第41回 これでいいのか、企業のメンタルヘルス対策
ハラスメントに関連して、外せないのがメンタルヘルス対策です。電機・情報ユニオンには毎年多数の相談者が電機の各企業から来ますが、現在はその大半がメンタル面で困難を抱えているのが実情です。深く傷ついた労働者たちにどう向き合うかは、私たちにとって非常に難しい課題となっています。
パワハラやセクハラのみならず、執拗な退職強要面談とか、追い出し部屋とか、降格や降給、配転、経験の無い仕事で必要な教育やサポートが受けられないなどの実質的ないじめの被害を受け、うつ病などの精神疾患を発症し、休職を余儀なくされた方も少なからずいます。そこまで追いつめられて、他にどうしようもなくて、最後にユニオンにやって来られたと思われるケースもあります。
最上裕さんの「広き流れに」は、NEC系の子会社で起きた労働問題に関する実話をもとにした、90%事実のルポルタージュ小説です。こうしたセンシティブな内容を扱う小説やルポの多くは、複数の事例を組み合わせて個人が特定されないように配慮することが多いのですが、この小説では固有名詞を架空のものとしている程度で、ほぼ事実をそのまま描いています。

小説の主人公の植草さんは、希望を持って入社したディスプレイの製造会社で生産技術部門に配属されました。そこは若い社員は自分一人だけという職場でしたので、周囲に早く追いつこうと頑張って努力していました。ところが仕事を早く覚えるために残業しようとすると早く帰るように促され、酒を飲めない体質のために飲み会の付き合いにも苦労するなど、周囲との関係がぎくしゃくしていきます。そして仕事では、知らぬ間に会社の密輸に加担してしまったのではないかという疑念を抱くこともありました。心身が疲弊していくなかで、宴会の席で部長から受けたセクハラがきっかけとなって、とうとう適応障害を発症する状態となり、仕事の遂行がままならなくなっていきました。
ある日、そんな植草さんを、部長の命令を受けた職場の同僚たちが取り囲み、手足を拘束してうつぶせに吊り下げるような格好で職場から無理やり追い出してしまったのです。ショックを受けた植草さんは、心の病気によって休職を余儀なくされたのですが、その彼を会社は休職期間満了とともに解雇しようとしました。しかし植草さんは電機・情報ユニオンに入り、就労闘争、裁判闘争を経て、最終的に職場への復帰を勝ち取ることができたのでした。
あらすじは以上なのですが、この小説には、本当にひどい人物が何人も登場します。特に医療関係の人物の態度が皆ひどいのです。会社の健康管理室の看護師などは、植草さんを勝手に発達障害と決めつけるなど当初から悪質で(看護師に障害や病名を決める資格があるのかどうかも疑問ですが)、面談ではねちねちと何度も同じことを繰り返して言い、「文書が無いと、理解できないんですか」とか「私の話分からないですか」など、いかにも馬鹿にした態度で問い詰め、隙あらば病人に仕立て上げてやろうとの意図が見え見えでした。医療行為にかこつけて、まるで楽しむかのように陰湿ないびりを繰り返し、病気を治す手助けをするどころか病人にしてやろうなど、もはや犯罪ではないのかと思います。この人は一体何の対価として給料をもらっているのかと追及したい気持ちになります。
この小説を読んで涙が止まらなかったという方もいらっしゃるのですが、私はついに一滴の涙も出なかった代わりに、怒りが何度もこみ上げてきました。とにかく、看護師がここまでいやらしい態度を身に着けるまでには、医療の現場で弱った心につけ込み、多くの人たちに不愉快な思いをさせつつ、それを自らの喜びに変え、ゆがんだ成功体験を相当に積み上げてきたのではないかと想像してしまいます。
ところで、いわゆるメンタルヘルスのケアには4つあるとされています。厚生労働省の「職場における心の健康づくり ~労働者の心の健康の保持増進のための指針~」では、①セルフケア、②ラインケア(管理監督者が行うケア)、③事業場内産業保健スタッフ等によるケア、④事業場外資源によるケアが定められていて、社内で取り組まれるのはこのうち①~③となっています。①セルフケアについては、全社員に対して「自分の健康は自分で守る」との意識づけが教育とともになされているのはご存じと思います。メンタルを病むことは誰にでもあり得ることですし、それは間違いではないのですが、しかし・・・。
