第18回 たくさん稼ぐ人が偉いのか



 もう30年以上前のことですので、おぼろげな記憶ですが、とある政治学者を自称するタレント学者が、政党から政界への出馬を要請された際に、「おれの年収は〇千万円だ」と言い放ち、収入が保証されないことを理由に断ったことがあったように思います。この学者はまた、稼いでいるお金の額の多い少ないによって、その人が仕事をしているかどうかを決めつけるような発言もしていました。この学者の例は極端としても、大金を稼いでいる人を偉いと見なし、収入の少ない人を蔑視する傾向は昔からありました。

 それが大きく見直されるきっかけとなったのがコロナ禍だったと思います。なぜなら、コロナ禍でエッセンシャルワーカーと呼ばれる人たちが非常に注目を集めたからです。エッセンシャルワーカーとは、私たちの生活に欠かせない仕事をする人たちのことを言います。医療や介護や福祉に関わる仕事をされている方々、それに教育や保育関係、その他の公務員、トラック輸送などの物流や宅配の配達員まで多様な職種が含まれます。ところが、コロナ禍では医療従事者が命の危険さえ伴う環境で長時間過密労働をせざるを得ない状況になりながら、ボーナスさえも支給されないというニュースがありました。介護や保育関係者の多くや宅配の配達員に至っては、もとから最低賃金に近い収入しか得ていません。社会でもっとも必要とされる人たちの多くが、平均よりも低い賃金しか受け取っていないことに改めて気づかされることになりました。

 コロナ禍においては、企業に「K字回復」と言われる現象が見られました。他人との物理的な接触を避け、自宅待機を求められたことなどから、私たちの生活様式に劇的な変化があったために、需要が急増して業績を著しく伸ばした産業と、需要急減で業績が悪化した産業の両極端に分かれて行ったことを表現したものです。その結果として、例えば半導体産業のように業績が爆発的に上がった企業のCEOなどには、もともとの高額報酬をさらに上積みする傾向も見られました。そしてこのことが、エッセンシャルワーカーの低賃金と激しいコントラストをなしていました。

 ルネサスの柴田CEOの2023年度の役員報酬は、株式を含めて16億円に達し、2024年度も10億円を超えました。企業のCEOが10億円やそれ以上の大金を稼げるようになった原因はいくつかありそうです。トマ・ピケティの「21世紀の資本」では、CEOの高額報酬が「良い仕事」の対価であるとする根拠の不確かさを指摘しています。むしろ、外的な要因で企業業績が上がったときに高額報酬を得る「ツキ」の要素の方が大きいと言う研究もあると言います。同書には、かつての貴族社会では世襲で得た地位と権力によって貴族が莫大な富を独占していたのに対し、少なくとも資本主義社会のCEOは働いて稼いでいるのだから、昔の貴族と同じくらい格差があっても許されるはずだとの思いがあったとのエピソードなども書かれています。

 そもそもCEOの高額報酬は誰が決めているのでしょうか。企業収益から株主に多額の還元をするCEOは、株主にとって実に都合の良い存在であり、その見返りとして高額報酬を与えるという共生の構造があることは見逃せません。もはや純粋な労働の対価とはほど遠いどころか、労働者の賃金の一部をピンハネして株主に渡すお礼に、その一部を自分のポケットに入れていると言っても誤りではないかも知れません。

 以上から、少なくとも社会全体を見渡す限りにおいて、私たちの得ている賃金・報酬の額は、どれだけ社会に対して有益な仕事をしたかを測る指標とは言えないことが分かると思います。それでも私たちは、そのようなマクロの視点を忘れた途端に、「たくさん稼いだ人は、相応の努力をした偉い人である」との思いを無意識に受け入れてしまっていないでしょうか。そのような方向に行きやすい心理については、また機会を改めて考えてみることにします。ただ、このような見なし方は、裏を返せば「収入の少ない人たちは努力の足りないダメな人たちであり、貧しいのは自己責任の結果である」となってしまいます。私たちの社会を支える無数のエッセンシャルワーカーの姿を思い浮かべれば、それが現実からかなり乖離した偏見であることは明らかと思います。

 エッセンシャルワーカーの賃金が低い理由には、それらの多くが私たち人間を相手にする仕事だからだという面があります。つまり、私たちがいくら出せるかということが大いに関係しています。一般の人々の賃金が上がらず、格差が拡大し、一部の人だけが大金持ちになっていくのなら、私たちが払えるお金も相対的に減少していきます。それを補うために、税金や社会保障によって富める者から貧しい者へ還元するという仕組みがあるのですが、これも縮小していくとなれば、ますますエッセンシャルワーカーの受け取るお金も減り、私たちも満足なサービスを受けられなくなるということになります。(注1)

 ちなみに私たちの製造する半導体が多様な産業に不可欠なものであることから、半導体産業、特に製造や販売やスタッフなど、日々の運営に関わる仕事もまた、社会を根底から支えるという意味でエッセンシャルワークと呼んで良いと考えています。

2026年 1月31日

注1)最近の政党の公約では、「手取りを増やす」と言って税額を下げる等の施策を掲げるケースが見られますが、そもそも税金はさまざまな公共政策の財源であるとともに、所得移転(所得の再分配)という重要な機能もあるため、定性的には税収を減らすこと自体が多くの国民にとって貧しくなる道です。消費税のように逆進性(収入の少ない者にとってより重い負担となる)のある税金を減らすのは良いとしても、代替となる財源は累進性のある税金など応能負担の原則に基づいて確保するのが筋だと言えます。また、所得税の控除額を増やすのは逆進性の強い施策(所得税を多く払っている人ほど恩恵を受ける)であり、かつ税収自体を減らしてしまうため、やはり収入の少ない者にとって不利であることにも留意が必要と思います。


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