第33回 手段としてのハラスメント


 いま世間には、「〇〇ハラスメント」という言葉が大量にあふれていて、何だかよく分からないと思っている方が多いのではないかと思います。セクハラやパワハラは分かるとして、マタハラ(マタニティ・ハラスメント)やカスハラ(カスタマー・ハラスメント)も近頃はよく聞くようになりました。でもそれ以外となると、何の略だかわからないものが大量に生まれています。最近ではハラハラ(ハラスメント・ハラスメント)というのさえあります。

 実はこれは日本特有の現象と言われています。日本では、カタカナ4文字で略す言葉が多く、また4文字で略すことのできた言葉は広く拡散され定着されやすいそうです。だから〇〇ハラという言葉が、どんどん考案されて増えて行ったということなのだろうと思います。こうした大量の〇〇ハラが林立することで、かえって混乱を招いているようにも見えます。海外では「モラル・ハラスメント」という、もっと本質的な概念をもとに包括的な定義をした言葉があります。しかし日本では、現象の一部を切り取ったパワハラという言葉が他に先んじて作られ、広く普及してしまったことが、そもそものボタンの掛け違えだったのかも知れません。

 セクハラやパワハラなどが望ましくない行為として認識されていった2000年代には、どんな行為がアウトで、どこまでならセーフかといった内容の本もよく見かけました。だけど、こんなに〇〇ハラが増えてしまっては、もう覚えようがないと嘆く声も聞こえてきそうです。そうは言っても、すでに大量の言葉が生まれてしまったからには、これらをハラスメントの起きる機会の多様性を表すものとして、一通り概観しておくのが適当だろうと私は思います。そして重要なのは、これらに共通するハラスメントの本質を理解することに違いありません。

 ハラスメントとは(少なくとも被害を受ける側にとっては)暴力の行使であり、そこには加害者が自覚しているにしろ、していないにしろ、目的があります。その目的は、相手に肉体的・精神的な不快を与えることで、ちょっとした快感を得ようとする些末なものであることもあれば、暴力を伴う言動によって相手の心を支配して、中長期期に自らが望むような行動を取らせると言ったこともあります。 

 いずれにしても、ハラスメントの発現は、直接的には個人の言動によっています。では、職場で起きるハラスメントは、多数のまともな社員に混じって、一部の「けしからん」個人が問題行動をするから起きるものなのでしょうか。

 それは違うと私は考えています。ハラスメントには、もちろん個人が勝手に行うものも多々ありますが、しかし企業が組織的に行うもの、または利用するものもあり、さらにそうした個人や企業の行動を促す社会状況や、歴史的・文化的背景があるものと見ています。これを模式的に描くと、以下の図になります。


  


 上図では、左側に行くほど個人的な要因の強いハラスメント、右側に行くほど組織・社会的に構造化されたハラスメントとしています。具体例として、セクハラなどは一般には個人が勝手に行うことが多く、企業としては生産性を落とす迷惑行為として、懲戒などの厳しい処罰を行うのが現在では通例となっています。

 しかしこれも相対的なものであることを付記しておきます。現在の若い方には信じられないかも知れませんが、少し以前までは企業内で公然とセクハラが行われることさえありました。ジャーナリストである斎藤貴男さんが、さる大手不動産会社で1999年に行われていた忘年会でのセクハラの模様を伝えています。そこでは、男女が二人三脚で肩を組んで、ひとつのパンを両側から食べていく「パン食い競争」や、男女が交互に並んで女性の前後を男性が挟む格好でする「むかで競争」などが行われていたと言います。90年代の当時はまだ、コミュニケーションの活性化にはスキンシップも大切とか、職場の潤滑油とか言った言葉でセクハラ行為が正当化され、むしろ男性社員のロイヤルティを高める手段とも認識されていました。

 また、女性をそのように扱っていいとする文化的背景が色濃く残っていたこともあったと思います。そうした風潮は、素直にセクハラを受け入れない者に対して集団で冷淡な態度を取るといった二次被害を生む温床となったり、黙認させたり泣き寝入りをさせる圧力となっていたに違いありません。

 セクハラに比べるとパワハラは必ずしも個人的要因ばかりとは言えなくなります。もちろん、個人が勝手に特定社員をいじめるのであれば、やはり生産性を落とす行為として社内では厳しく処罰されます。しかしパワハラは指導の名のもとに行われることもあります。さらに、リストラなどに関連して企業がパワハラを利用するという側面もあることは、被害を直接受けたり目撃したことのある方であれば、よくご存じかと思います。

 リストラの個人面談の席で行われる退職強要などは、もはや個人レベルを超えた企業による組織的なハラスメントです。執拗に繰り返される面談の中で、「あなたの仕事はない」、「成果が出ていない」、「降格になる」、「大幅に賃金が下がる」と繰り返され、精神的に追い詰めるような言動の被害は、おそらく一般に理解されているよりもずっと深刻です。電機・情報ユニオンには、このような退職強要面談の被害を受けた方が各企業から多数相談に来ています。被害を受けた方の大半はメンタル面で相当なダメージを受けていて、うつ病などで休職を余儀なくされるケースも多いのが実態です。

 会社主導の退職強要面談は、面談をする側の管理職へのハラスメントでもあることを忘れてはいけません。会社によっては、部下を退職させた管理職にいくばくかのお金を出した例もあるという話を聞きました。もし事実であれば、管理職にお金を受け取らせることで心を汚して、加害者側に組み入れようとする意図かと思います。その陰惨さに心底嫌気が差します。

 さて、上図では一番右に「賃金格差(経済的ハラスメントなど)」を示しました。これなどは、会社の人事制度を通じたハラスメント行為と呼ぶべきものです。例えばルネサスの今年の賃金制度改定のように、たった2年の評価をもとに基本給の改定を行い、年収が数十万円から百万円を超える減額を行うというのは異常であり、経済的な暴力であると認識します。(注1)特定の社員に対してのみ行う事実上の指名解雇はもちろん、そのようにして会社からの排除の可能性を示すことで、これまでのキャリアと無関係の部署への異動とか、降格や劇的な賃下げ、PIPの強制を迫るようなことも、人事制度を使った会社主導のハラスメントと疑います。(注2)

2026年 7月21日

注1) ルネサス懇では、はなはだしい収入減となるなどの人事施策を「経済的ハラスメント」と呼んで、過去からビラ等で追及しています。経済的ハラスメントという言葉自体は、家庭の中で行われるドメスティック・バイオレンスの一種(稼ぎ主が配偶者などにお金を渡さないと言った行為)を指すことがあります。しかし社員を経済的に追い詰めるやり方には、経済的ハラスメントという表現が適当と思うことや、特に混同のおそれはないものと思われることから、今後もこの表現を使用していきます。

注2) こうした経営主導のハラスメントは日本に特有という訳ではありません。2010年頃にフランステレコム社で実行されたリストラでは、部署の閉鎖、遠隔地への理不尽な配置転換と異動を拒否した社員の降格、仕事を取り上げるなどの精神的な嫌がらせを行い、全従業員の1割にあたる2万2千人を退職させ、また2年間に35名の自殺者を出したと言います。この事件では、経営者がモラル・ハラスメントで訴追されています。
 しかしフランステレコム社でのリストラ施策というのは、まさにルネサスで行われたことと非常によく似ていることから、ルネサスで繰り返し行われてきたリストラもまた、グローバルな視点からモラル・ハラスメントに該当するものとの強い疑いを抱きます。


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ルネサス懇