会社で実際に行われているメンタルヘルスケアに最も欠けているのが、「病原」の根絶ではないのかと私は思います。メンタルを病むのは風邪やインフルエンザのようにウィルスに感染したからではありません。その原因はさまざまであるとはいえ、もし原因が会社の中に、職場に厳然と存在し続けているのなら、そのような場所に戻ること自体に強いストレスを感じるはずだし、本人がいくら元気になって復職しても、またすぐに同じ症状にならないとも限りません。
もし原因が上司のパワハラや同僚のセクハラにあるのなら、その「けしからん」人物を遠ざけるなりすればいいです。しかし会社のリストラの一環で行われた退職強要やPIPのストレスが原因だとしたら、それはきちんと対策されるのでしょうか。恒常的に「指名解雇」リストラのようなことを行っている会社では、退職強要のストレスが原因で休職した社員がかなりの数に上るのではないかと思います。むしろメンタルを病むことさえ始めから折り込みずみで、そこまで精神的に追い込むことで、無理やり退職を選択させようとしているように見えます。
結局、そういう会社の姿勢を変えないことを前提にしているから、あまりにも本人の健康状態の問題であることにしすぎているのではないかと思うのです。そのような会社に不適応な社員は、当社にふさわしくないので辞めてもらうのが適当という訳です。本人の健康のためにもそうすべきだし、もっと本人に合った職場で働いてもらう方が当人の幸せのためにも良いと、表面だけは当人のことを思いやったかのような空疎な理屈をつけながらです。
これまで電機・情報ユニオンが扱ってきた数々の事例を振り返る限り、会社はメンタルヘルスを病んだ社員を追い出そうと画策することがあるし、産業医や会社指定の病院までもが、そこに加担をすることがありました。ひどい例になると、過去にメンタル疾患で休職して復職の過程にある人を「指名解雇」リストラの対象にして、1日おきに退職強要面談を繰り返すなどの暴力的なリストラが行われることさえあります。これは厚労省の指針で行ってはならないとされていることです。
(厚労省の指針より抜粋)

別の大手電機の子会社では、中途採用のTさんに対して同様の事件がありました。入社半年後に異動してきた課長が、Tさんから仕事を取り上げて自分で仕事を探すように言い付けたため、彼はやむなくISO関係の仕事をすることにしたのですが、ここから課長の執拗ないびりが始まり、やがてメンタル疾患で休職に追い込まれました。休職して1年余り後には体調が回復したので、復職したいとの希望を会社に伝えたところ、復職面談で告げられたのは、もどる職場が無いこと、社内メールの配達かトイレ掃除しか仕事は無いということでした。しかも会社は、「傷病手当が今のあなたの給料だから、病気が治っていると傷病手当がもらえなくなってしまう」とだまして、まだ治っていないというように診断書を書き換えさせようとしました。治っていなければ復職できないし、復職できなければ休職期間満了で退職させられるからです。
メンタル疾患による休職では、復職するタイミングで退職に追い込もうとする例があることを知っておいた方が良いと思います。ルネサスでは比較的最近、復職の規定を厳しくしています。本当にそれが適切な改定だったのかを、改めて確認した方が良いのではないかと思います。もし何か不適切な対応が行われていると感じたら、電機・情報ユニオンに相談していただきたいと思います。おそらくこの問題では、日本でも最も経験を持っている労働組合だと思います。
厚労省の指針における②ラインケア(管理監督者が行うケア)、③事業場内産業保健スタッフ等によるケア、④事業場外資源によるケアの3つがすべて機能しない状態になったとき、最後の頼みは労働組合ということになります。それは労働組合が、労働者個人を守るという役割と、そもそも②~④が機能不全に陥るその本質的原因に切り込むことのできる組織という役割を担っているからです。
2026年 10月21日