第20回 ラピダスをどう見たら良いのか(1)


 昨年の秋から年末にかけて、世界の先端半導体企業ビッグ3であるTSMC、サムスン、インテルが、相次いで最先端の2nmの半導体を量産開始したというニュースがありました。2026年現在、わずか3社しか関わることの出来ていない最先端半導体開発に、日本からラピダスが加わろうとしています。

 2022年8月に設立したラピダスは、日本政府(NEDO)が700億円を出資し、見た目は民間企業でも事実上の官製企業(社員は準公務員の扱い)としてスタートしました。発足時に日本経済新聞が「ラピダスが2025年に『2ナノ品』の量産を計画するTSMCなど世界大手に迫り、日本の半導体産業の復活を目指す」と強調したことに象徴されるように、一度は先端半導体の開発から脱落した日本がもう一度世界のトップランナーに追いつくことができるかどうかに、大きな注目と期待が集まっています。

 しかしラピダスには、いくつかの点で懸念を覚えます。それは、技術的な観点からもビジネス性という観点からも実現が困難ではないかということと、会社の設立の経緯や業態から来る”将来どうなるのか”という不安です。今回と次回(第25回)は、主に技術的な困難性について感じるところを少し述べたいと思います。(なお、文中に半導体関連用語が多数出てきますが、それらの解説は省略します。)

 ここ数年の間に刊行された半導体関連の著作の中には、ラピダスの技術的な困難性について「関係者から耳にタコができるくらい聞いた」とばかりに、あたかも古い考えに固執する頭の固い専門家が出来ない理由を並べ立ててチャレンジを阻んでいると言いたげな記述も見られます。しかし技術的困難性は、そのような印象操作めいた「強気」な気分に載せられて、「弱気」な人たちを笑って済ませるような安易なものでは決してないだろうと思っています。何より数兆円単位の国家予算を投入する巨大プロジェクトの根幹を為す事業であるからには、国民の疑問に対して真摯に答えていく義務があるだろうと思います。

 日本の先端半導体の開発は、プレーナ型トランジスタからFinFET(フィン・フェット)型トランジスタへと主役が交代した2000年代の後半から2010年代の前半にかけて各企業が撤退し、以来15年余、世界最先端の技術ノード2nmの半導体は、8~9世代も先に行ってしまっています。少なくとも自前の技術でいきなり最先端に躍り出るのはほぼ不可能でした。

 ではどうするのかという疑問への回答として、ラピダスはIBMから技術供与を受けるのだと説明されました。IBMは半導体を外販しないために売上ランキングには載らないのですが、企業として優れた技術を保有していることが関係者の間では昔から知られていました。(注1)そのIBMが2021年に実験室のレベルとはいえ2nmの開発を成功させていて、米国内またはアメリカの同盟国において事業化してくれる企業を捜していたと言います。しかし日米の既存の企業では受け入れるところが無く(注2)、また韓国のサムスンは技術はあるものの中国国内に工場展開しているなど中国との関係に疑念を持たれたことから除外され、既存企業の受け入れ先が見つかりませんでした。そこで日本で新たな会社を立ち上げることが望まれた結果、誕生したのがラピダスでした。

 IBMの協力(注3)だけではありません。日本国内ではラピダスや産総研が主体となって、産官学の連携を目的とした研究機関LSTC(技術研究組合最先端半導体技術センター)が2022年に設立されました。このLSTCは、アメリカのNSTC(ナショナル・セミコンダクター・テクノロジー・センター)と連携して2nm半導体に必要な設計、製造、材料技術などを研究開発するものとされています。振り返れば、半世紀前の1976年に、超LSI技術研究組合で企業横断的な研究開発を行った成果として日本の半導体が大きく飛躍し、対抗してアメリカがSEMATECH(セマテック)を1987年に設立して再び優位に立ったという経緯があり、いま日米が深いレベルで共同研究を推し進めようとしていることに歴史の変遷を感じます。

 さて、最先端2nmの半導体プロセスにおいて最重要なのが、ASML社のEUV(極端紫外線)露光装置であることは間違いないようです。過去、半導体産業は装置産業と言われた時期がありました。しかし現在は少なくとも、このEUV露光装置を買って来さえすれば最先端半導体ができるということではないようです。TSMCは莫大な開発コストをかけて膨大な回数の試作を繰り返すことで技術を確立していったと言います。これに対しライバルのインテルは、EUV露光装置への切り替えの遅れ、ファウンドリー事業の不振、CPUと製造の“2本足打法“による資本の分散に加え、AMDの猛追などに遭って経営が悪化したことから、製造技術の確立に十分な資本を投下できなかったことが、TSMCの後塵を拝する原因になった模様です。

 2023年4月には、ラピダスからIBMおよびimec(アイメック:世界中の半導体企業・研究者らが集まる機関でベルギーにある)へ、技術者の第一陣を派遣したと報じられています。日本の技術者が最先端の技術を学ぶ機会を得たことは良いとしても、EUV露光装置を使いこなして量産レベルに耐えるだけの歩留と安定性を確保できるかというのは、将来のとても大きな課題です。現時点では経験も足りないでしょうし、サムスンやインテルでさえこんなに苦労しているのは、露光機の”練習”だけでも莫大な費用が必要だからではないでしょうか。

