第32回 いじめ中毒と増幅する怒り


 近年、どこの会社でもパワハラ対策が必須となって、パワハラやその他のハラスメントについても認識が広がってきた様に思います。とはいえ、会社におけるメンタルヘルス対策の面では、パワハラが原因でうつ病になったケースで治療の対象と認識されるのは、被害を受けてうつ病になった側の方のみで、パワハラをした加害側のメンタルの問題については、相対的に議論が足りていないように思われます。

 職場で起きるパワハラなどは、大抵の場合、会社が割って入らない限り解決しません。それはこの手のハラスメントというのが、ある種の行動の傾向または癖のようなもので、往々にして長年の繰り返しの中で行動様式としてパターン化してしまうものであるために、放っておいて解消するどころか、ますます悪化して行きやすいものだからです。タイトルの「いじめ中毒」という言葉は、もう30年以上も以前に私が勝手に作ったものです。いじめやハラスメントには中毒症状とも言える習慣性があると、当時の私には何となく見えたからですが、現在ではもう常識になってきているようです。(注1)

 また、そもそも、いじめやハラスメントと言うのは、暴力を伴う言動によって相手を支配し、自らが望むような行動を取らせる手段とするものです。その目的は、相手に肉体的・精神的苦痛を与えるその刹那から、ちょっとした優越感をかすめ取っていくようなこともあれば、完全に相手を服従させ支配下に置くことである場合もあると思います。本来であれば、こんな犯罪的なことは「悪」だと認識するのが普通のように思えます。でも人は自分が悪だと本気で思うことがなかなかできません。ではどうなるのか。

 職場のパワハラに限って言えば、こうした状況への心理的な適応の仕方として、仕事上必要な「指導」をしたことにしてしまうといった事が考えられます。(日本の現在の法律では)指導に必要ならパワハラではないというのも、こうした適応の余地を高めています。一例をあげるとこんな感じです。

 「職場の部下の仕事ぶりがうまくなくて、見ていてもどかしく、イライラしはじめ、やがて腹が立ち、ついきつく叱責してしまったとします。指導で必要だったとはいえ、多少言い方がきつかったかも知れないので、そこは反省です。ところが、しばらく見ていたら、また部下に同じ不手際があるではないですか。先日注意し、指導したのに、何をやっているのかとまた怒りが沸き起こりました。そこで更に激しく叱責します。こうして前回以上にきつく叱ってしまいました。でも、言っても直らない部下も悪いのです。そう思ったら、ますます腹が立って来ました。こんなに腹が立つのだから、よほど部下に問題がなければなりません。つまり問題があるに違いありせん。そう思うと、ますます部下の欠点が見えてきました。腹が立つのも当然です。ならばここは上司として指導しないといけません。きっと厳しさがまだまだ足りないのでしょう。そこでもっと厳しく叱ることにしました。前回よりもっと厳しく叱ってしまいました。」・・・とこれが延々と続いていくとき、この上司の心は、サイクロトロンのような怒りの増幅回路に入り込み、どんどん怒りを増していくことになります。

 最近ルネサスでは、「INSANITY」という言葉で社員に注意を呼び掛けています。この言葉は「狂気」といった意味ですが、同じ行動をして違う結果を期待するような馬鹿げたことをしていてはいけないという戒めを社員に促す言葉として使われています。失敗をしたら、原因となった行動を改めなくてはいけないと言うことです。

 これは指導にも当てはまるものです。「何度言ったら解るのだ」というのは、昔から親や教師や上司など、教育指導する側にあるものが口にする常套句ですが、言われる側からすれば実に迷惑で無意味なことがほとんどだと思います。言っても解らないからと、さらに罵倒を繰り返したり、あきらめて無視や指導放棄や低い成績を付けるなどの別のハラスメントに移る前に、なぜうまく行かないのかを考えるべきなのでしょう。(注2)
 
 「第7回 怒りの根源について」で述べたように、私たちにとって自分の怒りがどこから来るのかを知ることはとても重要なことです。繰り返しますが、たとえ相手に非があったとしても、怒りの感情の沸き起こる理由は自分自身にあります。怒りを覚えた自分を客観的に見つめ、その理由は何だったのだろうかと自省しない限り、私たちはこうした感情の増幅回路に容易に入り込んでしまいかねません。そして、「指導のため必要」など、ハラスメントを合理化する理由を見つけて、相手を厳しく叱っても構わない者、罵倒されて当然の者、ついには罰を受けるにふさわしい者に仕立て上げていくこともあると思われます。ですから、パワハラを繰り返す者の方がむしろ、被害者以上に心のケアを必要としているのではないかと私は考えています。

2026年 7月11日

注1) 加藤俊徳著「いじめ脳 脳科学が解き明かす「メカニズム」と「対処法」(2026年2月15日)SB新書」では、以下のようにいじめの中毒性について言及しています。
「いじめは中毒性が高いとも言えます。相手を自分の支配下に置いているという満足、安心、征服感、これらを総合した快感の中毒になっている。その快感に慣れるほどに、より強い刺激を求めてエスカレートしやすいのです。(109-110頁)」

注2) もちろんこれは、社員に対する間引きのようなリストラ、これまでのキャリアと無関係の部署への異動、低評価による一時金の大幅減額、PIPの強制、降格、降給など、「奮起を促すため」などの言葉で正当化されて行われる人事制度を使ったハラスメントにも当てはまるものです。


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