第30回 ラピダスをどう見たら良いのか(3)


 第25回の続きです。

 前回までは、ラピダスの技術的実現性にフォーカスして、懸念される点を述べました。そこで今回は、ビジネス性の方に目を向けてみたいと思います。ラピダスの目指すプロセスノード2nmは、お金と時間をかけることができれば、技術的には実現可能だろうと私個人は思います。むしろより困難なのは、ビジネスとして会社経営が成り立つかどうかだと思います。

 ラピダスについて記述した書籍は何冊もありますが、特に今回参照したのが「半導体超進化論 -世界を制する技術の未来-」です。

              

 著者は先端システム技術研究組合(RaaS)理事長などを務め日本の先端半導体をリードする一人である黒田忠弘東大名誉教授ですので、第三者が取材して書いたものではなく、本件に直接携わっている方が書いたものになります。とはいえ、実は本書を一回目に読んだ時には、初老のおじさんが風呂上りにガウン姿でワイングラス片手にする昔話に付き合わされているような気がして、何だか読みにくい本だという印象でした。しかしあらためて読み直してみると、ラピダスのコンセプトについて辻褄の合った解説をしている点で、類著よりも優れていると思いました。

 半導体は、基本的には微細加工技術の発達によって進化してきたのですが、集積度が上がるにしたがって、設計技術の改良も求められてきました。まさに半導体を使用したコンピュータによる設計の自動化の進展が、より高性能な半導体の実現を可能にして、さらに設計技術の高度化を促すという歴史でした。黒田教授は、この歴史において汎用品と専用品の波が交互に来たと解説していて、微細加工技術の方がリードした時期は汎用品が栄え、設計技術が進歩した時期は専用品が栄えるという関係だったと述べています。

 現在、トランジスタの集積度は100億個を超える段階に来ていますが、これほどの大規模な半導体を必要とする用途や、それを設計できる企業は、ごく限られている様です。2nmレベルの半導体は、NVIDIAやGAFAなどの超巨大企業からの委託による超大量生産が行われているのみで、まったくの寡占状態にあると言えそうです。

 そこで著者は、設計のハードルを下げて、もっと多くの人が半導体の設計に参加できるようになれば良いと言います。これを著者は「民主化」と言っています。(民主化という言葉を本来の意味ではなく、「幅広くみんなが使える状態」というイメージを表現する言葉として使っているようです。しかし半導体がいま世界の政治経済に与えている重大な影響をかんがみれば、この民主化という概念はもっと慎重に考える必要があると私は思います。これについては、後日改めて書きたいと思います。)

 では設計の「民主化」はどうやって実現するのでしょうか。著者は、最近のAI技術を使った「シリコンコンパイラー」によってそれを実現すると言います。半導体の設計には、論理設計や回路設計やレイアウト設計などがありますが、これらをひとまとめにしたものがシリコンコンパイラーです。これによって設計を省力化、かつ高速化し、より多くの設計者が専用チップの開発に関われるようになると言うことです。

 要約すれば、近い将来AIの進歩により設計技術が劇的に進歩する可能性があり、そうなると2nmという最先端のプロセスを使った超高集積の半導体の設計が容易化し、巨大企業だけでなく、もっと小規模の資本でも参加可能になって、半導体の使われ方が変わる可能性があると言ったところだと思います。そのような未来のことを、半導体と設計者との共進化=超進化と呼び、本書のタイトルともなっています。

 つまりラピダスの成功の鍵となるゲームチェンジのポイントとしては、トランジスタ構造が従来のFinFET(フィン・フェット)からGAA(ゲート・オール・アラウンド)に代わることと、設計技術の急激な進歩の両方があることになります。この流れにうまく乗って、中小規模の顧客が最先端の半導体技術の恩恵に浴せるよう広く門戸を開くことで、新たなビジネスモデルを確立して行けば、TSMCとは違った市場を獲得できると考えられているものと理解しました。著者は言います。

 「新たなゲームが始まる2nmから返り咲き、メガファウンドリと戦うのではなく、彼らが拾いきれなかった少量生産を引き受けるという戦略は、市場からも受け入れられるのではないか。」

 なるほどとも思いますが、何か引っかかります。どこか重要な視点が欠落しているような気がするのです。

 私自身が半導体企業に数十年にわたって勤める間には、上り調子の時もあれば下り坂の時期もありました。特に下り坂の時期には、事業部長クラスが「チリも積もれば山となる」と掛け声を発し、小口の商談でも取りに行けとハッパをかけたことが何度もありました。しかし実際にチリが積もって山になったという記憶がありません。

 むしろ、商談獲得を最優先にするあまり顧客の御用聞きのようになってしまい、さまざまな仕様や要求に合わせたために、パッケージの種類が増える、資材の種類が増える、自社工場では生産できないものを委託するOSが増える、スペックが厳しく歩留が悪い、特殊な検査や工程管理、包装仕様や出荷形態、製造データ提出などを求められるなどから、原価率を悪化させることになりました。のみならず、始めから原価割れの不採算商談ということさえもありました。(現在では信じられないかも知れませんが、「工場の稼働損を出さないため」、「トップメーカーに食い込むため」、「量産開始後に原価低減を行い黒字化する」といった言い訳がされていました。)

 不採算となるような製品は、裏返せば顧客にとってはお買い得な製品でもありますから、集約に応じていただくのが難しかったりします。ルネサスでは2010年代に、切羽詰まって多数の不採算製品をEOLにしましたが、これら負の遺産の後遺症は現在でもまだ残っています。

       


 ラピダスが今後、莫大な先行投資を回収しなければならないとの圧力にさらされたとき、これらの轍を踏まない保障はあるのだろうかと思います。

 これ以外にも、そもそも2nmを必要とする顧客や用途がどのくらいあるのか、同じビジネスモデルで2nm以外のプロセスではだめなのか、設計まで考慮したとき競合他社との競争優位はあるのかなどに疑問が湧きますが、今回はここまで。続きは次回です。

2026年 6月11日





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