番外 カラオケの話
このフロンティアのコーナーは、昨年の連載開始から8ヶ月が経ち、20回目を終えました。はからずも相変わらずお堅い内容になってしまっています。そこで連載10回につき、番外を1回ずつ書いていくことにします。今回はカラオケがテーマです。
カラオケは日本を代表するサブカルチャーですが、その発展には半導体その他のハイテクが大いに関わっています。1970年代にカセットテープから始まった機器は、80年代にはレーザーディスクを媒体としてテレビで映像と歌詞を映す方式へと進化し、90年代には通信カラオケが可能となってブロードバンド化により曲数が爆発的に増え、現在はAIを使用した採点とアドバイスなど、おせっかいなくらいに強力な機能が付くようになりました。こうしたカラオケの歴史については、一般社団法人・全国カラオケ事業者協会のサイトにて解説されていますので、そちらをご覧いただきたいと思います。
カラオケボックスが初めて誕生したのは1985年らしく、私が学生時代にはまだ黎明期だったからか、飲み屋のお座敷にカラオケ機器が置いてあることはあったものの歌ったことはありませんでした。むしろどちらかと言えば年配者の趣味というイメージでしたので、カラオケボックスに行こうとは誰も言わなかったし、そういう発想自体がありませんでした。
大学卒業後、会社に入って新入社員研修を終え、配属された先で新人歓迎会が催されることになりました。職場の先輩から言われたのは、新人は何か一芸を披露しなくてはならないということでした。何もなければ歌でも歌えるようにしておいた方が良いとも言われました。当時の同期の友達の状況は私と似たり寄ったりで、芸も無ければカラオケで歌ったこともなく、みんなで困ったなと言いつつ相談して、カラオケボックスに行ってみようということになりました。最初は恐る恐るでしたが、実際に歌ってみるとこれが実に爽快で、すっかり味をしめて、その後も同期と一緒に休日になるとカラオケに行ったものです。
90年代から2000年代にかけて、会社の飲み会の二次会はカラオケが定番でしたが、いつの頃からか次第に選ばれなくなっていきました。なぜでしょうか。理由はいくつかあるのでしょうけど、面白くないからと言うのが一番の理由のような気がします。特に、知らない曲や好みでない曲を歌われてしまうと(それで一部の人だけが盛り上がっていたりすると余計に)何だか白けてしまうからではないかと思います。今はアップルミュージックやアマゾンミュージックなどが普及して、普段聞く楽曲が大量に増えたため、人それぞれの好みによって聞く曲が違っているために、みんなが知っている歌というのが減っているのだと思います。
その反面で増えたのが一人で楽しむカラオケ、通称「ヒトカラ」です。私も25年くらい前からヒトカラを楽しんでいます。(たぶん早かった方だと思う。)とはいえ、行くのはせいぜい年に2~3回程度ですが。
ヒトカラをするときには、いつもフリータイムです。夜のフリータイムの始まる18時台に入店し、部屋に入ったら、まずは食べ物を注文します。生ビールをピッチャーで頼み、つまみには枝豆、ポテト、唐揚げ、たまにナポリタンなんかを頼みます。
注文が終わったら、さっそく選曲です。端末を操作し、1曲目には大瀧詠一の「雨のウェンズデイ」を入れます。大瀧詠一の歌は私たちの年代のノスタルジーを誘います。この歌の世界のようなロマンチックな青春時代など一部の人にしかなかった(私にはなかった)とはいえ、昭和のおじさんの集合無意識を刺激するものがあるのでしょう。私は雨のウェンズデイの歌詞を覚えているので、いちいち画面を見る必要もなく、歌いながら2曲目以降をどんどん入れていきます。
