No.05  ブラックストーン

 
 タイトル  : ブラックストーン
 著者    : デビッド・キャリー&ジョン・E・モリス
 訳者    : 土方奈美
 出版社  : 東洋経済新報社
 ページ数 : 454ページ
 値段    : 2800円+消費税
 発行日  : 2011年12月22日
 


 <採点>

 読みやすさ  ★★★★☆
 分りやすさ  ★★★★☆
 勉強になる  ★★★★☆
 お値打ち度  ★★★★☆
 おススメ度   ★★★★☆
 危険度    ★★★☆☆

 <紹介文>

  2012年8月末、アメリカの大手ファンド会社であるKKR(コールバーグ・クラヴィス・ロバーツ)が、
 ルネサスへ1000億円の出資を検討しているとのニュースが飛び込んで来ました。KKRとは何者な
 のか。いわゆるハゲタカファンドと同じなのか違うのか。ルネサスをKKRはどうしようとしているのか。
 そうした疑念や不安を頂いた方は多いと思います。

  KKRのような存在は、一般に「プライベート・エクイティ・ファンド」と呼ばれます。したがってKKRを
 理解するためには、プライベート・エクイティ・ファンドを理解する必要がありそうです。幸い、昨年末に
 東洋経済新報社から、すばらしい「入門書」が刊行されましたので、ここに紹介いたします。それがこ
 の「ブラックストーン」です。

  金融商品には、大きく分けて負債(デット)と持分(エクイティ)があります。負債がいわゆる借金とし
 て将来の返済額が決まっているのに対し、エクイティは企業の業績などによって価値が変動するもの
 です。会社の株式などはエクイティに該当します。このエクイティに「プライベート」という形容詞が付く
 と、それは非公開株を意味します。つまりプライベート・エクイティ・ファンドとは、出資者からお金を集
 めて企業に出資し、株式を非公開化しながら企業を再建し、企業価値を高めて、株価が上がったとこ
 ろで売却して利益を得る形態のファンドを称するものです。

  ブラックストーンとはKKRと並ぶ同業界の大手で、本書はブラックストーンと、その創業者であるス
 ティーブ・シュワルツマンを巡るドラマを描いたものです。本書により、プライベート・エクイティ・ファン
 ドの誕生と変遷を知ることが出来ます。(例えば、初期の頃はLBO(レバレッジド・バイアウト)という
 手法によって僅かな自己資金で多額の買収をして莫大な利益を得ていたが、やがて出資した企業
 の価値を高めなければ利益を上げるのが難しくなって行ったことなど。)

  半導体業界とプライベート・エクイティ・ファンドとの関係では、ブラックストーンがルネサスのライバ
 ルであるフリースケール社を、KKRがフィリップスよりスピンアウトしたNXP社を買収した実績があり
 ます。両社ともファンドの買収を経て大規模なリストラを実行し、現在は復活の途上にあると言われ
 ています。半導体業界の場合は特に、企業再生には中長期的な視野に立ったプログラムの遂行が
 不可欠で、短いスパンでの利益を求める株式市場との折り合いを付けるのは難しいと考えられます。
 ファンドの下で株式を非公開化しながらリストラを進めた2社の例は、ある意味参考になるのではな
 いかと思います。

  ルネサスがKKRからの出資提案を受けたあとで、慌てた産業革新機構がKKRを上回る出資額の
 提案をしてきました。11月中の時点で、ルネサスとしては産業革新機構の提案を受ける可能性が濃
 厚であると報道されています。この動きには、ルネサスの顧客であるトヨタ、日産、パナソニック、キヤ
 ノンなどの大手国内製造業から出資を受ければ、今後も「下請け体質」から脱却できないのではない
 かとの批判があります。会社のグローバルな発展を目的とするのであれば、KKRの方が出資者とし
 て望ましいという考え方にも一理あると思います。しかし、プライベート・エクイティ・ファンドの目的が、
 あくまでも企業価値を高めて利益を上げることにあり、企業価値を高めるとは、すなわち企業を優秀
 な「金儲け機関」にすることを意味し、決して雇用や労働条件や取引先や地域の経済を守ることを目
 的としている訳ではない点についても考慮に入れなくてはならないと思います。

  社会に生きる人々にとって、企業の存在意義は、第一に本業によって社会に必要とされる商品を
 生み出す事で社会を豊かにすることにあり、ルネサスで言えば、良質な半導体を市場に届けること
 にあると考えています。第二には、事業活動が労働者にとって無理の無い「まともな労働」によって
 営まれ、十分な賃金や適切な労働条件によって労働者の生活が支えられるなど、事業運営の過程
 そのものが人々を幸福にするものとなっていることにあると考えます。企業の利益は、これらが実現
 された上で達成されるものでない限り、どんなに利益を上げても(一部の人を除いて)多くの人々を
 幸福にはできないのではないでしょうか。出資先の企業から得られる利益を追求するファンドに、こ
 うした社会的責任の履行までを求めるには、ファンドの経営者の倫理とか、ファンドに投資する機関
 投資家の意識の高まりとか、最終商品を買う消費者の選択などに委ねるだけで、果たして十分と言
 えるでしょうか。

  本書を読むと、資本主義そのものが時代とともに変わってきている事に気付きます。日立グループ
 などは現在、利益の上がっている企業を本体に取り込み、不採算な事業を切り離す戦略を採ってい
 ますが、コングロマリットのこうした再編戦略は、アメリカでは60年代から70年代にかけて行われた
 ことに鑑みれば、日本の資本主義はアメリカよりも、かなり遅れているのではないかと思えて来ます。
 日本よりも先行する資本主義国アメリカで生まれ成長したプライベート・エクイティ・ファンドが、銀行の
 貸し渋りやデフレによる株価の低迷であえぐ日本企業をターゲットに進出するケースは、これから増
 えていくと予測できます。彼らに労働者の生活を無視したリストラをさせないためには、労働者を守る
 ことが経済合理的である局面を増やす必要があると考えます。企業を再生し成長させるファンドから、
 企業を成長させるとともに労働者を守るファンドへと、更にもう一段階成長させるために、労働運動や、
 その主体である労働組合に求められる責任は大きいと言えます。

  最後に、本書のような優れた本を、詳細かつ念入りな取材のもとに著された著者と、鮮度の落ちな
 い内に翻訳し日本の読者に届けて下さった訳者、そして出版元の東洋経済新報社に対し、敬意を表
 するとともに感謝申し上げます。