第42回 小説「雨音」


 前回、大手電機の子会社に中途採用されたTさんの身に起きた事件について簡単に触れました。リーマンショック後に起きたこの事件を題材にして、2010年に私自身が「雨音」という短編小説を書いています。今回はそれを全文掲載します。
 個人をターゲットとしたリストラはずっと以前から行われていて、電機・情報ユニオンにはそれらと闘ってきた長い歴史と経験があります。その一端を紹介できればと思います。
 なおこの小説は、電機労働者ペンの会が毎年発行している雑誌「からむす」の第18号(2010年9月)に掲載されました。からむすの現在の編集長を務めるのが「広き流れに」等を書かれた最上裕さんであることも付け足しておきます。


                       - 雨音 -

 川崎市幸区、JR南武線の鹿島田駅から南東に1キロほどの地域は、新旧の住宅が建ち並ぶ閑静な住宅街である。表のバス通りから1本入った三叉路交差点の正面に、築25年の2階建て軽鉄筋アパート「コーポ・北山」は建っている。その2階の一室で、竹下義男はいつものようにノートパソコンに向かっていた。今日は7月7日、時刻は22時を少し回ったところだ。七夕の夜と言っても梅雨のさなか、空は今日も厚い雨雲で覆われている。夕方から降りだした雨は、激しさを増してきているようだった。屋根や軒を打つ雨粒の音が天井越しにざわざわと鳴って周囲の雑音をかき消し、無音とはまた違う静寂が部屋に満ちていた。

 義男は右手をマウスから離すと、発泡酒の缶を開け、グラスに半分ほど注いだ。目の粗い泡がシュワっと膨らんだが、すぐにはじけてしぼんで行った。義男はそれを一気に飲み干すと、残りの発泡酒をグラスに注いだ。フーっという軽い深呼吸とも溜息ともつかない吐息は、過ぎていく時間の早さに覚える疲労と焦燥の表れだったのだろう。つい数ヶ月前、会社に無理やり解雇させられそうになっていた義男にとって、元通り働けることは嬉しい事に違いなかった。理屈ではそう解っていても、なぜか心は仕事に向かないのだった。自分の中で何かが大きく変わってしまったという漠然とした感覚が義男にはあった。

 遡ること3年あまり、2007年の6月に、義男がそれまで勤めていた中堅クラスのソフトハウス「東山テクノ」は事業縮小から関東支社を閉鎖した。そのため義男は、京都本社に異動してこれまでとは違う別の業務に従事するか、さもなければ割増金を貰って退職するか、2つに1つの選択を迫られ、悩んだ末に退職して再就職先を探す道を選んだのだった。

 義男にはひとつのこだわりがあった。東山テクノに勤めていた8年間は、医療システム用ソフトウェアの立ち上げと保守メンテナンスに関わる仕事をしてきた。現在においても、一般的な病院では紙のカルテを使用しているのが普通だが、21世紀に入ってからは大病院を中心に、「ペーパーレス電子カルテ」と呼ばれる電子データで管理する施設が少しずつ増え始めている。このような病院では、院内に数十台から数百台の端末からなる大規模なネットワークを持っているが、義男が従事していたのは、それらネットワークを管理するソフトウェアに関わる技術サポートであった。医療と言う人命に関わる分野において、その先端を行く仕事に関わっているという自負は、義男のやりがいと誇りの源泉になっていた。だから願わくは再就職先でも、同種の仕事が継続できることを望んでいたのだった。この年の就職事情は新卒者にとって売り手市場と言われていたが、さりとて30代の自分が果たしてそう簡単に再就職できるだろうかという不安はあった。とにかく、東京や神奈川には同業種のソフト会社が大手から中堅まで何社もあったから、それらを片端から受けてでも、どこかに入りたいと熱望していたのだった。

 技術に自信のあった義男は、考えた末、業界大手の日芝ソフトにチャレンジしてみようと考えた。日芝ソフトは、大手電機メーカー・日芝電気グループの会社で、従業員数約4000人、年間売り上げ1200億円の大企業だった。小学生の頃から日芝電気製のパソコンのキーボードを叩いて育った義男には、日芝電気という社名に対して、漠然としたあこがれと愛着があった。入社試験の面接で、そうした自らの思いや抱負を語った義男は、特に根拠があるわけではなかったが、手ごたえのようなものを感じていた。果たして1週間後、義男のもとに採用通知が届いた。

 8月27日の午前9時半過ぎ、義男は地下鉄東西線東陽町の改札を出て3番出口を出ると、そこから南東に歩いて5分ほどにある日芝ソフトの本社ビルに向かった。義男にとって初めての出社である。ここ数日は気温30度を超す暑い日が続き、この日も空は朝から晴れて汗ばむような陽気だった。義男の心もまた、希望と不安が入り混じって熱を帯びていた。本社ビルの入り口の自動扉に薄く映ったスーツ姿の自分の姿にはっとして、ネクタイの位置を片手で正しながら開いた扉を中に入ると、冷涼な微風が義男の額をやさしくなでた。

 7階の人事総務部で義男は、人事総務部長はじめ数名を前に自己紹介をした。

「・・・・、私は小学生の頃から日芝電気のパソコンでBASICを学び始め、大学のときもずっと使っていました。だから日芝電気には親しみと強い思い入れがあります。このたび日芝電気グループの中でも、医療システム業界でトップを走る優良企業の日芝ソフトに入ることができて、とても緊張していますし、働けることにとても感動しています。御社で最後まで頑張っていきます。」

