第5回 日本の半導体政策をどう見るか



 この連載も5回目となりました。本連載の主題は「資本の論理に負けない」ですが、ルネサス懇として半導体の話題を取り上げない訳にはいきません。と言うよりも、現在の半導体を取り巻く情勢こそは、むき出しの資本の論理に翻弄されているようにさえ見えますから、もっと地に足の着いた議論が必要ではないかと思う次第です。そこで今回からしばらくの間、5の倍数の回には半導体の話題を取り上げることにします。本連載では、日本の半導体政策に関して私たち労働者がどんな観点から捉えたら良いかを考えていきます。特にラピダスに関する議論では、日本が最先端半導体の開発に成功するかどうかに話が集中しすぎているようにも思えるだけに、一面的な議論にからめとられることなく、多様な観点から議論を深められていくことを目指したいと思います。

 さて、三四半世紀にわたる半導体産業の歴史において、現在ほど世界中の熱い視線が半導体に注がれている時代はなかったのではないかと思います。21世紀になり、環境問題を克服するためには欠かせない技術として、半導体の役割がますます重要と認識されていたところへ、2020年代はコロナ禍によるライフスタイルの急速な変化が加速要因となり、半導体関連製品の需要が世界レベルで一気に拡大しました。さらに最近のAIブームは、半導体が装置を構成する「部品」の位置づけから、あらゆる産業の主役の座に躍り出ようとしている印象を受けます。そこへさらに、米中の緊張の高まりなどから、経済安全保障という観点が加わったことも、注目を高めている大きな要因と思います。

 こうした状況から、世界各国が自国の半導体戦略を見直し、国内産業として拡充するために莫大な予算を組む傾向にあります。日本もまた、この流れに乗り遅れまじと、政府がいくつかの組織を発足させ、法整備をはかるとともに、産業の再編に乗り出しました。
 
 最近の政府の力の入れようを見て、勤続15年以上のルネサス社員の中には、苦笑いをしてしまう方も少なくないと思います。私たちの会社は、2010年にルネサステクノロジとNECエレクトロニクスが合併してルネサスエレクロトニクスとして再出発しました。しかしリーマンショックの影響などから統合直前には大赤字を出した会社どうしの統合だったために、大変厳しい船出となりました。初年度はわずかながら営業黒字に復帰することができましたが、年度末の2011年3月の東日本大震災で那珂工場が被災するという大変な困難に見舞われました。結局ルネサスは困難から立ち直ることができず、2012年に事実上の経営破綻となり、産業革新機構(現株式会社INCJ)の出資を受けて再建をはかることとなりました。このとき産業革新機構は、ルネサスの株を1ドルわずか120円で買い取り、他8社と共同で1500億円の出資をしています。

 当時耳にした言葉には、「日本の半導体は衰退産業である」、「衰退産業など救済せず成長産業に投資すべきだ」、「民間企業の救済に税金を使うのか」等といったものがありました。産業革新機構の出資金は国のお金ではなく、民間の金融機関からの借入金でしたので、税金を使っていたというのは誤解でした。加えて、その後ルネサスの株価は大幅に値上がりし、それを売却した産業革新機構は1兆円を超える莫大な利益を得てもいます。それと比較すれば、むしろ現在のラピダスこそは、その未来の不確かさにも関わらず国のお金を兆円単位でつぎ込もうとしているのですから、本来であればルネサスよりもはるかに厳しい目で見られて然るべきです。過去のことを思うと、ラピダスに対する異様な緩さは一体何だろうかと思わずにいられません。

 政府が独立行政法人である情報処置推進機構(IPA)を通じてラピダスへの巨額の出資ができるよう改正した法案が、今年の4月25日に成立しました。この法案の審議過程においては、日本共産党の辰巳孝太郎衆議院議員が、莫大な公金を一握りの私企業に投入することを可能にするものとして問題視し、国会の経済産業委員会で追及しました。ルネサス懇と電機・情報ユニオンは、この国会での追求に先立ち、辰巳議員と3回にわたり意見交換を行う機会を持ちました。その時にルネサス懇側から示したラピダスと日本の半導体政策に関する問題意識は、おおむね次の事柄でした。(概略についてはルネサス懇Webビラ51号にて報告しています。)

 1.ラピダスの問題について

  @技術的困難性
  Aビジネス的困難性
  B将来に対する不安

 2.日本の半導体政策の問題について
 
  @そもそも日本半導体はなぜ発展したのか
  Aその発展とはどのようなものだったか
  B日米軍事同盟は非対称的な関係であるのに、対米追従の経済安全保障で良いのか
  C追求されているのは半導体帝国主義ではないのか
  D半導体の解決する社会課題とはなにか
  E半導体には総合力が必要で、そのための教育の充実が不可欠ではないか
  F利権政治との関係は
  G日本の半導体企業が儲かったとして、それで国民がどうなるのか
  Hグローバルな半導体バブルをどう見るのか
  IAIによる人権侵害の懸念と、その対策の不十分

 次回(連載第10回)以降、上記やその他の問題意識を深めていきます。(問題に対する答えを示すのではありません。それは私たち労働者1人ひとりには荷の重いことであり、私たちの役割でもないと考えています。)一面的な議論に終始せず、総合的に考えていくためには、これらの観点が必要ですよねというものを示すのが目的です。よろしくお願いいたします。

2025年8月31日




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ルネサス懇