第37回 罰を与える前に


 私が小学校の低学年だったとき、担任の先生は竹の根でできた鞭を持っていて、それで時々生徒をぶっていました。ふとももの裏側をピシッと叩かれると、これが大そう痛かったのを今でも覚えています。叩かれた跡は青あざになりました。ある時、机の整理整頓ができていなければ、罰として鞭で叩くと先生が言いました。しかも1日目にできていなければ1回、翌日も出来ていなければ2回と、日数が重なるごとに叩く回数も累積すると言うのです。整理整頓の状態は、掃除のときに教室掃除をする当番の班がみんなの机の中を確認して、出来ていない子がいたら先生に告げるようにしました。

 その日から掃除の後で、掃除当番のチェックに引っかかった子たちが先生の前に一列に並ばされました。椅子に座った先生は、まずはそばの金属製のごみ箱を鞭でガンガンと叩き、先頭の子から順番に一人ずつ後ろを向かせて、太ももの裏をピシッ、ピシッと叩いていきました。

 当時の私のクラスには、O君という電気屋の息子がいました。いつも鼻を垂らして薄汚く、しかも少林寺拳法を習っているとかで、事あるごとにみぞおちを殴ってくるので、みんなから嫌われていました。そのO君は、机の整頓ができていないと掃除当番の子に告げられましたので、さっそく1日目から叩かれることになりました。本当は私も机の中の整頓はまったくできていなかったのですが、掃除当番に助けられて、せいぜい3回くらいしか叩かれずにすみました。しかしO君は誰も庇ってくれなかったために、毎日叩かれ続けて、最後には一度に24回叩かれる目に遭いました。はじめのうちはどちらかと言えば「ざまあみろ」という感じだったのですが、10回目を叩かれるあたりから、痛さに耐えきれず声を上げて泣き出す姿を見て、だんだんかわいそうになってきました。

 今思い出すと、むち打ちをする以前に、なんで先生は机の整頓の仕方を教えなかったのだろうかと思います。私は教えられたことがなかったし、どうしたら整頓できるのかも分かりませんでした。きっとO君もそうだったと思います。しかも1か月の間、24日も続けるまで、無駄に体罰を与えていたことに気付かなかったのは許しがたいことです。これぞ最悪のINSANITYではなかったかと思います。

 しかしひとつ付け加えると、先生の持っていた鞭は、同じクラスの女生徒のおじいさんが「これでしつけてくれ」と贈ったものでした。当時は、保護者の側にも体罰を積極的に肯定する考えがあったことは確かです。

 次は私が小学校5年生のときの話です。当時の担任の先生がある日、忘れ物のグラフ用紙を作って、教室の前の壁に貼り出しました。そして、忘れ物をひとつするたびに、自分の名前の横のマスに”×”印を1個書き込むのだと言いました。そしてもしグラフがいっぱいになったら、罰として教室の前の廊下を、雑巾がけで30往復させるとも言いました。

 さて、このときのクラスには一人、ものすごく忘れ物の多い子がいました。とにかくこの子は、他の子がまだせいぜい数個しか×印を付けていないときに、すでにグラフの半分近くまで×を付けてしまっていました。言っては悪いのですが、見た目もちょっとだらしのない子でしたから、さもありなんという感じでした。

 ところが、上には上が居るもので、この子よりももっと忘れ物の多い子がいました。その子に至っては、先の子がグラフの半分まで来たころに、すでにグラフの端まで×が積み上がり、枠からはみ出して紙の余白の部分にいくつもの×を書き込まざるを得ない状態になっていました。まさに忘れ物の王者、チャンピオンでした。実はこの忘れ物のチャンピオンこそが私でした。

           

 こうして、表の余白にさえも×印を書き込むスペースが無くなったある日、先生から授業後に残って雑巾がけをするように言い渡されました。その日の夕方私は、誰もいない教室の前の廊下で、ひたすら汗を流していました。30往復はさすがに疲れました。途中から太ももがだるくなり、何度か休みながら、やっとのことで拭き終えました。

      

 翌朝、担任の先生がやってきて、ぴかぴかになった廊下を見るや、「おおっ」と言って驚きました。先生のその様子に、私も少しやり遂げたような気持になりました。しかし忘れ物の多さについては、それ以降もまったく改善しませんでした。

 まもなく先生は壁からグラフを外し、2度と同じようなグラフを貼ることはありませんでした。きっと綺麗になった廊下を見て、私が手を抜かずきちんと雑巾がけをしたことを知り、私が決して忘れ物をしたくてしている訳ではないこと、罰を与えたからといってそれが直るわけでもないことに気づいたのだと思います。

 以上は私の思い出話ですが、数十年前の学校には体罰がありふれていました。体罰のあるのがむしろ当然で、そこに疑問さえ持っていませんでした。今はもう、あからさまに鞭を振るう先生はいないと思います。しかし時とともに自然にそうなったのではありません。問題意識を持った無数の人たちの働きによって、少しずつ克服されてきたのです。

 いまルネサスに限らず大手電機各社では、成果を上げていないと見なした社員に対し、まるで罰を与えるかのように一時金を減らしたり、賃金を下げたり、PIP(業務改善のための教育の体裁を取りながら、内実は教育の成果が上がっていないことを理由に労働条件の引き下げが行われているという報告があります)を強制したりと言ったことが行われています。しかし、憎しみ込めて罰を与える前に、それが本当に有効なのかは、最低でも考えてみるべきだと思います。

 現在の経営者や人事の人たちは、学校時代に何でも出来る優等生だったのかも知れないし、少なくとも体罰を含めた厳しい罰のあった環境に適応しながら人格形成をしてきた人が主流となっているに違いないと思います。だから、むやみやたらに罰を与えるやり方は、ある種の「老害」として世代交代とともに改められていくのかも知れません。いえ、是非ともそうなることに、電機・情報ユニオンの組合員の一人として期待するものです。

 最後に、私の子供もまた、小学校時代によく忘れ物をしていたものです。小学校低学年だった頃のある日、「僕、どうしてこんなに忘れ物が多いのかなあ」と悲しそうな声で私に言いました。答えはもちろん私の子供だからです。

2026年 8月31日




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