ルネサス懇、2012春闘を語り合う。

− その他の改善をどう見るか −

【その他の改善をどう見るか】

A) 一時金の評価については、このくらいにしましょう。次に、地味ですが産業別最低賃金の交渉をどう
 評価しますか。今年も昨年と同様に、18歳見合いの最低賃金を、現行の15万4千円から15万5千円
 に1000円引き上げようとしました。そのまま1000円の改善があるかと思っていましたが、半分の500
 円しか実現しませんでした。これはルネサスだけでなく、他の電機大手の組合も同じです。

D) 要求自体は良かったと思いますよ。あとちょっとで、時間あたり1000円の達成でしたからね。そりゃ
 あ1時間働いて1000円の報酬では、年間2000時間働いても200万円にしかなりません。いわゆる年
 収200万円以下のことを、働いてもまともに生活が出来ない「ワーキングプア」と呼んでいます。最低賃
 金というのは、ワーキングプアではなくなる最低の水準以上でないと意味がありません。
  しかし、そうかと言って、最低賃金の引き上げだけで全てを解決しようと言うのも無理があるでしょう。
 この問題を考えるときには、最低賃金でもまともに生活して行ける社会にするにはどうしたら良いのか、
 セーフティネットや社会保障の仕組み等についても併せて考えないといけないでしょうね。

C) 私が甘かったかも知れませんが、1000円の引き上げくらいは当然実現すると思っていました。だって
 要求したのは18歳だけで、25歳も40歳も据え置きでしたでしょう。妥結結果を見ても判ると思うけど、結
 局上がったのは18歳で、あとは19歳がほんの少しアップした程度。だけど上の年代は、全然変わってい
 ないのですよ。せめてこのくらいの要求は通るだろうと思っていたのですが。他の交渉もそうですが、会
 社に理解を示しすぎていませんか。要求自体を遠慮してしまえば、結局は最低限の要求さえも叶わないと
 いう良い例ではないのでしょうか。

B) 私には、ルネサス個社の意志で跳ね返されたというよりも、産業界全体の意志が立ちはだかっていた
 印象です。18歳の最低賃金を1000円くらい上げても、実際の人件費の上昇は微々たるものだと思うの
 ですよ。ルネサス単独なら、別に痛くないはずです。
  現代の日本社会では、正規雇用と非正規雇用、あるいは大企業と下請けの間に、同じ仕事をしながら
 賃金が異なる構造がありますよね。だから同一労働同一賃金の実現を目指そうとの話になる訳です。こ
 れまで産業界は、正規と非正規の賃金格差のようなダブルスタンダードを利用して利益を上げてきました。
 これから将来を見越したとき、上層の基準で賃金を得ている労働者の多くを、下層の方にシフトさせたい
 との欲求があるはずです。賃金を抑えて利益を上げるために、ダブルスタンダードの構造は役に立つし、
 だから下層の賃金を上げて上層に近づけようとの動きには強く抵抗するのではないでしょうか。

C) 下層にシフトさせるために、正社員の非正規化の動きが、今後は技術職などにも広まっていく恐れがあ
 りますね。優れた技術を有し、語学も堪能な、一部のグローバルエリートだけを正社員として雇い、あとは
 低賃金の非正規雇用化してしまえば、直接的には人件費の削減につながり、間接的には残ったエリート
 達をも苛烈な競争に駆り立てられます。

A) それが事実なら、人間らしい生活を如何に確保するかとの観点から、最低賃金の見直しを訴える活動
 を、社会全般的に広めていく必要を感じます。やはりキーワードは同一労働同一賃金ですね。最低賃金は
 職種を限定したものではありませんので、最低賃金の引き上げだけでは、ダブルスタンダードの解消には
 繋がらないのではないでしょうか。

D) 私もそう思いますよ。最低賃金の引き上げだけで、低賃金の問題を解決するのは無理だと思います。
 500円でも引き上げたのは、それはそれで評価しましょう。私の直感で悪いのですが、ここで引き上げた
 ことが、将来きっと役に立つ気がします。