 これは義男の率直な気持ちの発露だった。人事総務部長から「今日からは、御社じゃなくて弊社ですよ」と微笑みながら指摘されると、やや気恥ずかしい思いの中にも、更に嬉しさがこみ上げて来るのを感じたのだった。

 義男は、横浜市鶴見区にある神奈川支社の医療システムグループに配属され、ここでシステム開発の仕事を割り当てられた。義男は意欲的に働き、ほどなく職場に馴染んでいった。職場の繁忙時には率先して面倒な仕事を引き受け、深夜残業や休日出勤も厭わなかった。仕事の無い休日は市立図書館に通い、学習にも余念が無かった。こうした努力も手伝って、ほどなく義男は、周囲から認められる様になりつつあると感じる様になっていった。

 配属されてから3週間目の水曜日の夜、義男の歓迎会が催された。駅前の居酒屋で18時から始まった宴会は、義男の上司である香川の乾杯の音頭とともに、和やかな雰囲気で始まった。宴会も少し酔いが回った頃、義男は自己紹介をするよう促されたので、立ち上がって、まずは出身や経歴から話をはじめた。ところが続けて趣味や学生時代の話をしていた時に、突然奥の席から怒鳴り声が飛んできて、場の雰囲気を切り裂いた。

「そんなことはどうでもいいだろうが。」

声の主は、義男の隣のグループに所属する布袋マネージャーだった。

「お前がどんな人間かとか、そんなことはどうでもいいんだ。お前がうちの会社に来て、何ができるのか、何をしたいのか、それを話せばいいんだ。まったく、人事はこんな奴を採用して失敗したな。」

 布袋は続けて怒鳴り、あからさまに不愉快そうな表情をした。義男は一瞬状況がわからなくなり、ほろ酔い心地もどこかに消えてしまった。とにかくその場では前の会社でしていた仕事の話をし、今後したいと思っていた仕事を説明したが、布袋の表情は終始不機嫌なままであった。香川は、再び席に着いた義男に、中には難しい上司も居るのだと耳打ちした。しかし義男には、なぜ布袋があれほど激しく怒鳴ったのか、帰宅してから何度思い出してみても理解できなかった。

 そんな事があった後も、義男は新しい環境に慣れようと積極的に働いた。仕事は概ね順調だと感じていた。新しい仕事にも人間関係にも、少しずつ溶け込むことが出来そうだと思っていた。

 義男に思わぬ転機が訪れたのは、3ヶ月後だった。人事異動で香川が他事業所へと異動になり、義男は布袋の下につくことになったのだった。そしてその初日、義男は布袋に呼び出され、次の様に告げられた。

「お前は今日から医療の仕事はしなくていい。」

義男は意味が飲み込めず聞き返した。

「それはどういうことでしょうか。」
「だから、お前は今日から俺の下だから、医療の仕事はしなくていいと言っているんだ。」

突然の事に義男は狼狽した。まだ布袋の言う意味がよく掴めなかった。

「それでは私は何をすればいいのでしょうか。」
「そんなこと俺に聞かずに、てめえで考えろよ。決まったら俺のところに何をやるか説明しに来い。」

布袋の怒声に義男は驚き萎縮した。今や義男は、理由も分からないまま突然医療の仕事を取り上げられてしまい、しかも自分の仕事は自分で見つけろと無理な注文を付けられたのだった。これは大変な衝撃だった。席に戻った義男は、すっかり頭に血が上って何も考えられなくなり、少しめまいさえ感じた。冷静になろうとしてパソコンの端末に向かい、文字を読もうとするが文章が全く頭に入ってこなかった。

 こうして数十分が過ぎ、ようやく少し平静を取り戻した義男は、自分はこれから一体どうしたら良いのかと悩んだ。入社してわずか数ヶ月の義男には、この職場で扱っている仕事の全体像が分からなかった。それどころか、誰が何の仕事をしているのかさえ、漠然としか把握していなかった。一人で悩んでも解決の糸口は見つかりそうにないと考えた義男は、職場の主任数人に話しかけ、事情を説明し、何かこの職場で役に立つ仕事は無いだろうかと聞いて回った。誰かの職域を侵さず、かつ職場にとって必要で、しかも多くの人にとってそれなりに役立つ仕事と言えば、必然的に職場の共通的な業務に行き着く。こうして義男は、ISO-9000関係の仕事を提案しようと考えるに至った。

 その日からほぼ毎日、義男は布袋の席の前に立って仕事の内容や進捗を説明する事になった。新しい部署の新しい仕事だから、当然経験はなく、分からないことも苦労する事も多いにも関わらず、布袋は義男の説明を聞きながら、容赦なく何度も怒鳴った。

「・・・・でして、それで・・・・」
「はあ。何だ、良く聞こえんぞ。もう一回ちゃんと言ってみろ。」
「はい、ですからこの是正処置に関する項につきましては、顧客からのクレームの受付から回答、水平展開に至るまでの進捗状況がシステムに入力される様に徹底しなくてはなりませんから、過去の未入力分について確認し、現在各担当者に入力をお願いしているところで、」
「いつ終わるんだ、それは。納期が書いてないだろうが。」
「はい、皆さんにお願いしているのですが、実務の方が忙しくて、なかなか着手できない様です。」
「おいおっさん、しっかりしろよ。お前が入力するんじゃないんだろ。みんなにやってもらうんだろ。そういう奴がみんなを動かせなくてどうするつもりなんだ。お前がこの仕事をやると言ったんじゃなかったのか。出来るのか出来ないのか、やるのかやらんのか、どっちだ。」
「今からもう一度お願いして回ります。」
「納期書いて持って来いよ。この前もそう言ったよなあ。何度も同じこと言わせるな。成長しない奴を養うゆとりが会社にあると思っているのか。社員を遊ばせておく余地など無いんだぞ。」
「はい、努力します。」
「当たり前だろ。出来ない奴が努力もしないでどうするってんだ。努力して努力して、それでも出来なければどうしたら良いか知ってるか。そういう奴は辞めて他のところに行くんだ。ま、転職するんだったら早いほうが良いな。それでこっちのは、どうなってるんだ。」

