですよね。

D) それは私も同感なんです。私たちの様に下で働く者は、仕事で失敗をすると、事例分析をやらされま
 すよね。「なぜ」、「なぜ」と最低5回は繰り返して、真の原因を見つけろとか言われて、そもそも多忙だか
 ら失敗も起きるのに、貴重な工数を更に事例分析に割かざるを得ず、こんな事をやっている間にも次の
 失敗が起きるかもしれないじゃないかと腹立たしい思いもしました。
  だからルネサスの構造的問題についても、なぜなぜ分析が必要なはずじゃないですか。どうして分析
 に分析を重ねた結果を、社員にちゃんと報告しないのでしょうか。

C) 会社は、我々の主要顧客が売上を減らしたことが原因であると言っていますね。日本の大手電機メー
 カーが軒並みシェアを減らしたために、受注が減ったのだと。「勝ち馬に乗れ」と良く言われますが、かつ
 ての勝ち馬が負け馬となり、新たな勝ち馬には乗れていないのだと理解しています。

D) そんな説明しかしないから社員が腹を立てるのです。我々が知りたいのは、なぜ市場の変化に気付
 かなかったのか、本当に気付かなかったのか、あるいは気付いていたけど対処できなかったのか、なら
 ばそれは何故なのか。なぜなのかを繰り返して、どんな原因を見つけたのかですよ。
  真の原因を見つけて対処しないと、この会社の構造的問題はいつまで経っても解決しないし、いつま
 で待っても売上を拡大できる会社にならないのではないですか。

A) 今回の抜本的構造対策は、要するに赤尾社長が5月に触れた構造的問題を解決するためのもので
 はないと言えますね。ルネサスが、ルネサス自身の問題の原因を見つけて解決する構造対策ではなく、
 外部の金融機関の思惑にしたがって行う工場縮小と人員削減です。ならば、これを抜本的構造対策と
 呼ぶこと自体が不適切だと思いませんか。

B) あるいは、本当の抜本的構造対策は、大リストラの後でやろうとしているのでしょうか。次の経営者
 に任せて。

D) 誰がやるにしても、構造的問題の原因は明らかにしてもらわないといけません。

C) そうですね。そしてそれは内政面での構造対策の話だと思うのです。さっき勝てる確率を上げるべき
 とのお話をされましたよね。確率を上げるためには、内政面の改善だけでなく、経営戦略において勝て
 るシナリオが無いとダメでしょう。
   ひと口に半導体市場といっても、その中身はいろいろな市場で構成されていますから、ルネサスとし
 て、どのように市場を切り取るかが重要だと思うのです。ひとつの市場の中では、小さな資本は大きな
 資本によって淘汰されて寡占化が進んでいきます。半導体の世界では、ワールドワイドで1番か2番に
 ならないと、利益が出ないのが一般的です。だからルネサスが勝てる市場を選んで、そこに集中して資
 本を投入する必要があるはずなんです。
  半導体の市場の切り口としては、まず業態によるものがありますね。ルネサスのように開発から製造
 まで一貫して行うIDMという業態もあれば、ファブ、ファブレス、サブコン、テストハウスもありますし、特
 約店のような販売を受け持つ会社もあれば、IPベンダーもありますね。次に製品による切り口もありま
 すね。メモリとかロジックとかアナログとかパワーデバイスとか。それからアプリケーションによる切り口も
 あるでしょう。車載用とか、スマート社会向けとか、コンピュータ用とか、医療用とか。その市場には、例
 えばこれとこれは同じ工場で生産できるから一緒にやるメリットがあるとか、これらは工場も設計も共通
 性が無いから、同じ会社で持っているメリットは少ないとか、いろんな括りができると思うのです。
  ルネサスとして、持てる経営資源を効率的に使える市場の切り取り方があるはずで、それが勝てるシ
 ナリオの前提になるだろうと思います。

D) 話の腰を折るようですみません。今の話を伺っていると、市場とのマッチングを考えるうえでは、ルネ
 サスの分社化もあり得ると言う事になるのでしょうか。例えばSoCの切り離しとか。
  NECELは中島社長時代に、SoCとMCUとA&Pの3事業を柱に、縦連結の構造を造りましたよね。
 そのときに、鶴岡はSoC、川尻はMCU、滋賀はA&Pと言ったように、各事業で「主管工場」を持たせ
 ました。その結果、NECELという会社は3つの事業の独立性が高まって、私はこれを将来事業単位で
 分社または売却して、他社の同部門とくっつくための布石ではないかと考えていました。ルネサステクノ
 ロジとの統合で、この辺があいまいになってしまったなと思っていたのです。