A) 最後に労働協約改定と雇用延長に関する評価は如何でしょうか。

D) 電機連合は、2年に1回を労働協約改定の年と定めていて、今年がそれに当たりますよね。例年なら、
 もっといろいろと要求したはずなのですが、今年は本当にショボかったと思います。労働協約改定の無い
 谷間の年とほとんど変わりません。ルネサスとしても、なまじ上部団体がおとなしいので、その影響を受け
 たと思います。労働組合は、昨年末に制度一元化の論議をして決定したばかりだから、今回の春闘では
 敢えて要求しないような事を言っていました。

B) 「あれっ?」と思いますよね。制度一元化のときは、とにかく早く統合するのだと、職場討議もそこそこ
 に、勤務制度も賃金制度も、福利厚生も健康保険も、全部一緒に短期間で決めてしまいました。従来の
 制度から良くなるところも悪くなるところもあるけれど、原資は変わらないから、全体で均せば不利益は無
 いのだと説明を受けましたよ。だから、現水準からの改善は春闘での論議になるだろうと思っていたので
 す。

D) 育児関係など、現行制度改定のニーズは高いと思うのですけどね。昨年の制度一元化は、会社の発
 案によって行われたものとの認識です。しかし春闘は労働組合側が主体的に要求を出すものですよね。
 まだ新制度が施行されていない今の段階で、改善要求として提出するのは憚られるとしても、せめて来
 年度の協議事項に出来なかったのでしょうか。

B) せっかくの労働協約改定の機会が、1回分むだに流れてしまった感じがしますね。今すぐ実現できなく
 ても、将来に向けた改善の道筋くらいは示して欲しかったですね。育児短時間勤務など、小学校6年生ま
 で認めてほしいという意見は結構あるはずだと思いますけど、何時になったら実現するのか全く見えませ
 んよね。

D) 労働組合として、このテーマに取り組む方向性が見えないのが、いちばんイライラしますよ。

A) 要求事項として残ったのは、雇用延長制度の充実だけでしたね。

D) ルネサス個社としては、組合員の関心から言っても、今春闘の最大の焦点が一時金でしたからね。
 雇用延長問題は、あまり話題になりませんでした。それから区分Eに関して言えば、成績でふるい分け
 されることよりも、雇用延長を選択したあと、定年までの賃金が2割減額になることの方が、ずっと不満が
 強いのです。それに比べると、希望者全員が雇用延長を可能にすると言われても、全然大した改善では
 ないように思えてしまいます。

B) いま年齢的に雇用延長を迎えている当事者にとっては、そうかも知れないし、反対に若い世代にとっ
 ては、遠い将来の話ですからね。ルネサスが5年後に存続しているかどうかも不安なのに、何十年も先
 の事なんて考えていられません。

A) しかし潜在的なニーズはあるのではないでしょうか。

D) 残念ながら、よく分からないのですよ。私が周囲を見る限り、現在の仕組みでも、必要な人は雇用延
 長できていると思うのです。ルネサス本体だけなら、わざわざ成績条項の部分を削除しなくとも、ほとんど
 影響は無いと思えるのです。

C) 問題は子会社ですよね。NECの場合がそうですが、子会社の成績条項は、親会社のものよりも厳しく
 て、普通以上の成績が取れないと延長できなかったりするのです。ですから、グループ全体で雇用延長を
 確実にするためには、成績条項の削除は必要です。
  NECグループには、もともと中高年の雇用の受け皿みたいな会社があって、大規模なリストラがあると
 きはいつも、そう言った会社に大量に人員が移籍していました。会社としては、そうした受け皿会社まで、
 希望者が誰でも雇用延長できるようでは困ると考えているのではないでしょうか。