 まるでさらし者だった。布袋の怒鳴り声は、フロアの隅々にまで届かんばかりだったから、義男の名前を知らない者も、あの「いつも怒鳴られている人」として、義男の事を認識していたに違いなかった。これは義男を心底参らせた。しかも布袋への連日の説明は、長いときは延々3時間以上にも及び、義男はその間ずっと立たされ続けていた。夕方17時から始まって20時過ぎまで続いた時には、空腹で気力が萎えたことも手伝って、もう少しで涙がこぼれそうになった。

 迎えた下期の業績評価では、義男が期の当初に掲げた目標を十分達成したと主張しても、義男自身の働きによる効果が見えないと布袋は言い張り、一切何も評価しようとせず「Cマイナス評価(普通よりも悪い評価)」を付けた。数ヶ月の間、不本意な仕事と布袋のパワハラに耐えてきた義男だったが、ここに及んで徒労感が募り、きっと今後も自分はずっと評価して貰えないのだろうと言う絶望的な気持ちを強めたのだった。自分の仕事の全てが否定されていると感じた義男は、次第に自身を喪失して行った。何をやっても布袋にケチを付けられるのでは無いか、罵声と叱責と苦笑のネタにされるのではないかという漠然とした不安から、布袋の視線が気になり、職場の誰とも話が出来ない様になって行った。

 義男は、この頃から体調を自分でコントロールする事が難しくなっているのを感じていた。最初に夜眠れない事が多くなった。電気を消して目を閉じると、様々な情景が頭に浮かんで来るのだった。布袋はなぜ自分にあそこまで徹底して否定的な態度をとるのだろうか、なぜ自分だけを集中的に責めるのか、何が原因なのか、何がいけないのか。自分が中途入社だからなのか、布袋だけがたまたまそうなのか。これまで他の上司や同僚とはうまくやって行けたのに、なぜ布袋からは罵倒されるのか・・・・。過去に叱責された怒声の数々、人格否定としか思えない言葉、差別的な扱いなど、数え切れないほどの場面を思い出しては、辛さと悲しさとやり切れなさに苛まれた。体も頭も疲れているはずなのに眠りにつくことができないまま、時間だけが過ぎ、焦る気持ちが更に眠ることを難しくした。睡眠の不安定な状況が続いた結果、定時出社に間に合わない日が少しずつ増えていった。

 集中力を失ったのは自宅に居るときだけではなかった。義男は会社でも仕事に打ち込めなくなっていた。時には胸が痛くなったり、頭痛がしたりする事もあった。もしかしたら自分は病気なのかもしれない。次第に義男はそう思い始めていた。病院に行く必要性を感じた義男は、産業医に紹介状を書いてもらい、会社指定の精神科医に診察してもらう事にした。診断の結果は鬱病だった。体調が良くない事を人事に相談したところ、人事からは休職をして体調を回復させることに専念する様に、回復してから仕事に復帰する様にと勧められた。こうして義男の休職が始まった。

 それから1年以上、義男は通院しながら治療を続けた。休職中は、起床時間を決めたり、散歩や料理をするなど少しずつ生活リズムを整えて行った。その間は毎月けんぽに申請をすることにより、それまでの給与の2/3が傷病手当金として振込まれていた。実際の振込額はわずか十数万円であった。都心の生活では家賃と光熱費で大方消えてしまい、生活は楽では無かった。だから早く復職したいと思っていた。

 休職が始まってから1年余りが経過した2010年の2月には、義男の体調は業務に耐えるほど回復していた。そこで義男は会社に連絡を取り、復職のための手続きに進みたい旨を伝えた。復職の面談は3月の上旬に行われた。義男は、この面接が復職に向けた具体的な話合いになるものと考えていたのだが、このとき対応した人事総務部の正木マネージャーの言葉は、義男の期待とは全く違っていた。

「今回、あなたの復職をしたいという連絡を受けたので、人事として色々と準備を進めました。最大の問題は、あなたの復職先ですよ。私も頑張って、適当な職場を見つけようとしたんだけどね。残念ながら見つからなかった。あなたが元居た職場に聞いてみたんだけどね、職場が求める能力が高くなったんで、今のあなたではついていけないということでしたよ。それで社内の他の部門にもあたってみたんだが、とにかく技術系の部門と言うのは、どこも即戦力になるようなすごい人材じゃないと要らないらしいんだよね。だから、あなたの復職先は、はっきり言って無いよ。」

義男は驚いた。

「ちょっと待ってください。復職と言ったら普通は元の職場じゃないですか。求める能力が高くなったとか、復職先が無いってどういう事ですか。具体的に教えてください。私はこれでも、休職中もプログラミングの勉強をして自己研鑽はしていました。休職前より能力は上がっていると思います。それでも足りなければ、これから頑張って追いつきますよ。」
「そうは言ってもねえ。休職前は頑張ってなかったけど、これからは頑張るって言われてもねえ。」
「そんな事は言っていません。休職前も一生懸命やっていたつもりです。」
「あっ、そう。じゃあ一生懸命やって、この評価だった訳だ。Cマイナスの評価の人って、あんまり居ないよ。下位5%だからねえ。一生懸命やってこれじゃあ、やっぱ無理なんじゃないの。」