 また、露光機を使いこなす以外にも、無数の技術的蓄積が無ければ最先端の半導体製造は無理ではないかという見方が当然あります。これに対してラピダスの関係者は、最先端2nmのトランジスタ構造が従来のFinFETからGAA(ゲート・オール・アラウンド)に代わるから、まさにここが新規参入のチャンスだと言います。しかしそもそもGAAと言うのが簡単ではなく、サムスンは3nmのGAA開発で苦しんだと言われます。TSMCはGAAの難しさから3nmまでをFinFETでしのぎ、昨秋量産化した2nmからGAAを採用していると言います。一方ラピダスは、昨年の7月にGAAのトランジスタ動作を確認したと発表しました。2024年12月の装置搬入から半年余りですから決して遅くはないのですが、全体の開発状況がビッグ3より遅れていることは否めません。

 私自身は最先端の半導体製造プロセスについてほぼ全く知りません。だからあくまで今から30年くらい前の製造プロセスからの想像ですが、少なくとも単体トランジスタの動作と集積回路としての動作は別物なはずです。昔であれば、トランジスタ等の素子特性確認用の「素子TEG(テグ=テスト・エレメント・グループ)」のあとに、回路動作を検証する「回路TEG」と言うものを造りました。素子ができても回路がきちんと動作するとは限らないからです。さらに製品になってはじめて顕在化する不具合というのも、ごく当たり前にありました。微細加工がサブミクロン(数百nm)のオーダーだった当時の半導体の試作では、いろいろな理由によって机上の検討では判らない現象が起きたものです。

 まずフォトレジストからして、ゲル状態の表面張力などで孤立配線が寸断したり、隣接する配線がショートしたり、コーナーが丸まったりといった形状の変化がどうしても起きます。アレイ状(同一のパターンが規則正しく多数並ぶ状態)のパターンなら、その中心付近と周辺でも変わってきます。露光による像のゆがみも、ショットの中心と周辺で異なりますし、アラインメントずれというのも大なり小なり発生します。イオン注入や熱処理後の不純物プロファイルはそもそも正規分布のようなばらつきが出ますし、ドライエッチングならウェハーに対し同心円状のばらつきが出ます。資材や薬液のロット差と経時的変化や劣化、装置の状態の違い、号機差、思わぬところから発生する汚染、ゴミの影響など、加工形状や寸法に影響するばらつき要素はたくさんありました。回路設計やレイアウト設計でも、設計上弱いところというのはあったし、例えば上層のパターンの有無などによっても特性は変わるとか、隣接した素子を使わないと相対精度が取れないなんてこともありました。しかもこれに加えて、電池効果による腐食、不純物や結晶欠陥の影響、トンネル効果や界面の状態の影響もあったりなどなど、30年前のプロセスでさえ極めて難しかったように思います。そのような訳で、現在の原子が数十個というオーダーになってきている微細加工の世界で、単体トランジスタが動作したというだけでは、まだまだ先は長いと思えてしまいます。本当に2027年中に量産開始できるのか心配せざるを得ないのですが、実際のところ進捗はどうなっているのでしょうか。

 技術の仕事を大ざっぱに分けると、研究開発をして技術的知見の積み上げに貢献する仕事と、積み上げられた知見を学んで活かす仕事に大別されます。後者は幅広い技術的知識による定性的な理解が中心で、社内であればいわゆる”手配師”の仕事とか、設計業務の過半数や、信頼性品質管理や量産技術などが該当します。一方で前者はいかに定性的な現象を定量的な理解へと変えていけるかが重要で、そのために仮説を立てて実験や試作を繰り返していきます。さまざまな現象が複雑に絡み合う半導体の世界では、実験から得られた大量のデータをAIで解析して開発スピードを上げるという方法が取られるようになっていると言います。

 TSMCは大学院卒を中心に毎年1000人規模の技術系社員を採用していると聞きました。大量に技術者を投入し、人海戦術で開発をしているのではないかと想像します。一方のラピダスは社員総数がやっと1000人を超えたばかりです。ラピダスのサイトを見ると、「Raads(Rapidus AI-Agentic Design Solutions)を活用して製造過程で得られる様々なデータをAIで解析し、それをファブレスのお客様に共有することで設計の最適化をスピーディに行うことを目指します」と書かれているのですが、そのデータについては、”ウェハーを1枚単位で処理する枚葉プロセスを採用することで大量のデータ収集が可能になる”とされていて、どうも規模感が大きく異なるように思えてしまいます。

 半導体開発は2nmで終わりではなく、その先には1.4nm、1.0nmが控えています。「最先端半導体を周回遅れで実現」という、何だかよく分からないようなことにならなければいいと思います。 

2026年 2月21日

注1)1990年頃まで、日本の半導体企業は世界のトップ10に何社もランクインするほど、一見してこの業界を席巻していました。その絶頂にうかれて油断した結果脱落したのだと思う人もいるかも知れませんが、当時の技術開発者はIBMこそは優れた技術を持った企業であると尊敬の念を抱きつつ、決して自分たちが1番だとは思っていなかったというのが私の記憶です。

注2)この打診はルネサスにも来ましたが、事業形態と合わないため断ったと言われています。

注3)協力と書きましたが、IBMへライセンス料は支払います。



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ルネサス懇