C) これまで、先端プロセスをSoCで開拓して、その後でMCUがそれを使う構造があったと思います。
 ルネサスが先端プロセス開発から手を引いた現在、SoCとMCUを同じ会社で持っているメリットが薄れ
 たのではないでしょうか。その意味で、分社化の合理性は高まったと思います。
  話を戻しますが、市場が決まったら、そこに資本を集中して投入しないといけません。と言ってもルネサ
 スの場合はお金がありませんので、まず外部からの調達は必須でしょう。これが出来ないとどうしようも
 ないと思います。それから、それ以外の経営資源を効率的に利用することです。ルネサスにとって最大
 の経営資源が人である事は間違いないですね。それを損なう早期退職などとんでもないと私は思います
 よ。ただし、その人的資源の価値も、年々下がっているのではないかとの話も先ほどしました。

B) 会社はMCUで行くと言っているのだから、早期退職じゃなくて、もっとMCUに人を集中しても良いの
 ではないかと思いますね。
  ところで、今の話だと、A&PももしかしてMCUと一緒の会社でやるメリットに乏しいという可能性は無
 いのでしょうか。A&Pのプロセスは、MCUとはかなり違いますよね。特に高耐圧の素子とか、GaAsと
 か。後工程のパッケージも、小ピンが中心でしょう。テスターも違いますよね。ひょっとして、A&Pも分社
 化した方は本当は有利だという事はないですか。

C) 最近私がちょっと良いなと思ったのが、ルネサスとADI(アナログデバイセズ)社とが共同でWEBサ
 イトを立ち上げたというニュースです。これはルネサスのMCUとADIのアナログICをセットで使用するソ
 リューションを提供するためのものです。ルネサスのMCUだからと言って、ルネサスのアナログと組み
 合わせなければならない必然性は無いのですよね。もしかしたらTIとだって、同様のアライアンスが可
 能かも知れません。逆にA&Pも、ルネサスのMCUの周辺だけを狙うのではなく、他社のマイコンの周
 辺に食い込んでもいいのでしょう。MCUの周辺にはアナログが必要と言うだけでは、ルネサスが両方
 を持つ意味としては弱いのだと思います。両方持っていることで、どのようなアドバンテージがあるのか
 を考えないといけないでしょう。例えば、スマートアナログのように、MCUとアナログとのインターフェー
 スで差別化を図るとか。

A) ただ、規模の経済というものがあるのも事実ですよ。販売やスタッフ部門を中心に、分社化して個別
 に持つよりも効率化が図れる部分はあります。

C) 単に分社化すれば良いと言う事ではなくて、例えばA&Pでも、他社の同部門とくっついて、市場で
 勝てるだけの規模にならないと。ルネサスという個社の中で、MCUとの共同を考えるよりも、その方が
 現実的であるかも知れないという話です。

B) 別の切り口で、会社は海外市場を強化していくと言っていますね。それから分野では、自動車とスマ
 ート社会に注力するとしています。
  海外市場を強化するのは分かりますが、これは2年前から言っていることですよね。2年前に売上の
 60%を海外にすると言いながら、現状5割にも達していません。なぜ出来ていないのか、ここでも理由
 が明確になっていないと思います。

D) 60%と言うのは、売上自体が大幅に伸びた上での目標だったでしょう。売上が9000億円にも満た
 ないのに未達ということは、余程の事と考えるべきですよ。金額ベースなら、2年前よりもマイナスになっ
 ているんじゃないですか。
  だけど新興国向け製品の開発は出来ていると聞きますよ。なぜ売上が伸びていないのでしょうね。

C) ルネサスは100日プロジェクトのときに先端開発を諦め、莫大な投資をしないで堅実な商売をする
 方向に切り換えましたね。ストック型ビジネスに軸足を置いたのです。つまり設備投資と最先端の半導
 体製品の開発によって新しく成長する市場に進出する道ではなく、新興国の未開拓の市場へストック
 型製品を投入する道に、売上拡大の契機を見出す方針としたのでしょう。その新興国市場の開拓にも、
 販売拡大のための投資が必要だったと思います。特に現地採用による人的投資は、果たして十分に
 出来ていたのでしょうか。売上比率の未達には、そういった理由があるのかも知れないと想像します。

D) ルネサスは車載用のマイコンは世界一と言いますが、海外のメーカーにはなかなか入れていないと
 聞きます。フリースケールが日本の自動車メーカーを狙っているのなら、ルネサスは海外メーカーに入
 れば良いと思うのですが。

C) 車載用のマイコンも、将来が心配されていますよね。今は日本の自動車メーカーという「勝ち馬」に
 乗っているけど、もし勝ち馬が負け馬になったら、SoCと同じことが起きるのではないかと言う声もあり
 ます。