こちらの言葉を逆手に取るような正木の言い方に、義男は嫌な予感を覚えた。

「私が休職したのは、職場でパワハラに遭ったからです。その成績査定も含めてパワハラだったと思っています。医療の仕事は取り上げられましたし、やっと見つけた別の仕事はケチを付けられて評価されませんでした。」
「あなたの言い分はそうかも知れないが、元上司に確認したら、君の能力と適正と日ごろの仕事ぶりをみて、適切と思う指導をしたと言ってましたよ。ただちょっと厳しすぎた面もあったと反省はしてたけどね。まあ、彼は自分自身にも厳しい人だからね。仕事の実績もあるし。」

義男は布袋が仕事で一定の評価をされている事は知っていた。それが悔しかった。しかし、とりあえずここでは能力の話をしても埒が明かないと思った。自分の能力が評価されようがされまいが、復職は元の職場が原則のはずだ。やはりこの線で行くしかない。

「何と言われようと、復職先は元の職場でお願いします。私は会社の「心の健康支援プログラム」に沿って、お願いしているのです。精神科医も復職可能だと診断していますし、それを産業医の先生が認めて下さいました。診断書もありますよ。」
「あのねえ、あなたが健康かどうかは関係ないんだよ。問題は復職先があるかどうかだって言ってるんだけど、分かる。」
「違うと思います。産業医が復職を認めたら、次は復職のための三者面談です。」
「三者面談は、復職先の上司を含めてやるものだって知ってるでしょ。だから復職先が決まらないと面談も出来ないの。面談が出来なければ、人事として復職命令も発令できないから休職のまま。そんで休職のまま期間が満了になれば、自然退職だよ。このままだと、あなたはまず間違いなく退職扱いになってしまうんじゃないかな。」

そんなばかなと言う思いだった。義男は紅潮し、動悸を感じた。もはや思考力を半分失いかけていた。

「復職先は元の職場です。ちゃんとマニュアルどおりに対応してください。」
「そんな事言ってないで、自分の能力に合った仕事を選ぶことも重要だよ、病気をきちんと治すためにも。無理して元の職場に戻って、また病気が悪化したら困るでしょ。あなただけでなく周囲の人も。だってあなた、前の職場で全然成果出してないじゃない。」
「だから努力はしますよ。きちんと業務を与えられれば、勉強して成果も出します。」

正木は舌打ちして、しばらく黙った。その様子は、さも義男をもてあましているという風を隠していなかった。義男もこれ以上は何を言って良いのか分からず、正木が何か言うのを待った。しばらくの沈黙の後、

「やはり、あなたの復職先は無いな。もしあるとしたら、掃除かメールの仕事だな。」
「掃除・・・・、掃除って何ですか。」
「何ってえ、ちぇっ、便所だよ便所。べ・ん・じょ・そうじ。便所の床をモップで、こう、スイーっとね。」

正木は両手でモップかけをする仕草をしながら言った。

「便所掃除の仕事か、メールおじさんか、2つに1つしかないな。どちらか好きな方を選びなさい。」
「・・・・技術の仕事がしたいです。」
「技術の仕事は社内にはない。それなら転職するしかないな。でなきゃメールか掃除の仕事しか無い。どちらにしたいか言いなさい。」

正木はこのあと、便所掃除かメール集配の仕事か、いずれか好きな方を選べと義男に迫り、これを30分以上にわたって執拗に繰り返した。義男は、正木の言葉を受け入れないようにと必死で抵抗を続けた。すると、やがて正木の声色が突然軟化して、次の様に言った。

「とにかく念のために、あなたは産業雇用安定センターに登録して、社外にも仕事を探してみるのはどうですかね。社外の機関だけど、技術職の求人もあるから、もしかするとあなたに合う職種も見つかるかも知れない。」
「それって退職しろという事ではないですか。嫌です。お断りします。」
「しかしこのまま復職できないで3月22日を迎えてしまえば、あなたは退職だよ。それが現実なのだと、もうそろそろ解って欲しいんだけどなあ。とにかくそういう事だから、もし退職になった場合のために、この確認書にも予め署名しておいてくれないかな。」

正木はそう言うと、机の上の書類から1枚の用紙を取り出し、義男の方に向けて置いた。義男は咄嗟にとんでも無いことだと思い、絶対に書けないと断った。

「あなた九州男児だろう。俺も九州出身だけど、九州男児ってのは、気前が良くて度胸があるもんだ。なのにあんた、さっきからずっと、うじうじしてるよなあ。女々しいよなあ。」

正木の鼻で嗤うような態度は、義男を挑発するためのものだと理屈では解っても、女々しいと言われるのは義男のプライドが傷ついた。とにかく署名は出来ないと言い通して、もう一度復職先を考えてもらえるように、最低でも社内で技術の仕事に就けるようにと義男は正木にお願いした。正木はしょうがないという風で、じゃあ探してみましょうと気の無い返事をした。

 正木は思ったよりも義男が強情なので、少し手を焼いていた。ふつう鬱病で休職した者は、もっとあっさり参る事が多い。三者面談に出てくることさえ出来ず退職するケースも時々ある。まあいい、どのみちあと2週間で嫌がうえでも退職になるのだ。そう考えることのできる正木にはまだ余裕があった。