A) 最低賃金も雇用延長も、私はもっと改善があると思って期待していました。その点でも電機全体で総
 崩れの春闘だったと思います。

B) でもルネサスの業績が苦しいからか、そんなに批判は聞かれませんでした。

C) 勝ち取れなかったのは、個々の労働組合の力不足というよりも、やっぱり社会全体としてこの問題を
 打開していこうとする力が不足しているのだろうと思います。「2013年問題」ってご存知でしょう。私たち
 の厚生年金の支給開始時期が後ろにずれるのです。これまでは定額部分の後ろ倒しでしたが、来年か
 らは報酬比例部分も、現在の60歳からの支給が、61歳、62歳と段階的に遅くなって行くのです。だか
 ら退職してしまうと、年金支給開始の年が来るまでは、無年金・無収集になってしまうのですよ。

B) もしそうなったら、求職して、失業給付を受けながら生活しろという事になるのでしょうか。会社は例に
 よって「若年層の雇用に影響を及ぼす」と言っていますが、無収入でどうしても働かざるを得ない高齢者が
 市場に溢れれば、それだけ市場で買い叩かれることになるし、若者を含めた雇用環境を益々悪化させま
 すよね。再雇用制度で雇用を安定させる方が、若者にとってもプラスなはずですよ。
  ただし、成績の悪い人まで全員雇うのは、やりすぎだとの批判はありますよ。

C) その批判は、ある意味正しいですが、その成績査定をするのは会社だから、実は成績に特に問題が
 無くても、恣意的に再雇用させないことだって出来てしまうのですよ。私はNEC真空硝子の雇用延長問
 題で、そういう事例を見ているから、成績条項の削減の必要性を強く感じますが、一般にはあまり関心を
 持たれていないのかも知れませんね。

D) それは賃金水準の方が問題だからじゃないですか。今春闘の交渉の中で会社は、18歳の最低賃金
 の引き上げに際して、「そもそも賃金は本来、本人の職務や能力・成果に応じて支払うべき」と言っている
 のですよ。じゃあ雇用延長者の賃金は、何でこんなに低いのだと言いたいですね。雇用延長した途端に、
 仕事は変わらないのに、賃金が最低賃金レベルになってしまうなんて、おかしいじゃないですか。職務や
 能力や成果が同じ者に、これだけ賃金の差をつけておいて、よく言いますよ。ポリシー無いのですかね。

C) 確かに、雇用延長者の賃金と最低賃金とで、基本となる考え方がズレているように感じますね。それ
 から、仮に「賃金は本来、本人の職務や能力・成果に応じて支払うべき」という会社のポリシーだったとし
 ても、それを最低賃金の場面で言うのは違うでしょう。最低賃金法は、労働者の生活の安定を保障する
 ために作られた法律ですよ。元になるのは憲法25条です。今の日本で普通に働いて、人間らしい最低
 限の生活レベルを保障するためには、最低でも時給1000円は必要だ、いや1200円だと言われる中で、
 とにかく早く1000円は確保しようとしているのですよ。そういうレベルの話です。

A) 雇用延長や最低賃金については、だいたい以上でしょうか。

D) 一点いいですか。今回の交渉記録には、会社側の主張の中に、「六重苦」という言葉が頻出していま
 す。これだけ何度も繰り返されると、聞き捨てならないと思いませんか。
  六重苦というのは、超円高、震災後のエネルギー制約問題、重い法人税と社会保険料負担、貿易自由
 化などの経済連携の遅れ、労働規制強化、温室効果ガスの抑制等の環境規制を言いますよね。日本国
 内の企業は、こうした点で諸外国の企業よりも重い負担に苦しめられていて、このままでは海外に拠点を
 移すしかないという理屈ですよ。
  ルネサス個社に関して言えば「重い法人税」というのは変ですよ。法人税がたくさん払えるほど儲かって
 いないですからね。労働規制強化というのも、どうでしょうか。民主党政権になって、労働者派遣法を改正
 して、もとのポジティブリスト方式(派遣できる業種を特定する)に戻すことが期待されていました。ところが
 これも頓挫して、相変わらず製造業への派遣が継続しています。ルネサスの工場でも低賃金労働者を使
 い続けてきました。それで何の六重苦でしょうか。

