第35回 ラピダスをどう見たら良いのか(4)
前回の最後に、「そもそも2nmを必要とする顧客や用途がどのくらいあるのか、同じビジネスモデルで2nm以外のプロセスではだめなのか」と書きました。今回も黒田忠弘先生の「半導体超進化論 -世界を制する技術の未来-」を参照しながら、もう少し具体的に見ていきます。なお()内には同書の参照ページを示します。
ラピダスが顧客から選ばれる前提として、顧客にとっての採算性があります。もっとも気になるのが開発費の大きさです。2nmのEUVのマスク代は、フルセットで数十億円から100億円かかると言われています。これはごく一部の超巨大企業を除いて容易に負担できない金額です。そこでラピダスは、下地(トランジスタなどの素子)の部分を共通化して、配線のみを固有設計にしていくと言います(176ページ)。つまりゲートアレイ方式です。これでマスク代はある程度抑制できそうですが、それでもまだ10億円かかります。これを「相乗り試作サービス(MPW:マルチ・プロジェクト・ウェハー)で、1000万円に抑えることも可能だと言うのですが、本当でしょうか(170ページ)。どういう計算をしたらそのような予測が成り立つのか、ぜひとも明かにしていただきたいところです。
こちらでも勝手に憶測してみます。ルネサスの前身会社が製造していたゲートアレイ(日立のHGシリーズやNECのμPD6万番台など)が、回路規模によって複数のチップサイズをシリーズとして持っていたことを思い出すと、ラピダスも同様に複数のチップサイズをラインナップとして用意すると思われます。このラインナップをそろえるためのマスク代を仮に200億円とすると、5千件の商談があれば1件あたりは400万円となります。これに個々の商談ごとに必要な配線工程のマスク代を相乗りによって分け合うことができれば、合計で1千万円くらいに収まる可能性もあると言うことなのかとも思います。つまり、相乗りは1枚のウェハーあたり百件くらいは必要で、そのためには数千件という規模での商談受注が前提となるのではないかと思うのです。
ちなみに著者は、時間をかけて完璧な設計をするのではなく、「80点主義でよい」と言います。これは要するに、1回の試作ではうまく行かなくとも、何回か繰り返して不具合を改善しながら完成させていくことを構想していると取れます。するとマスクはリワークによる追加分も必要だと言うことにもなります。1千万円に収めるのはますます困難な感じがします。
そこで改めて思うのが、想定されているビジネス拡大への道筋がどんなものだろうかと言うことです。「相乗り試作サービス」と簡単に言いますが、これが機能するためには、上記のように多数の商談獲得が必要となります。それができるまでは、10億円のマスク代でも辛抱して使ってくれる企業が相手になります。半導体チップだけで数十億円の開発費が出せるのは相当な大企業です。現在はキヤノンが開発を始めていると聞きますが、それ以外の日本企業ではトヨタやソニーなど年商数兆円から数十兆円規模の大企業の名前がいくつか挙がっているのみです。
仮にビジネスがある程度軌道に乗ったのち、相乗り試作サービスをマスク代1億円でスタートしたとしても、やはり開発費は全部で数億円以上になり、大企業でなければ手が出ない額ではないでしょうか。しかも同一チップサイズを使用する商談が数件から数十件揃ったところで「乗り合いバス」が発車するとなると、少なく見積もっても年間で百件くらいの開発案件が必要なだけでなく、それ以上の相当な数の開発案件が無いと試作ロットを投入する回数自体がかなり制限されてしまいそうです。そうなると、開発期間の短縮とは相容れないコンセプトになってしまわないでしょうか。そういう状況で、大企業の商談を多数集められるのか疑問です。
また、仮に商談が集まったとしても、乗り合いバスに同乗している数十種類のチップが、先の通り「80点主義」で設計したものであれば、同一のウェハーからきちんと良品が取れるものと、まったく取れないものが出来てくる可能性はかなり高いように思えます。その場合、設計に原因があるのか、製造に原因があるのかを判別するのは難しいかも知れませんし、仮に製造側に原因があったとしても、あくまで加工精度の範囲内での特性のばらつきであったならば、こちらのチップに合わせればあちらのチップは不良になると言った状況になってしまって、プロセスのチューニングが困難となる恐れを感じます。