 3日後、義男は正木から今度は電話で退職強要を受けていた。約1時間の電話の中で正木は、産業雇用安定センターに登録して再就職先を自ら探すようにと何度も迫った。正木は「あなたがメールおじさんか掃除のおじさんの仕事をしたくないと言うのなら、私はもう何も出来ない。万策が尽きた」と宣言し、復職を諦めさせようとした。また、「休職期間満了の自然退職でも会社都合になるから、雇用保険の扱いも退職金も不利にならない。ハローワークにも確認してある」と付け加えた。その上で3月22日に退職手続きのため会社に来るか、または自然退職の確認書を郵送するので記入して送って欲しいと言ったが、義男はとにかく決して退職扱いを承諾しない意志を最後まで示し続けた。

「私が望むのは、技術として職場に復帰することだけです。だから辞めません。なんで三者面談をしてくれないのですか。ルールを守ってください。傷病手当は少ないし、私は早く復帰して仕事がしたいんです。第一、このままだと今月の私の給料はどうなるんですか。」

すると正木はこう告げた。

「休職扱いである以上、傷病手当が給料の代わりに支払われるでしょう。仕事をしてないのだから給料は出ませんよ。ただし傷病手当は、病気が治っていると払われないから、今月分を月末まで貰うには、それまで回復していないという診断が必要でしょう。精神科医からその様な診断書を貰わないとダメですね。」
「精神科医には先日、復職可能という診断書を書いてもらったところです。」
「それだと傷病手当は全然出ませんね。月初から月末までゼロ。それでも良いかどうかはあなたの判断なので私は知らないけど、もし手当てがまるまる必要なら、月末には職場復帰可能と言った内容の診断書になっている必要がありますね。」

傷病手当も無く給料も無いという言葉に義男はショックを受けた。もう貯金は数十万円しか残っていないのに、これから1ヶ月間の無収入は辛い。貰えるものは、しっかり貰わなくてはと焦る気持ちがこみ上げた。

 正木の一連の態度に、義男の心は激しく揺さぶられていた。復職先が無いから退職など、いくらなんでもおかしいと思った。だが正木は人事マネージャーだ。正木が復職させないと言うのなら、出来ないのではないか。では一体どうすれば良いのか。ここから先を正木とのやり取りでもって自力で突破するのが困難に思えた義男は、意を決して労働組合の門を叩いてみる事を思いついた。「そうだ、労働組合があるではないか。今まで何故思いつかなかったのだろう」と。

 労組の事務所は本社ビルの6階にあった。何しろ義男は、本社の労組も横浜支社にある支部も、どちらにも一度も足を踏み入れたことはなかったから、初めての訪問に少し緊張していた。内開きの扉を押して中に入ると、手前に木製の椅子4つを設えた丸テーブルがあり、傍には新聞と若干の雑誌が置いてあった。そしてその右側がカウンターになっていた。カウンターの前で義男が「すみません」と声をかけると、一番手前の机に座っていた女性が席を立ち、微笑みながら近づいてきた。

「こんにちは。どのようなご用件でしょうか。」
「実は、雇用関係のことで相談があるのですが。」
「雇用関係ですか?」
「あっ、えーと、実は休職から復職しようとしたところ、人事マネージャーから働く場所が無いと言われ、どうも無理やり退職させられそうなんです。」
「少々お待ちいただけますか。」

受付の女性に多くを語るのは気が引けた。女性は奥の机に座っていた3人の男性のうちの1人に話しかけていた。しばらくして男性が立ち上がり、遠くからよく通る声で「こんにちは」と挨拶をした。

「組合の書記長をしております高田と申します。よろしくお願いいたします。」
書記長の高田と名乗った男は、長身で、やや細身だが肩幅が広く、グレーのスーツにストライプのネクタイをしていた。義男は高田の案内で、事務所奥にある応接室に入り、窓側のソファに腰掛けた。高田は応接室のドアを閉めると、義男の対面に腰掛けて、早速切り出した。

「改めて自己紹介いたします。私は組合の書記長をしております高田です。本日は何かトラブルがお有りだとの事でご足労頂いたと伺いましたが、詳細についてお話願えないでしょうか。まずは失礼ですが御所属とお名前をお願いいたします。」
「医療システム事業部、第一ソフトウェアグループの竹下義男と申します。」
「竹下さんですね。ご用件について、まずは概略お話願えませんか。」

高田は手帳を開き、メモを取りながら義男の話をしばらく聞いていた。そして一通り聞き終わると、

「おおまかな内容はわかりました。まさに急を要する案件ですね。とにかく一旦人事に確認いたしますので、しばらく15分か20分くらい、この場でお待ち頂けますか。今飲み物を用意させます。」

と言い残し、立ち上がって部屋から出て行った。しばらくして先ほどの受付の女性が現れ、紙コップに入ったホットコーヒーと、砂糖とクリームを置いていった。義男はコーヒーを手に取ると、右手から左手、左手からまた右手へと持ち替えながら、部屋の右隅にある観葉植物を眺めていた。斜め背後から入る淡い陽光が、白い壁に義男と植物の影を重ねて映していた。

 約25分後、ノックの音の後、高田と男性がもう一人、部屋に入ってきた。小太りで細い目をした男性は小菅と名乗り、手渡された名詞には副委員長の肩書きが印刷されていた。義男の右斜め前のソファに座った小菅は、A5サイズのノートを開いてメモの用意をした。義男の正面に座った高田が話し始めた。