B) そのプレイヤー交代を促しそうなのが電気自動車化の動きと、新興国メーカーの台頭ですよ。電気
 自動車になってしまえば、駆動はレシプロエンジンから電気モーターになります。既存のメーカーが持っ
 ている優れたエンジンを造る技術的アドバンテージが無くなるのですよね。
  もっと気になるのが新興国メーカーの台頭で、大画面TVなどのAV機器は、これでやられましたよね。
 日本の自動車メーカーは、高性能で高品質なMCUを求めてきますけど、自動車向けがコモディティ化
 したらどうなるのでしょうか。

D) そうですねえ。特に高品質という点で、今の自動車メーカーは不良が1個でも出たら怒りますよね。
  以前、大手自動車メーカーの下請けのAと言う会社に80万個部品を出荷して1個だけ不良が出たら、
 A社の品質担当の主任がものすごく怒りましてねえ。玉川に怒鳴り込んできて、製造工場を監査してや
 ると言うのです。夜も眠れないほど頭に来ていると言っていました。きっとA社はA社でいじめられてい
 るのですよ。
  現在のフェイルセーフは、部品1個1個が高品質で不良の無いものでなければならないとの考え方が
 ベースにあるのでしょうか。ここの考え方が変わると、半導体に求められる品質も、もっと違ったものに
 なるかも知れませんよ。複数の半導体がシステムの異常を検出し合って、システム全体のフェイルセー
 フが強化されるとか、自動車の外の安全システムが発達して事故が起こりにくくなるとか。安全性の追
 求が多重的に行われると、1個1個の部品は、完璧さを求められるよりも、それなりの値段でそれなりの
 品質を求められるようになりませんか。そういう汎用品が幅を利かせるようになったら、ルネサスの持つ
 強みが出なくなるのではないでしょうか。

A) コモディティ化に如何に対応するかですね。そのためには、市場の変化を予測して、将来どのような
 半導体が求められるのかを考えていかないといけませんね。
  ところで、日本の半導体がダメになった原因として、自前主義の問題が指摘されています。最近液晶
 テレビがダメになったのも、同じく自前主義が仇となったと言います。今、ルネサスが18もの国内工場
 を抱えるのも、小規模の半導体工場をNEC、三菱、日立が個社でいくつも持っていたからです。ルネサ
 スの前身のトレセンティが300mmの共同ファブを起こそうとしましたが、上手く行きませんでした。これ
 について何かありますか。

B) 自前主義と言うのはありますね。もともと日立自体が、自社で国産のモーターを造ろうと言うところか
 ら出発しているのでしょう。ルネサスも最近でこそARMのIPコアを買ってくるようになりましたけど、自
 分で造りたいという欲求は相変わらず強いと聞きますよね。でもそれって、技術者の気質としては、む
 しろ望ましいのではないかと思います。注意すべきは、自分でやろうとすることと、自分だけでやろうと
 する事の違いでしょう。自分だけでやろうとするから失敗するのではないでしょうか。

D) 確かに、そういう気質がありますね。でも工場については、他にも理由があると思います。高知も山
 口も、新棟増設のために買った土地がそのままになっていますよね。会社としても、出来れば新しい工
 場を建てて、古い工場を閉めても雇用を継続していける様にしたかったのだと思います。共同ファブを造
 ると言う事は、自社の工場の将来を奪うことでもあるから、やりにくかったのだと思います。

C) 戦後、GHQによって財閥が解体されましたが、その後も銀行を中心に巨大な系列が存在していまし
 たよね。一勧系、三井系、三菱系、住友系など。その巨大な企業系列の内部で、全ての事業を手がけ
 るという覇権主義のようなものがあったと思います。これは系列による自前主義です。
  ところがバブル崩壊のあと、その壁が壊れて、90年代から21世紀にかけて、三井住友銀行のように
 系列を越えた銀行の合併がありました。企業が当たり前のように資本の系列を越えて合併するように
 なったのも、その頃からではないでしょうか。トレセンティの時代は、まだ古い時代の名残がかなりあっ
 て、共同ファブ構想の様なものに意識がついて行かなかった面は無いのでしょうか。
  特に半導体は、大手電機の部品供給部門だったでしょう。親会社の意向には逆らえませんでしたし、
 親会社はそれぞれの系列の中心付近に位置するエリート企業でした。

A) 有難うございました。私は半導体が自前主義で失敗したのを見ておきながら、なぜ同じ電機業界で
 大画面テレビが半導体と同じ過ちを犯したのか、その理由を知りたいと思いました。失敗を繰り返した
 のなら、失敗しやすい構造があるはずです。みなさんの言われた事は、多分それぞれ正しいのでしょう。