2曲目、小山茉美の「ラブ・ラブ・ミンキーモモ」を歌います。この歌とアニメは、一部の昭和のおじさんしか知らないだろうと思います。私の学生時代、同級生に「魔法のプリンセス・ミンキーモモ」のファンがいて、よく教室で主題歌を歌っていました。ちょっと天然がかっていたけれど、勉学はとても優秀な人でした。しかし今から10年以上前に、交通事故で亡くなってしまいました。誰よりも長生きしそうに見えたのに、みんなよりも先に逝ってしまいました。この歌を歌うのは、そんな彼に対する私なりの供養です。

3曲目、「キューティーハニー」を歌います。えっ、キューティーハニーは誰の供養かって。誰の供養でもありません。好きだから歌うのです。だってテンポが良くてカッコいいじゃないですか。・・・とはいえ、ここらで店員が注文した食べ物を持ってくるので、何となく気恥ずかしかったりはするのですが。
4曲目、久保田利伸の「TIMEシャワーに射たれて・・・」を歌います。この歌は難しいですが、うまく歌おうとしてはダメです。下手でもなんでも自分のペースで歌えばいいのです。そういえば最近のカラオケはテレビ番組の影響もあってか、みんな上手く歌おうとし過ぎなのではないかと思います。近頃はボイストレーニングやボーカルスクールに通っている人も増えているようです。でも機械の採点になんて合わせようとしないで、もっと自分流で自由に歌えばいいと思うのですけどね。その方が聞いている方も楽しいと私は思います。なので私は採点機能をいつもオフにしています。
5曲目、柊マグネタイトの「テトリス」を歌います。2024年12月にリリースされたこの曲は、重音(かさね)テトSVというボーカロイドに歌わせたYouTube動画の再生回数が1億回を超えています。もとの楽曲はコロブチカというロシア民謡で、それを現代音楽の芥川龍之介よろしく、みごとなアレンジを加えてテンポよく耳に残る曲に仕上げたものです。前半は韻を踏んだだけの無意味な歌詞が早口言葉のように続き、サビの部分ではコロブチカの旋律に載せて自虐的な歌詞でたたみかけます。(たぶんこのあたりが共感を呼んで1億回再生になったものかと。)口の運動神経の鈍い私には、活舌をよくするリハビリ曲になります。
こんな風に、歌い始めから15曲くらいは、人前では歌わない曲、得意ではない曲を入れていきます。入店から1時間余りが経過したこの頃にはピッチャーのビールも空になっているので、次は冷酒を注文します。そしてここからは日本酒をがんがん飲みながら、いつも歌う好きな歌を入れていきます。こうして歌っては飲み、飲んでは歌い、終電の無くなる午前1時前後まで歌い続けます。もう少し若い頃は、一晩に80曲以上歌いましたが、今はトシのせいか、60曲くらい歌うともういいやという感じになります。翌日は声がすっかり枯れて、ガラガラ声です。
年を取ると音楽を聴くことも減り、新しい曲を覚えなくなります。私は毎年の元旦に家族に宣言する今年の抱負で、「カラオケで歌う新曲を2曲覚える」のを目標に掲げています。今年覚えようとしているのは、YOASOBIの「アドベンチャー」と、ナナヲアカリの「明日の私に幸あれ」です。後者は昨年、深夜に私が居間のソファーで寝ていたところ、隣で子供がテレビで観ていたアニメのエンディングテーマとして流れていたもので、うとうとしながら何か面白い歌詞だなと思って聴いていました。(アニメのタイトルは忘れました。確か長いタイトルで、「ギルドの受付のブタ野郎は、残業してサンタクロースを倒しちゃいます」みたいな感じの。)せっかく覚えるなら、歌って楽しい気分になれる曲がいいですね。
カラオケの機器はこれまで、演奏がどんどん良くなる方向で進化してきました。しかし人が演奏に合わせて歌い、音程がぴったり合って、ビブラートやしゃくりなどのテクニックを駆使しているほど点数が高いという、一つの価値観に染まり過ぎていないでしょうか。本来、伴奏は歌う人に合わせるものという観点が希薄になっているように思えます。今後はAIがさらに進化して、演奏が歌声に追随して変化し、それに合わせて気分を盛り上げるような映像表現で応援してくれるなど、誰が歌っても気持ちよく歌えるような機能を実装するように変わるのではないかと期待しています。

2026年3月1日