「すみません、遅くなりまして。ただいま人事に確認していたところです。竹下さんの件につき、人事サイドの見解などを聞くことが出来ました。順を追ってお話いたしましょう。」
「よろしくお願いします。」
「まずは竹下さん、休職者に対する復職のマニュアルがあるのをご存知でしょうか。」
「はい、知っています。私はマニュアルに基づいて、産業医の診断をもって復職しようとしたのですが、それを人事の正木マネージャーに止められました。三者面談をさせてくれないのです。」
「そうですね。しかしここで一番大事なのは、竹下さんの体調のことです。産業医の先生は、かなり回復したとおっしゃったそうですが、竹下さんの場合、職場による過負荷が原因で体調を崩されたと伺っています。そうであれば、過負荷のかかる様な仕事や職場では、またと言っては失礼ですが、体調の悪化が再発すると言った恐れもあると考えなくてはなりません。したがって、復職先については竹下さんの現在の体調とのマッチングを重視する必要があるということです。」
「はあ。」
「そこで人事としては、竹下さんに耐えられる範囲の仕事を、全社からくまなく探したと言うことでした。」
「いえ、それはおかしいです。正木マネージャーは私に、便所掃除かメールおじさんの仕事しかないと言いました。」
「申し上げにくいのですが、その通りです。竹下さんもご存知のように、日芝ソフトという会社はIT関係の技術者が従業員の大半を占める会社です。一部、内政関係の事務などもありますが、昨今は派遣社員を多く使っていますし、契約期間満了で打ち切らせていただいている職場も多々あります。技術系で優秀な社員とは言っても未経験の者を受け入れるだけの余地は今のところ無いとのことでした。つまり、現時点での空きポストは、掃除かメール配達かのいずれかになるとの話でした。」

高田の話を聞いている内に、義男はまた頭に血が上るのを感じた。

「なぜですか、おかしいではないですか。復職と言うからには元の仕事か、それに近い・・・」
「分かっています。分かっていますが、しかし労働組合としては、組合員の生命と健康に最大限の配慮が必要なんです。竹下さんの気持ちは痛いほど分かりますが、組合員であるあなたを危険に晒すわけにはいかないのです。」

高田は義男の言葉を遮り、強い口調で押し切った。だが義男も黙るわけにはいかなかった。

「本当に復職先をちゃんと探したのか、チェックしてくださいよ。復職と言ったら、普通もとの職場でしょう。第一、休職することになったのは、職場の上司から散々嫌がらせを受けていたからで、仕事が出来ないとか、プレッシャーがあったとかではありませんよ。」

高田は両手を前に出し、義男を制止するように、まあまあとなだめる様な仕草をした。口元は笑顔だったが、義男をぎろりと見つめる目は笑っていなかった。小菅はその隣で、黙ってメモを取り続けていた。

「嫌がらせを受けていたと言う話は初耳です。もし本当ならば問題ですので、人事に確認するとしましょう。しかし竹下さん、復職者に適当な職場を用意するというのは会社の通常の対応であって、今回の件につきましても、竹下さんにご不満が多々あるのは承知していますが、会社の対応として誤りとは言えないのが現実です。冷たい事を言うようですが、労働組合は組合員に対し、差別もひいきもしてはいけません。会社が通常の対応をしている限り、それ以上のことをあなた個人のためだけに要求する事はできないのです。もし仮に正木マネージャーが、通常の扱いを逸脱するような行為に及んだ場合には、即刻我々は対処します。でも、今回はそういうケースではありません。申し訳ありませんが、ここから先の事は、通常の手続きに則って進めてくださいませんか。メール配達も大事な仕事ですよ。とにかくまずは復職して、完全に回復したところで再度技術の仕事にチャレンジするか、あるいはもっと十分に休養を取って、別の仕事に挑戦するという方法もあると思いますよ。」

 高田の回りくどい言い回しは、義男の怒りを憤りに変えたが、それが口から怒声となって出る前に、まるで首の横に空いた穴から空気が漏れるように四散し霧消してしまい、あとには何とも言えない虚脱感が残った。義男は、もう高田の顔を見るのも嫌だと思った。応接室を出て足早に事務所を通り抜け、その場を後にした。そんな義男の姿がドアの向こうに消えると、高田は小菅に向かってつぶやいた。

「なあ、見ただろう。メンタルで休職していた人と言うのは、大抵あんな風にすぐに冷静さを失ってしまうんだ。目つきとか、一方的にしゃべりたがるところとか、特徴を覚えておくといい。あれでは復職しても病気がかえって悪化しかねないだろう。だから復職を諦めさせるのも我々の大事な仕事なんだ。確か来月も休職期間の終わる組合員が一人いたはずだから、気を付けておいてくれないかな。」

 今や義男の選択肢は2つだった。それはメール配達として日芝ソフトに残る道と、退職して新たな職場を見つける道だった。いずれも到底納得の行かない選択だった。しかし義男は、ふと思いついてノートパソコンを立ち上げた。WEBから検索すると、見覚えのあるサイトがヒットした。これだと思ってジャンプした先は”首都圏電産ユニオン”のサイトだった。首都圏電産ユニオンとは、いま流行りの個人加盟が可能な労働組合のひとつで、電機産業の各社で起きているリストラなどの問題に対し、解決した実績が多々あるらしかった。サイトの右下には、「リストラ110番」のコーナーがあり、連絡先のメールアドレスと携帯電話の番号が記載されていた。義男は、半信半疑で携帯電話の番号にかけてみた。呼び出し音が4回ほど鳴って、男性の甲高い声が応えた。