C) 社会保険料負担というのも、よく分かりませんよ。日本の場合、欧米と比べて、人件費に占める賃金の
 割合が高くて、福利費や年金の占める割合は相対的に低いのです。じゃあ、賃金がそれだけ沢山支払わ
 れているかと言えば、それも違います。日本の賃金が欧米よりも高かったのは2000年までの話で、200
 1年から逆転が始まり、その後は欧米との格差が開く一方です。なぜなら、日本がこのところ、殆ど賃上げ
 が無い一方で、欧米の国はずっと1〜5%程度の賃上げを毎年続けているからです。

D) 六重苦という言葉はルネサスに当てはまらないと思うので、撤回して欲しいですね。

C) 春闘の交渉では昔から、会社は苦しいだの厳しいのだの主張するのですよね。業績が悪くて苦しいと
 か、業績はまずまず良かったが、将来の見通しが立たないので厳しいとか、「苦しい、厳しい、苦しい、厳し
 い」って繰り返して、「あっ、今年は苦しい方の年だ」みたいな。その茶番劇のようなものを繰り返す間に、
 組合員の関心が少しずつ薄れてしまったのだと思っています。

D) まあ、そんな感じだから、会社の苦しいという主張に私は慣れてしまっていますが、それでも今年は例
 年とは違うという印象でしたよ。このままでは倒産だ、もう猶予が無いと、切羽詰った雰囲気がありました。
  ただ、やっぱり問題だと思うのは、そういう雰囲気を感じたのは、春闘の交渉記録を私が読んだからだろ
 うってことです。会社が統合してから、春闘の交渉が充実したと言うか、悪く言えば冗長になったと言うか。
 交渉記録の分量がNECエレクトロニクス時代の3倍くらいに増えた感じがします。1回分の交渉記録を読
 むだけで1時間かかりました。こうした重厚な交渉は個人的に嫌いではないですし、交渉の記録を全て公
 開する姿勢にも好感が持てますが、記録の公開がWEBオンリーでは、ちょっときついですね。昼休みの
 消灯した薄暗い部屋で、長い文章を読んでいると、だんだん眠くなってきますよ。あの長文を読んでいない
 多数派の組合員は、ほとんど何も感じないまま日々の仕事に没頭していたのではないかと思うのです。区
 分Eの労組には、メールマガジンもありますが、なぜかメルマガで読んでも、切実さを感じないのですよね。
 大抵の組合員は、いつ春闘が始まって、いつ終わったかって事さえも、よく知らないですよね。メールマガ
 ジンで4.0ヶ月という情報を読んで、「ああ終わったんだ」みたいな。人によっては、労働組合のアドレスで
 来るメールをINBOXに入れないで、別フォルダに入る設定をしていたりします。読む価値なしって事なのか
 なあ。
  その点、RT労組の「速報RUN」は、要点がよくまとめてあって、読みやすいですね。来年の春闘は、速
 報RUNを玉川の通用門で朝ビラとして配布してくれると、少しは盛り上がると思うのですけどね。

B) 区分Eでは、職場集会をやらないのですか。

D) やりませんね。やらないと言うより、出来ないのではないでしょうか。私が以前、若い職場リーダーに「職
 場会やってよ」と御願いしたら、職場会が何かも知らなくて、本人は困った顔をしていました。
  NEC労組時代は各職場に支部委員というのが居て、大抵は昇進したばかりの主任クラスが勤めていまし
 た。春闘の時期になると必ず、昼休みに執務フロアで職場会を開いていました。支部委員が司会を務め、
 執行部から代表が1人やってきて春闘の状況説明をしていたのです。昼休みで「うるせーなー」と言う顔を
 する人も居ましたが、半分くらいの人は聞いていましたよ。
  今は、昼休みは消灯しているし、職場リーダーは職場会そのものを知らなかったりで、開催自体が難しい
 のでしょうね。もう、こうなったらビラ撒きしかないと思うのですけど、ペーパーレスとか言ってビラも撒かな
 いし。
  要するに組合員から見て、春闘が見えるところに存在していないのですよ。労使の交渉が感覚的に遠い
 のです。そしておそらく、春闘の交渉をしている労使の代表からも職場が遠くて、よく見えていないのだと思
 います。