番外 台風とたたかう話
今年は台風の発生が例年より多いですね。これまでに29個が発生して、過去30年間の平均発生数25.1個をすでに上回っています。また、1951年から2025年までの75年間で30個以上発生した年は13回しかありませんでしたから、年間発生数が30を超えると多いと言えそうです。今年はほぼ間違いなく30個を超えそうです。
近年は毎年ほぼ必ずどこかで大雨の災害が出ます。今年は千葉などで大きな被害が出ました。台風が発生すると、その進路に気をもむことも増えました。スーパーコンピューターの性能向上によって予報技術が進歩したとはいえ、千葉など関東に大雨をもたらした台風25号の動きを調べてみると、現在でもまだ3日後の位置が予報円から大きく外れることもあることに気づかされます。(2日後でさえ予報円から外れていた。)


北半球では台風の風は半時計周りに回転しながら、中心に向かって吹きます。そのため、台風の進行方向に対し右側(北上する場合には東側)では、風速に台風自体の移動速度がプラスされて、非常に強い風が吹き、それだけ被害も大きくなります。逆に左側は、台風の移動と反対方向に風が吹くので、相殺されて弱まります。今ではテレビやネットのニュースが鮮明で詳細な映像とともに伝えられるようになり、こうしたことも常識として知られるようになりました。
2019年の台風15号は、「令和元年房総半島台風」という名が付いています。強い勢力を保ちながら東京湾を北東に進み、千葉市付近に上陸したときの中心気圧は960hPaでした。この台風では、台風の中心から右側の千葉県で、ゴルフ場の鉄塔が倒れるなど、強風による被害が出たのが印象に残っています。このクラスの台風が、もし私の家のすぐ西側を通過するようなことがあったら、我が家も無事でいられるかどうかわかりません。地球温暖化で巨大台風の上陸する懸念が高まっていると言われますから、恐ろしいと思います。
1959年の伊勢湾台風は、日本の観測史上最強の台風として知られています。紀伊半島の南端の潮岬付近に上陸したときの中心気圧は実に929hPaだったと記録されています。私の父親は、「大阪気象台が台風が大阪の方に来ると言っていた。名古屋の方で大きな被害が出たのは、大阪気象台が間違った情報を伝えたからだ。だから大阪気象台の言うことは一番あてにならん」と言って、NHKの台風情報で大阪気象台から中継されるときには、いつもテレビに向かって怒っていました。しかし実際のところ台風は紀伊半島のほぼ真ん中(大阪と名古屋の中間くらい)を抜けていきました。大阪ではなく名古屋に来たという訳ではありませんし、当時の予報技術を思えば、台風の巨大さに比較して、その誤差はわずかだったと言えそうです。愛知県や三重県が進路の右側にあったために甚大な被害が出たのです。(伊勢湾の満潮の時間に重なった等の原因もあります。)
さて、子供の頃の私は、不謹慎ながら巨大台風にあこがれていました。南洋上で発生した台風が成長し、中心気圧900ミリバール(現在のhPa)くらいまで成長すると、台風の目がくっきりと映った気象衛星ひまわりの画像を見て、その美しい姿にほれぼれしつつ、このまま勢力を保ってこっちに来てくれないだろうかと願っていました。しかし台風は発達すればするほど速度は遅くなり、南海上で停滞し、やがて速度を上げて本州に近づくころにはだんだん勢力が弱まって、台風の形もくずれてしまって熱帯低気圧になってしまったりで、いつも残念な思いでいました。
なぜ残念だったかと言えば、台風接近で「暴風雨警報」が発令されると、当時の学校はお休みになったからです。ところがこの暴風雨警報がちっとも発令されないのです。大雨・洪水・強風・波浪警報の「4カード」までは出るのに、暴風雨警報はロイヤルストレートフラッシュのように出ない。それは強風警報が台風の強風域(風速15メートル以上)に入りそうな状況で出るのに対し、暴風雨警報はそれよりもずっと小さな暴風域(風速25メートル以上)が目安になるからでした。当時は今ほど温暖化が進んでいませんでしたので、私の住んでいた地域が暴風域に入るといったことは滅多になかったのです。だから大嵐の中をしぶしぶ登校せねばなりませんでした。ちなみに暴風雨警報と言う名称の警報は1988年に廃止になりました。現在は学校の休校の条件が昔と比べてずいぶんと緩和されました。安全面から良いことだと思います。
20歳の頃の私の夢は、巨大な台風の目の中に入ることでした。台風の目の中は晴れているというのが不思議で、是非とも体験したかったのです。できれば時速15キロくらいで進む台風の目の中を、自転車に乗って一緒に移動してみたいと思っていました。そんなことが出来る機会は、もちろん皆無な訳ですが。結局、現在に至るまで、私が巨大台風の目に入ることが出来たのは、たった1回しかありません。その1回というのは東京ディズニーシーの「ストームライダー」で、このアトラクションも約10年前になくなってしまいました。
やがて就職し、社会人となって自信を付けた私は、台風と闘ってみたいと考えるようになりました。「台風なんかと、どうやって闘うと言うのか」と言われそうですが、次のようにしてです。
台風が接近してきたら、人気の無い広い野原か、海辺の断崖のようなところに車で出かけて行き、周囲にさえぎるものの無いような場所に車を止めたら、海パン一丁にビーチサンダルを履いただけの姿でドアを開けて飛び出します。そして風上に向かってファイティングポーズを取り、ごうごうと唸る強風やビシャビシャ全身に叩きつける雨をものともせずに立ち続けます。こうして1時間耐え抜いたら私の勝ち、途中で怖気づいて車中に戻ったら負けです。決行するのはできれば夜の方が良いです。

しかしそう思っているうちに結婚し、子供が産まれ、忙しさにまみれているうちに、台風とたたかう機会も無くなっていきました。ちなみに我が花山家には「花山家最強の戦士」という称号があります。これは我が家で最も戦闘力の高い者に与えられる称号です。最強の戦士になった者には、もしゾンビが襲ってきたら闘って、その間に家族を逃がすと言う大切な役割があります。私は長年にわたって戦士を勤めてきましたが、幸いにもその間にゾンビが現れることはありませんでした。そして数年前に引退して、現在は子供に称号と役割を譲っています。
おじいさんが近づいている私には、もう台風ともゾンビとも闘うのは厳しいです。若いルネサス社員の中から、私の代わりに台風と闘ってくれる勇者が現れることに期待しています。
2026年10月11日