「はい、もしもし村田です。」
「あ、私は竹下と申します。すみません、こちらはリストラ110番でよろしいのでしょうか。首都圏電産ユニオンのホームページに載っていた番号にかけてみたのですが。」
「はい、結構ですよ。私はリストラ110番を担当しております村田と申します。何か困ったことがありましたか。」
「はい、実は会社から退職させられそうで、とても困っています。」

このあと義男は休職に至る経緯、休職してから復職手続きをするまでについて、順々に説明した。すると村田は言った。

「お話、よく分かりました。ひどい話ですね。竹下さんの場合は、一刻も早く首都圏電産ユニオンに加入して頂くのが良いと思います。私達と一緒に、不当なリストラを跳ね返しましょう。とにかく一度お会いして、今後の対策などについてお話したいと思います。」

こうして村田は、翌日の夜に川崎駅近くにあるユニオン神奈川支部の事務所で相談会を開くから、是非来て欲しいと義男に告げた。

 翌日の午後19時、義男は約束どおり、待ち合わせ場所であるJR川崎駅改札外の時計台の下に行き、そこで村田と対面した。歳は50過ぎくらいだが、がっちりした体格で、日焼けして精悍な風貌の男性だった。一通り挨拶を済ませると、義男は村田の後に続いて、ユニオンの事務所に向かった。事務所はチネチッタの裏側の、古い鉄筋コンクリートのビルの3階にあった。

 事務所では、2人の男が鉄パイプ製の椅子に座って待っていた。一人は白髪だが立派な体躯をした初老の男で、ユニオン神奈川支部委員長の長崎と名乗った。もう一人の男は、「日芝電気関連労働者懇談会」という労働者支援組織から来たと言った。名前は猫山というらしい。2人は副委員長の村田からの連絡で、この日の相談会に来たのだった。長テーブルを挟んで4人が座ると、はじめに村田が切り出した。

「今日は、大変お疲れのところご苦労様です。メールでお知らせしましたとおり、こちらは竹下さんと言いまして、日芝ソフトと言う日芝グループ内の大手ソフト会社に勤務しておられる方です。今回、会社から不当な扱いを受けまして、今にも退職させられそうな状況になっておられます。会社側に問題があることは間違いないと思いますので、これから対策について皆さんで考えてきたいと思っています。では、竹下さん、問題の経緯について順にお話願えませんか。」

 義男は、会社から受けた不当な扱いについて説明し、次いで会社に入った経緯から休職に至るまでの出来事などを時系列に沿って詳しく話して聞かせた。義男の話しぶりの整然さからは、つい最近まで鬱病で休職していた様子は想像できなかった。一通り話が終わると、長崎や猫山が事実関係に関する質問を次々に繰り出していった。医師の診断書の写し、会社の就業規則、義男の日記など、証拠類を確認しながら、各自は事件の様子を立体的に明らかにしようと努めた。やがて長崎が言った。

「竹下さん、お話は随分とよく理解できました。竹下さんに対する今回の会社の対応は、退職強要と考えて間違いありません。これは法的に見ても、社内規則的に見ても、誤った行為です。ですから当ユニオンの力をもって、違法な退職強要をやめさせる事は十分可能だと思います。しかし問題が2点あります。ひとつ目は医師の診断書です。先ほど竹下さんは、書き直した方が良いのではないかとお話されましたね。」
「はい、そうです。と言いますのも、恥ずかしながら貯金が底をついていまして、傷病手当を申請しないと、今月は無収入になってしまいます。ところが病気が治っていると手当てが出ないらしいのです。それで、せめて今月分だけでも出るように出来ないものかと。」
「それはだめです。この診断書は、竹下さんが職場復帰できる事の重要な証明書なんです。治ってないと書き換えるなど、とんでもないことですよ。」
「ええ、ですから月初には治っていなかったけれども、月末には仕事が出来るというような内容にならないかと思ったのです。」
「竹下さんの休職期間満了日はいつでしたでしょうか。」
「今月の22日です。」
「そうですね。つまり月末だと休職期間満了日を過ぎているのです。だから病気が治らないまま退職日を迎えてしまった、つまり退職は正当だったと主張されてしまいます。それに診断書を書き換えること自体、公文書の偽造になりますから、絶対にやってはいけません。」
「わかりました。ならば、今月は無収入ということですね。困りました。」
「傷病手当が出ないと言うのは、誰から聞きましたか。」
「正木マネージャーです。病気が治ったら払われないと言われました。」
「それは嘘ですね。傷病手当と言うのは、会社を休んだ日数分だけ支払われるものなのです。竹下さんの場合、現在はまだ職場復帰していませんから、例えば今日の分も、ちゃんと申請すれば支払われますよ。職場復帰すれば、その日からは会社が給料を払います。だから無収入にはなりませんよ。」
「そうですか、それを聞いて少し安心しました。良かった。でも私はだまされるところだったんですね。」
「正木マネージャーが確かにそう言ったのであれば、事実関係を会社に確認しなくてはなりませんね。それと、先ほどの話に戻りますが、問題がもう1点あります。それは、竹下さんの休職期間満了まで、あと半月しか時間がないことです。そうであれば、来週月曜日にも早速、会社に対し団体交渉の申し入れをすべきでしょう。そのためには、竹下さんに、このユニオンの組合員になっていただく必要がありますが、よろしいでしょうか。」

