第29回 社会を健全化する賃金とは
前回、苛烈さを増す黒字リストラの例として、オムロンのように利益を上回る株主配当を出しながら、その裏で人員削減をしている会社があることなどを言いました。この構造をもう少し丁寧に見ると、会社は社員や設備投資や研究開発にお金を使う以上に、株主を儲けさせることにお金を使っているではないかと言うことです。(注1)会社の本業を成長させるよりも、株式の時価総額という「見た目」を膨らませることを優先している様に思えます。各企業がこぞって、このような競争に明け暮れるようになれば、実体経済の成長をよそに架空経済が異常に膨張していくことになりかねません。
社会を健全化するという観点から言えば、こうして架空経済に逃げていく大量のお金を、何とか実体経済につなぎとめておく必要があります。特に賃金という点に絞れば、私たちみんなが生活に必要な額(生活賃金)を受け取れることが第一優先になります。
生活賃金が必要だという話は、「第13回 ケア労働の対価は誰が払うべきなのか」において、人権という観点からすでに述べました。あらためて繰り返しますと、法務省が2021年にまとめた「今企業に求められる『ビジネスと人権』への対応」では、「使用者が法律で定める最低賃金額に関わらず、労働者とその家族が基本的ニーズを満たすために十分な賃金(生活賃金)の支払いを行わないこと」を人権に関するリスクとしています。つまり企業は、法定最低賃金を守ってさえいれば良いということではなく、家族構成や社会環境に適合するような水準の賃金を払わないのなら人権侵害の疑いがあることになります。
実は生活賃金の保障は、人権という観点のみならず、経済を健全なものに保つという観点からも必要なのです。生活賃金がきちんと支払われれば、それは生活に必要な物資やサービスを購入するのに使われます。そのようにして、まず第一に私たちの生活の必要を満たすことができます。このような購買行動によって生活に必要な物資やサービスの需要も増えますから、それらを生産する産業が発展し、より品質の良いものがより安く買えるようになっていきます。こうして産業が発展すれば、雇用の拡大や賃金の上昇にもつながる好循環が生まれます。もっとも無駄の無い、真水の経済対策だと言えます。

経済はお金の巡るところで発展するというのが大原則です。だからこそ、私たちの生活にとって一番大事なところにお金が行きわたることこそ重要なのです。
現在の日本の最低賃金は全国平均で時給1121円となっています。今年度は1200円近くまで引き上げられるのではないかとの見方がありますが、いずれにしてもまだまだ低水準です。2015年に最低賃金1500円を求める運動が全国的に広がってからすでに10年以上が経過しています。当時(2015~17年)に行われた生計費の調査からも、1500円というのが最低生計費に相当することが確認されていました。しかしそれから10年近くが経過し、その間に消費者物価の上昇がありましたから、現在は1500円でも不足しています。昨年の調査では1700円から1900円が最低生計費と計算されました。「いますぐ1700円」が求められているのです。(注2)
生計費調査は、かなり前から電機連合でも行っています。労働組合から調査協力のメールを受け取ったことのある方も多いと思います。この電機連合の調査自体はすばらしいのですが、春闘における実際の要求となると、18歳見合いの最低賃金改善を掲げる程度で、生計費調査結果を十分に反映した要求になっているのかについて大いに疑問があります。
そもそも日本の法定最低賃金の金額が絶対的に低いのですから、各企業においては、法律に違反しなければ良いという消極的な対応ではなく、自社にふさわしい賃金水準という観点から、自主的な引き上げが検討されて然るべきと思います。
2026年 5月31日
注1)例えば5月27日付けの読売新聞オンラインの記事「企業利益は『戦略的に成長投資へ』、政府新指針の全容判明…「自社株買い」優先の日本企業にバランス求める」などでは、政府の成長投資ガイダンスでもこの点を指摘していると言います。曰く「日本企業の売上高に占める成長投資の比率は17・7%と、欧米の半分程度にとどまる。投資よりも自社株買いなどを優先する企業が多いことが一因とされ、指針では『中長期的には企業価値を毀損(きそん)する結果となり得る』と明示。『投資により収益を上げて、株主還元を行う姿勢が重要」』と指摘する。」
注2)日本の労働組合のナショナルセンターとして連合に次ぐ規模の全労連では、要求を「最低賃金いますぐ1700円以上」に改めています。