付け加えると、筆者の言う様にマスク代が将来1000万円まで下がったとしても、依然としてほとんどの大学や研究機関では負担が困難な金額と思います。結局、最近のAI技術を使ったシリコンコンパイラー(166ページ)が実現して、どんなに設計を簡略化したとしても、依然として最先端半導体チップは研究機関や中小企業には手が出ない高価なレベルにとどまり、設計の「民主化」は思うように進まないのではないかと思えます。数千件もの商談をかき集めるには、かつてのゲートアレイのように売り上げ300万円程度の商談にも門戸を開いていく必要があると思いますし、それはラピダスのコンセプトからして無理なのではないでしょうか。それよりはJASMの熊本で、28nmのプロセスでゲートアレイを起こす方が有効にさえ思えます。
あとがきにある「半導体を人類共有財産」にしたいという著者の願いは支持するものの、ラピダスでの実現は困難に思えてなりません。むしろ可能性があるとすれば、GAFAMのような超巨大企業において多種多様なチップを設計する必要が生じた場合に、それに応えるような恰好かも知れません。いずれにしてもビジネスが軌道に乗るまでは、専用品にしろ汎用品にしろ、少品種大量生産のビジネスで地盤固めを行っていくしかないと思われます。それはそれでTSMCのビジネスと競合することになりかねませんが。
以上は実に悲観的な展望なのですが、それでも順調に商談が入ってきたと仮定して、投資回収について考えてみます。
ラピダスの試作ラインの構築だけで2兆円、量産ラインには5兆円かかるとされている訳ですが、いかに国策企業といえども独立した企業である以上は、投資した分を売上によって回収していかなくてはなりません。大雑把に1年で1兆円ずつ5年かけて返していくとすれば、年間の売上は数兆円必要ということになります。年間に平均百億円のビジネスが数百件並行で流れれば実現可能という計算です。これはあまりにも非現実的であるように私には思えます。目先は大手数社から数百億円規模の商談をもらって、2030年に年間2~3千億円の売上というのが妥当な線ではないのかと思います。ちなみにラピダスの売上目標は2030年で1兆円超と挑戦的ですが、これでも投資回収には足りないように思えます。
それにラピダスのビジネスは2nmで終わりではありません。今後1.4nm、1nmと続いていきます。その間にビッグ3からの遅れを取り戻していき、1nmではTSMCと半年差まで詰め寄る目標だと言います。しかし世代を進めるたびに兆円単位の追加投資が必要になっていくでしょうし、4世代先の0.5nmからはトランジスタ構造がCFETに変わると目されていて、さらに追加投資の金額が増えることが予想されます。10年以上の長期にわたって数兆円の借金を抱え続けることを許されるような、鷹揚な環境があれば良いのですが。
ラピダスへの民間からの出資は、2026年2月の時点で32社から1676億円と報じられています。必要な投資額に全く足りません。政府の強力な後押しがありながら出資がなかなか進まないのは、将来への懸念の強さの表れと思います。
2nmの量産化は2027年の後半に開始し、本格量産は2028年と伝えられています。2025年の7月にはトランジスタの動作を確認しました。しかしそれから1年余りを経て、技術者たちの懸命な努力によってもまだ、良品チップが取れていないと聞きました。1年後には量産が控えているのに、歩留まりを云々する状況にさえありません。技術が確立できていない以上は顧客の付きようがありませんから、ここから1年が正念場となりそうです。もし年内に良品チップができなければ、来年早々にはビジネスの大幅見直しがなされるかも知れません。
以上、ラピダスのビジネス性に関する懸念を述べてきました。ラピダスが失敗し倒産すれば、つぎ込んだ数兆円のお金が無駄になるかも知れません。それでも技術や人材として後世に残るものもあるでしょうから、挑戦したことに意味はあるに違いありません。むしろ私が心配する最悪の事態は、原発や辺野古の基地のように「失敗を認めてやめることさえもできない」状態になることです。これに関しては、別の機会に述べたいと思います。
2026年 8月11日