 義男に異存は無かった。その場でユニオン加盟申請書に記入すると、加盟費300円を納めた。この日は、このあと1時間ほどを使って、団体交渉を如何に進めるべきか、情宣活動はどうするのかについて申し合わせをした。義男が幸区の自宅に戻ったのは、22時半過ぎだった。

 次の月曜日、ユニオン委員長の長崎は早速、団体交渉の申し入れを行い、3日後の木曜日に交渉する約束を取り付けた。そして翌火曜日の朝には、日芝ソフト本社ビルの前で、情宣活動を開始した。駆けつけたのは、村田、猫山のほか、日芝電気関連労働者懇談会から3名、それぞれ猫山から連絡を受けての参加だった。そのうちの1人である年配の女性は杉下と名乗った。3月半ばの早朝の風は冷たく、杉下は両の頬をピンク色に染めながら、愛想の良い笑顔で義男に言った。

「さあ、竹下さん。今日は初めてのビラ撒きね。どう、緊張してる。」
「はい、少し。何しろビラ撒きなんて生まれて初めてなものですから。学生時代にバイトでティッシュ配りをしたことがありますが、ビラを撒いた経験はないんです。」
「じゃあ、ティッシュ配りと同じよ。やってみれば分かるわ。緊張するのは最初だけ。1回やってしまえば、どうって事ないって分かるから。」
「でも、会社には知り合いも居ますよ。なんか少し恥ずかしい気がします。」
「大丈夫、大丈夫。きっとみんな取ってくれるわ。ねえ、見て、このカット。これ、あそこで横断幕を持っている蜂須賀さんが、土曜日に急いで描いてくれたものなの。でも相変わらず良く描けてるわねえ。ビラの文章は、村田さんがいつも書いているのよ。村田、蜂須賀のコンビは最高ね。」

 情宣活動をはじめた7時半には、まだ出社する社員の姿もまばらだったが、時間が定時に近づくにしたがって徐々に増えてきた。村田はハンドマイクを持って、義男が受けた不当な扱いの様子を語り、他の5名は通用門の外でビラ配りに熱中した。

 用意した800枚のビラは、すべて配布し尽した。意外なほど社員の受け取りが良いので、義男は少し驚いていた。政治家が駅頭で撒いているビラとは違うのだなと思った。だが心配もあった。今配ったビラは、ちゃんと職場で読まれているだろうか。読まれずにゴミ箱に直行したり、他の書類の下に埋もれてしまったりしないだろうか。あるいは読まれたとして、この事件のことを正しく理解してくれるだろうかと。ビラの効果については、義男のみならず今日参加した全員がその受け取り具合から想像するより無かった。

 木曜日の午前10時、東京都港区にあるホテルの会議室にて団体交渉が行われた。ユニオンからは長崎、村田、猫山の3名が出席し、会社からは正木と人事総務部長の神野、それに正木の上司の清水グループマネージャーが応じた。その他に傍聴者が一人居たので、長崎がどなたかと尋ねると、日芝電気労働組合の委員長の深澤だと名乗った。

 団体交渉は、長崎がここに至った経緯を説明し、義男への退職強要の撤回と、職場復帰を確実にすることを要請する形で進められた。会社側ははじめ、担当医師から職場復帰可能との診断が得られても、最終的な判断は会社の産業医になること、人事としては、今の義男の状態を考慮したうえで復職先を探したことなどを説明し抵抗した。しかし、産業医も復職のための3者面談をする用意のあったこと、3者面談に人事が応じようとしなかったこと、事実として退職強要があったことなど、総じて規則に鑑みてまずい対応をユニオンから次々に指摘されると、最終的には義男の元の職場への復帰を認めざるを得なくなり、3者面談を早々に実施すること、人事からの復職命令は即日行うことなど、譲歩を見せたのだった。こうして交渉は40分ほどで終了し、長崎らはその場を引き上げた。

 時計の針が午前1時を回っていた。雨は相変わらず激しく降っている。義男は窓際に近づき、カーテンを少し開けて窓越しに外を眺めた。街の灯はもうかなり消えていた。軒から滴る雨水が出窓の手摺を打ち、厚く濡れた手摺の丸い背が、窓から漏れる光を淡く反射していた。

 義男はパソコンを立ち下げ、布団を敷いて床に就いた。日芝ソフトに入った当初、この会社で頑張っていくのだと意欲に燃えていた。その気持ちが消えうせてしまったのは、会社に裏切られたと言う悔しさも理由のひとつに違いない。しかし、自分はむしろ会社に対して、あまりにも幻想を抱きすぎていたのだ、会社という存在と、そこで一生懸命に働く自分像とを、美化しすぎていたのだと義男は思い始めていた。愛社精神という美名で糊塗した執着心は、もはや義男の心から消えていたが、それと一緒に、仕事に向かう意欲もまた薄れてしまったと感じていた。だが、義男には得たものもあった。それは信頼できる仲間の存在であった。年齢も性別も会社さえも超えて連帯できる仲間の存在は、義男の心に無意識に力を与え、不安を受け止め、困難に立ち向かえる勇気を与えていた。それはさながら、土砂降りの雨の下の屋根、あるいは1本の傘のような存在だった。激しい雨の中、雨宿り先を求めて急ぐ者に雨の音は聞こえない。こうして屋根の下に居られるからこそ聞くことが出来るのだ。

 屋根や軒を打つ雨粒の音が天井越しにざわざわと鳴って周囲の雑音をかき消し、無音とはまた違う静寂が部屋に満ちていた。ほどなく義男は深い眠りに落ちていった。七夕の夜が更けていく。

2026年 10月31日




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